第五話 『届かぬ想い』 1. 助けたのは誰
夕季は病院のベッドの中にいた。
上半身を起こし、照れ臭そうに目線を伏せる。
ちらと顔を上げた。
ベッドの周りを取り囲むように大勢のメック隊員達がいた。
みな嬉しそうに笑っていた。
「過労だってな?」
駒田に顔を向ける。
「おまえ歳いくつだ。サラリーマンじゃあるまいし」おもしろそうに笑った。「十八だっけか?」
「……十五」
「十五! 見えねえぞ。達観しすぎだって。二十二、三でもいけんじゃねえか?」
「あ、うぅ……」
「でも、たいしたことなくてよかったよな」
南沢の声にみなが頷いた。
夕季がもじもじする。組んだ両手を見つめた。
「……ありがとう」
「そりゃこっちの言うことだ」バツが悪そうに駒田が顔をしかめる。「またおまえに助けられた」
「ほれ、食ってくれ」
南沢が大きな包みを差し出す。
「出たな、レー何とか」
「だって嫁さんが……」
楽しそうに隊員達が笑った。
「夕季」
野太い声の主を夕季が目線でたどる。髭面の中年太りに行き着いた。
鳳だった。
満面の笑みで鳳が夕季をつつみ込む。
「よくやったな」
「……」鳳を上目遣いで眺め、戸惑いを隠せない夕季。「……怒らないの」
「何故怒る」
「……また勝手なことしたから」
「ああん!」鳳が大げさに顔をゆがめてみせた。「ああいうのは臨機応変っていうんだ」
「……」
「メックのモットーは臨機応変と結果オーライだ。命令なんぞクソくらえ!」
「あんたいつもと言ってることが違うぞ」と、駒田。
「何か、柊さんみたいなことになってるし」とは、南沢。
「バカヤロウ。俺をあんなへなちょんぱと一緒にするな!」
「へなちょんぱって何だ、コマ」
「知るか。おっさんに聞けって」
夕季の心が安堵感で満たされる。
こんなに穏やかな気持ちでいられるのは、いつ以来のことだろう。
「夕季、早く良くなれよ。おまえがいなけりゃ俺達は何もできん」
「鳳さん、女子高生に何情けないこと言ってんだよ」
「バカヤロウ!」駒田をあきれ顔で睨みつける。「おまえらのことだ、おまえらの!」
「よく言うよ。バケモノに睨まれて、あぶら汗だらだらだったくせに」
「あれはフェロモンだ!」
「あんた意味よくわかってねーだろ!」
夕季はずっと考えを巡らせていた。ようやくそれを口にする。
「ねえ」
鳳達が顔を向けた。
「最後にアスモデウスを撃ったの、誰なの?」
駒田と南沢が顔を見合わせる。困惑したような表情になった。
「ねえ、教えて、駒田さん」
「あ、ああ……」
歯切れが悪かった。
「夕季」
鳳の声に振り向く夕季。
先までとうって変わって、鳳は真剣な表情だった。
「教えてやろう。あの時おまえを助けたのは……」
木場雄一は厳しい表情で立ちつくしていた。目の前の人物をちらと見て、少しだけ眉を動かす。
「申し訳ありません、隊長」
木場の前で忍が頭を下げた。
「命令違反を犯し勝手な行動をとったことについては、弁解する余地もありません。どんな処罰も受けます」
「……もういい」
忍が顔を上げる。
「二度と勝手なマネはするな」
木場が忍に背中を向けた。
「二度と勝手な行動はしないと誓います」
「もういい、行け……」
忍は複雑そうな表情でその背中を眺めていた。
「あん?」
口一杯にシュークリームを押し込みながら、柊桔平が顔を向けた。
ベッドの上で上半身を起こす夕季と目が合う。
「何でってか? そりゃおまえ……」うまい言いまわしが浮かんでこなかった。「……きょうだいだからだろ」
ため息をつく夕季。桔平から顔をそむけた。
「でもどうして今になって……」
「南沢の野郎、俺の時は週刊誌しか持ってこなかったくせに、くそっ! ん?」食べるのに夢中で夕季の存在を忘れかけていたことに気づく。「おまえの前では何て言ってたのか知らないが、やっぱり妹のことが心配なんだよ。そんなもんだ」
「……」夕季が考えを巡らせる。思いつめたように口に出した。「でもあの人、あたしのこと憎んでたはずなのに……」
「何であいつがおまえのこと憎む?」
ゆっくりと顔を向ける夕季。瞬きすら忘れていた。
「そんなこと一言も聞いたことねえぞ」
「……。でも」
「おまえが勝手にそう思ってるだけなんじゃないのか。たった二人きりの身内なんだろ? 何で憎まなくちゃならんのか、俺には理解できん」
「……でもあの人は、あたしのこと嫌ってる」
「ならそうかもしれないな」
「……」
「前にも言ったが、本当のことなんて本人にしかわからないからな。忍が何を考えてるかとか、おまえが心の底からそう思っているのかどうかもな」
「!……」
「俺にわかるのは、こいつが腰がくだけるほどうまいってことだけだ。もう一個食っていいか?」
夕季が頷くより前に、嬉しそうに桔平が箱の中身に手を伸ばす。四個目だった。
「お、抹茶だ、ラッキー!」
あきれたような面持ちで夕季が桔平を眺める。
それに気づき、桔平が怪訝そうな顔を向けた。
「何だ。俺の顔に何かついてるのか」
「……何もついてない」
「んだあ。まぎらわしいツラしやがって。まさか、イケメンがついてるって言うんじゃねえだろうな、おお?」
「イケメンじゃない」
「そこは言っとこうぜ、おまえ。今後の円滑な人間関係のためにもよ。もうオトナなんだから」
「……。鼻毛出てる」
「何っ! ちょ、ちょっ、タンマ!」
「何が?」
シュークリームを片手で保持しながら、桔平が鼻毛をぶちぶちと抜き始めた。
「……汚いよ」
「バカ野郎、それどころじゃねえ! かつて中学の同級生で、『鼻毛大臣』って裏の通り名を持つ奴がいた。そのあだ名のせいで、そいつの末路は悲惨だった。俺は同じテツは踏みたくねえ。つまりはそういうことだ。おい、鏡ねえか、鏡」
「……」
「ぬあっ! いてえ! タマが縮む!」涙が滲み出る。それでもシュークリームは離さなかった。「ぬあっ! ぬああっ! ぬああああーっ!」
夕季が深々と嘆息した。
「楽しそうね。具合はどう?」
その声に、二人が入り口へと顔を向ける。
涙目のまま桔平が露骨に顔をゆがめた。
進藤あさみだった。
「あら、おいしそう」
咄嗟に抹茶シュークリームを口にくわえ、桔平が箱をあさみから遠ざける。
「ふぁりしりふぃた?」
「はん?」
慌ててシュークリームを飲み込む桔平。
「何しに来たのかって言ったんだ!」
「平隊員のあなたに用はないわ」
「ひらた……。誰にヒラにされたと思ってやがる!」
「言いがかりはやめてくれない。私は何もしていないわ。それに自業自得じゃないの」
「ふん! てめえらにくらべりゃ、アスモデウスの方がよっぽどかわいげあるぜ」
「あら?」そっぽを向いた桔平の顔を、あさみがまじまじと眺める。「鼻毛出てるわよ」
「ちょ、ちょっ、タンマだ!」
「何が?」
再び桔平と鼻毛との格闘が始まった。
「ちくしょう、何故だ! あんなに抜きまくったのに……」
「詰めが甘かったみたいね。いつものことだけれど。あ、その手で触らないでね」
「うるへえ! いてっ! いてえ! くそ、こんなものいっそなくなっちまえばいいのに。何でフィルターじゃいけねえんだ。なあ、夕季」
「……」
「まるで鼻毛大臣みたいね」
「誰が鼻毛大臣だと!」
桔平があさみを思い切り睨みつける。
ショートカットを揺らしながら、あさみがおもしろそうに笑った。
「バチが当たったんじゃないの? あなたが名付け親だったんでしょ……」
「ちくしょー! 野郎の呪いか! 逆恨みしやがって!」
「ものすごい言いがかりね」
「何がだ! 何の特徴もない空気みたいなモブに、わざわざキャラづけしてやったというのに、この仕打ちはねえだろ、普通」
「そんなひどいこと、自分の友達にはできないわよ、普通」
「野郎、覚えてやがれ!」
「ええ、心配しなくても、きっと一生覚えているでしょうね」
「……あいつの下の名前、何だったかな」
「さあ」
「あ、白髪だ! 見ろ、夕季」
「……」
「プログラムどころじゃないわね」
いたずらっぽく笑い、あさみが桔平を見つめる。それから夕季に向き直った。
「そうそう。あなたに伝えなければいけないことがあるの、夕季」
夕季がゆっくり顔を向けた。
「安心して。あなたはもう戦わなくてもよくなったから」
「!」