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第四話 『スパイラル』 7. アスモデウス



 それは圧倒的な力の差だった。

 アスモデウスの猛攻の前に、空竜王は一撃すら入れることができない。

 剣での攻撃はすべて分厚い装甲に弾かれ、風刃やトルネードで頭部を狙っても左手に持った旗のような盾でガードされた。

 遠方では三つの頭から吐き出される豪炎で焼かれ、ようやく懐に入れば竜の首と尻尾の蛇が噛みついてきた。

 獰猛な噛み合せを後方への宙返りでかわす。幾重にも積み重なる白銀の翼を全開状態にし、エアブレーキをかけるように空中で踏み止まった。押し広げた両足で大気を踏みしめ、叩きつけた真空の刃も、強大な敵の前では塵のようだった。

 いつの間にか海岸沿いまで押し込まれていた。

 メックを始めとするメガルの全関係者達が見守る中、空竜王が上空から湾岸道路に叩きつけられる。

 すさまじいエネルギーを放出し、地鳴りが起こった。

 厚さ二十センチのアスファルトは、空竜王の落ちた地点を中心にクレーターのような大穴を穿つ。道路が折れ曲がり、周囲が隆起した。

 心配そうに見守るメック隊員達の目の前で、空竜王はゆっくりと立ち上がった。

 前後によろめき、倒れそうになるのを、退いた足で何とか踏みとどまった。

「無理だ。勝てっこない……」無意識に南沢の口をついて出た言葉だった。

「くそっ!」鳳が無線機を手に取る。「もういい、夕季、やめろ! すぐにそこから離脱しろ! あとは俺達に任せるんだ!」

 それが届いたかどうか、鳳には判別できなかった。

 空竜王は振り返ることなく、また飛び立って行く。乳幼児とヘビー級のレスラーほどの体格差と、それ以上の実力差をくつがえす術すらないまま。

「くそ、せめて夕季の体調が万全だったら……」

「いや」駒田の声にかぶせる鳳。「たとえ体調が万全であったとしても、あいつには……」

「ああああああー!」

 決死の形相でアスモデウスに挑む夕季。その攻撃はことごとく跳ね返されていった。

 海面に叩きつけられる空竜王。

 頭部を起こし飛び立とうとする矢先に、高熱を帯びた巨体が飛び込んで来た。

 水かきのついた足で空竜王を踏みつける。それは空竜王の全身を覆うほど巨大な足だった。

 右手に持った槍を振りかざし、空竜王の頭部に狙いを定める狂猛なまなざし。

「くっ!」精神感応で動くはずの空竜王が思うように動かなかった。精神力の消耗は著しかったが、その無数の触手にまとわりつかれるたびに、夕季は己の力を吸い取られるような気がしていた。その一つ一つが個別の生き物のごとくうごめく。牛の頭も、羊も、蛇も、それぞれが別個の意思を持った、複数の生物の融合体であるようだった。

 無表情な仮面の口をくわと開くアスモデウス。

 夕季の視界一杯に槍の尖先が迫りつつあった。

「!」

 その刹那、複数の爆発音が鳴り渡り、わずかだがアスモデウスがのけぞる。

 メックが一斉にロケット弾を放ったのだ。

 それは夕季に危害を加える可能性もある、ぎりぎりの選択だった。

 一瞬の隙を逃さず、夕季が空竜王を飛び立たせる。後を追いかけるように水柱が天高く噴き上がった。

 点となって消えていく空竜王にはわき目も振らず、アスモデウスが海岸のメックに狙いをつける。波をかき分け進み始めた。

 湾岸道路は激しく打ち寄せられた波しぶきに呑み込まれそうだった。放置された駐車車両が、ペーパークラフトのように簡単に押し流され、ひしゃげる。

「よし、空竜王は無事離脱した。後は俺達の番だ。第二波、攻撃用意」

 鳳の号令に隊員達が応える。何台もの大型車両の懸架部分に特装された多連装発射装置が、アスモデウスの正面に狙いを定めた。

「撃てぇーっ!」

 標的目がけ、今度は先の三倍ものロケット弾が牙を剥いた。

 硝煙に埋もれるアスモデウス。

 だが次の瞬間隊員達は、煙の中から無傷で姿を現したその凶悪な容貌を、さらに間近で見るはめとなった。

「まるで効かないのか……」絶望的な南沢の表情。

「滑腔砲だ! 駒田!」

「あいよ!」

 中央の駒田の合図を受け、アスモデウスを中心に据え、九十度の範囲から十門を超える百二十ミリ滑腔砲が連続して放たれる。貫徹を目的としたオリハルコンヘッドの砲弾は、地球上に存在するあらゆる物体に対してオーバーキルであるはずだったが、アスモデウスの外皮に傷一つ刻むこともかなわなかった。

「冗談だろ……」

 駒田の口をついて出た真実に、鳳が青ざめる。まばたきも忘れ、ごくりと唾を飲み込んだ。

 粉塵をかき分け、アスモデウスがぬうっと現れる。その目と鼻の先に、鳳達の姿があった。

 赤黒く巨大な質量は熱を帯び、圧力のように隊員達の体を締めつけた。

 無機質な仮面の口がくわと開く。そこにあるすべてを焼きつくす、豪炎を吐き出すための予備動作だった。

 鳳達は熱気と威圧を受け、蛇に睨まれた蛙のように硬直して動けなくなっていた。

「くそっ……」

 ギリギリと奥歯を噛みしめる鳳。あぶら汗にまみれたその顔で、なおもアスモデウスを睨み続けた。

 フィィィィィーッ――

 突然笛を吹き鳴らすような甲高い音を撒き散らし、空から何かが降って来る。

 それはきりもみをしながら猛烈なスピードでアスモデウスの頭に落下し、その巨体を退かせた。

 空竜王だった。

 大質量の激突による爆発と大地をゆさぶる衝撃に、そこにいたすべてのものが弾かれる。

 高空から垂直落下する勢いを利用して、夕季が両腕の剣を突き立てたのだ。

「夕季!」

「 おい、退却だ!」

 ようやく呪縛から解放され、撤退を始めるメック隊員達。

 アスモデウスは仮面の額をざっくり割られ、苦しそうにのたうちまわっていた。

「効いてるぞ」

「ああ、勝てる!」

 しかし希望を持ち始めた隊員達の目に飛び込んできたのは、動くこともままならずにうずくまる空竜王の姿だった。

「あいつ……」駒田が目を見開く。「こうなることを承知で」

 空竜王の中で夕季が悶絶していた。その衝撃を受け止めきれず、ぶるぶると体を震わせる。

 かはっ、とうめき、血を吐き出した。

 激しい目まいがし、視界が大きく揺れる。もうろうとした意識の中、アスモデウスがゆっくりと立ち上がるのを認めていた。

「くっ!」歯を剥き出すように食いしばる夕季。眼光が少しずつ失せ始めていた。「……」

 アスモデウスは確実に距離を詰めつつあった。

 夕季が力なくそれを眺める。

 力が足らなかった。立ち上がるだけの力すら。

 遠のく意識。眼球がぐるりと裏返りそうになるのを気力でこらえ続けた。

「!」

 その時、夕季の眼前でアスモデウスの巨体が反り返った。

 何者かの放った攻撃が仮面の傷口を直撃したのだ。

 最後の力を振り絞り、夕季が立ち上がった。

 バネのように弾け跳び、空竜王が全身全霊の力でアスモデウスの額を貫く。

 するとアスモデウスは断末魔の悲鳴のごとく激しい叫び声をあげ、苦しげにのたうち回った。

 その一端に触れた勢いで空竜王は吹き飛ばされ、背中から大地に叩きつけられ動かなくなった。

 アスモデウスはくるりと背を向け、逃げ出すように海上へと飛び去って行った。

 満身創痍の空竜王とメック・トルーパーには、もはやそれを追撃できるだけの余力は残されていなかった。

「夕季!」

 誰かの呼ぶ声がして、夕季が重い瞼を持ち上げる。

 それは外部から聞こえてくるようだった。

 ハッチが開き、光の眩しさに目を細める。

「夕季、大丈夫か!」

「夕季、しっかりしろ」

「夕季、夕季!」

「夕季……」

 鳳の顔が見えた。駒田と南沢もいる。他の隊員達もみな、心配そうに自分の顔を覗き込んでいた。

 しだいに声が遠のき始める。

 夕季はまた眠そうに瞼を閉じた。





                                     了

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