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第四話 『スパイラル』 6. ありがとう

 


 山凌市に激震が走った。山凌市だけではない。突如として海上に現れた巨大な生物の姿は、見る者すべてに恐怖心を植えつけた。

 もはや隠しとおせる範疇から逸脱していた。

 上陸の可能性がある都市すべてに避難勧告がなされる。

 航空自衛隊の戦闘機がスクランブル発進し、それを追いかけるように海上自衛隊の艦隊が討伐に向かった。

 空自の最新鋭ステルス機は、わずか二分足らずで八機すべてを失うこととなった。

「何だ、あれは……」

 その呟きを最後に、彼らからの交信が途絶える。

 分厚い雲のような白インプ達の渦に巻き込まれ、何もできずに全機が海面に落下していった。

 次に迎え撃った海自の護衛艦隊は、海下からわいて出た青インプ群の強襲の前に、ミサイル、砲弾を一度とて発射せぬまま、絶望の中海へと散っていった。

 最後の砦は、メガルに託されることとなった。


 メガル基地近郊の沿岸地帯で空竜王は戦いの時を待っていた。

 海鳥の鳴き声と防波堤に打ち寄せる波の音だけが辺りに鳴り渡る。

 空竜王の後方でメックが待機し、さらに距離を隔てた後方にエスが位置していた。

 空は青く澄み渡り、海は静かに揺れ続けた。

 ふいに海鳥の鳴き声がやんだ。

 激しく波が打ち寄せ始める。

 遠い空に暗雲が立ちこめていた。

 近づきつつある。プログラムの本体、アスモデウスが。

「夕季」

 かたわらの空竜王を見上げ、鳳が無線で夕季に呼びかけた。

「いいか、無茶はするな」

『わかってる』

「俺達を信頼してくれ。もう一度言っておく。俺達は仲間だ。勝手な真似は許さんぞ」

『……わかってる』

 鳳が心配そうにコクピットの辺りを眺めた。

『……。……鳳さん』

 夕季からの呼びかけに慌てて反応する鳳。

「何だ」

『……ありがとう』

「! 何を、おまえ、こんな時に、何をバカな!」

『ずっと言いたかった。でもなかなか言えなくて……』

「バカヤロウ! 誰がそんなこと言ってくれと頼んだ! 今度言ったら承知せんぞ!」鳳が鼻をすする。それから嬉しそうに笑った。「まったく、どうしようもないな、おまえは」

『……そんな言い方しなくても』

「誉め言葉だ。気にするな」

『うん……』口ごもり、探るように夕季はそれを口にした。『こんな感じなのかな、って思って』

「何がだ?」

『……。……お父さんって』

「おお!」嬉々とした表情。「うちの娘に聞かせてやりたいセリフだな」

『……ごめん』

「何故謝る?」

『……』

「今さら娘が一人増えたところで、何を困ることがある。はねっ返りが一人から二人になるだけだ。俺は一向にかまわんぞ。いっそうちの養女にでもなるか?」

『あ、う……』

「鳳、夕季か。悪くはないけど……」

 いつの間にか鳳のそばで会話を盗み聞きしていた南沢が、遠くを見つめながら呟く。

 その横で駒田が不快そうに顔をゆがめた。

「……どっかの歌劇団みたいな名前だな。こいつの場合、男役しかできないだろうけどな」

「ちょっと身長が足りないんじゃないのか?」

「あと笑顔な。やっぱ無理だわ」

『……』

「そういや、鳳って、名字だけはやけに格好いいな」

「おう、実物はメタボの髭ダルマなのによ……」

「やかましい、このへなちょんぱども!」鳳が二人に噛みつく。「何をふらふらしとるか! 準備はもう済んだのか!」

「済んだよ。な、コマ」

「済んだ、済んだ」

「とっとと持ち場へ戻れ!」

「ずるいぞ、一人だけ」

「俺らも夕季とおしゃべりしたいのによ」

「やかましい、さっさと戻れ!」

「夕季、無理するなよ。あんまり頑張らなくていいからな」

「全部俺らに任せとけ。おまえはぷらぷら飛んでるだけでいいから」

『あ、……うん』

「おまえらはもっと頑張って無理しろ!」

 鳳に怒鳴られ、にやにやと笑いながら二人が持ち場に帰っていく。

 その様子を憮然と眺め、鳳がふんと鼻で息をついた。

「ぷらぷらぷらぷらしやがって、どうしようもない奴らだ……」夕季の方を見上げ、優しげに笑いながら言った。「おい、今度うちに来い。カミさんの得意料理食わせてやる」

『おいしいの?』

「俺のお墨付きだ。たらふく食えばおまえも俺や娘のようにぶくぶく太れるぞ」

『……ははっ』

「お?」鳳の目尻が下がる。「やっと笑ったな」

『……』

 山から一斉に鳥達が飛び立つ。空が黒くよどみ始めていた。

『来た……。行きます』

「ああ……」言葉を飲み込む鳳。「必ず生きて帰って来い!」

『了解』

 空竜王が無数の白い羽を広げ飛び立つ。ゆらゆらと光り輝く機体がいっそうきらめきを増した。

 太陽に吸い込まれる白い機影。

 光りある場所からあえて暗雲に臨む希望を、仲間達は心配そうに見守り続けた。


 忍は空竜王が描いた軌跡を目で追い続けた。

 複雑な表情で目を伏せる。

 何者かの気配を感じ取り、顔を向けた。

 木場だった。

「心配か?」

「いえ」すべてを振りきった表情。「私はエスの隊員です。部隊での目的を果たすこと以外に憂慮はありません」

「ならいいが。言っておくが、エスは動かんぞ」

「わかっています」忍が頷く。そこにあるのは強固な決意だった。


 火山灰のように膨れ上がった雨雲を空竜王が切り裂いて進む。

 イカズチは空竜王に襲いかかり、爆発と消滅を繰り返した。

 足場の存在しない空中で大地を蹴り上げるかのごとく、縦横無尽に回転と反転を続ける空竜王。

 数え切れない白インプの群れを瞬く間に昇華させた。

 後から後から湧き出る雑兵達に見切りをつけ、夕季が本体の討伐に向かう。

 分厚い雲の向こうにそれはいるはずだった。

 見つけた。

 アスモデウスの本体。

 それはまさに悪夢そのものだった。

 仮面のような人の顔の両側に牛と羊の頭が並んでいる。巨大な蝙蝠の羽を広げ、足には水かきを持ち、尻尾は牙を剥く蛇。下腹部からは大型爬虫類の頭が生えていて、竜にまたがっているようにも見える。全身に無数の鞭毛とも触手ともつかない何かががうごめいていた。

 それぞれの手には槍を従え、片方は鋭い切先を毒々しくゆらめかせ、もう片方は巨大で透明な三角形の旗をはためかせていた。

 覚醒時のコクピット内ではメインカメラに頼らなくても、ハッチの裏側に外の景色が映し出される。夕季はゴーグルシステムを装着することなく、ガラス一枚を隔てたような状態でそれを目の当たりにしていた。

「これが、アスモデウス……」

 夕季の口からこぼれ出る絶望。その威圧感に呑み込まれそうだった。

 それは見覚えのある生物のパーツの集合体でありながら、まるで生命としての鼓動や息吹を感じさせなかった。無機質な、ロボットかからくり人形であるような印象すら、夕季は持ち始めていた。

 アスモデウスが空竜王を視界にとらえる。

 途端に生の色を帯び始める魔獣。炎のようなオーラをまとい、全身を赤黒く燃え上がらせる。動物と爬虫類の持つ無感動な表情が、すべて憎悪のまなざしに変貌をとげ、空竜王を睨みつけた。

 仮面の口もとが冷ややかに笑う。あらゆる口腔から紅蓮の炎を吐き出し、空竜王の数倍はありそうな巨体をひるがえした。

「くっ!」

 口もとを真っ直ぐ結び、夕季が敵を睨みつける。

 アスモデウスを眼下にとらえ、一直線に空竜王が切りかかって行った。




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