表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/104

第四話 『スパイラル』 4. 深層

 


 光輔と桔平はメガルの近くにある海岸へとやって来ていた。

 海鳥の鳴き声と船舶のエンジン音が響き渡る防波堤に腰を下ろし、打ち寄せる白波を眺める。

「ほらよ」

 桔平の声に顔を向ける光輔。陽の光に目を細め、差し出された缶コーヒーを受け取った。

「すいません」うかがうように桔平に目をやった。「ケガ、大丈夫ですか?」

「ん?」グビグビとコーヒーを飲みながらちらりと見やる。「ああ、もうバッチグーだ。まだ傷口は半分ふさがってないけどな」

「それって……」

「心配するな。四捨五入すれば完治だ」

「はは……」

 緊張の面持ちを崩せないでいる光輔。桔平が何を考えているのか見当もつかなかった。不安を払拭するように冷たいコーヒーを一気に流し込む。

「うっ!」

「ん? どうかしたか?」

「いや……。これ結構甘いすね」

 桔平が申し訳なさそうな顔になった。「こっちのもっと甘いやつの方がよかったか?」

「……いえ、これでいいです」

「おまえさんには世話になったな」

 何気ない一言に呼び戻される光輔の心。

「悪かったな。いろいろと」

「いえ」

 桔平の顔に注目する光輔。口調は相変わらずだったが、その瞳の向こうで、見えない何かを見続けているように思えた。

「時計、ありがとうな。夕季からちゃんと受け取ったから」

 桔平が笑う。それは信頼を向ける人間だけに見せる笑顔だった。

「あ」一瞬戸惑い、すぐに光輔も笑い返した。「返さないとボコボコにされると思ったから」

「するか!」苦笑い。「もうそのことは言うな。俺も充分反省した」

「ははっ」

 二人がおもしろそうに笑い合う。すっかり緊張もほぐれていた。

「そろそろ俺行かないと」

「まだいいだろ」

「でも」

「凪野のおっさんに呼ばれているんだろ。少しくらい待たしておけ」

「いや、そういうわけには……。いろいろとお世話にもなってるし」

「かまやしねえよ。産気づいた妊婦さん助けて、遅れたことにでもしておけ。俺もここに来てから、かれこれ四、五回は出産に立ち会ったことになってる」

「……」

「あいつら、イバリくさって気に入らねえ。俺達のことなんて、手駒くらいにしか思ってねえんだ」

「あ、の、柊さん……」

「呼びにくいだろ?」光輔に目を向ける。ふっと笑った。「きっぺいでいい」

「あ、はい。……桔平さん、俺、何で呼ばれたんですかね?」

「……」桔平が目を細める。波しぶきに視線を移した。「薄々はわかってるんだろ?」

「……はい」

「おまえが海竜王を動かしたことが奴らの耳に入っている。今日のテストでそれを確かめるつもりだ」

 突然核心に入る桔平。

「そしたら俺、あのロボットに乗らされるわけですか?」

「そうだ」

「動かし方、わかりませんよ」

「そっちの動かし方じゃない」

「……」

「夕季が空竜王を自分の手足のように動かせるようになったらしい。おまえにもそれを求めている」

「……それができたら、俺あのロボットのパイロットになったりするんですかね」

「……」

 桔平は光輔の問いかけに答えようとしなかった。

 その真剣なまなざしを受け、それ以上の何かがあることを光輔は感じ取った。

 やがて桔平が重々しく口を開く。

「何があっても海竜王を動かすな。おまえがどんな方法でアレを動かしているのかは知らんが、今言えることはそれだけだ」

「何故ですか?」

「……」

「プログラムっていうのが発動しているんですよね。人類を滅ぼそうとするものだって、そう雅から聞きました。よくわからないけど、あのロボットとメック・トルーパーがそれに対抗できる唯一の手段だって。俺見たんです。普通に戦ったって奴らには通用しない。あれだけの数の部隊があっと言う間に全滅してしまうなんて……」

「そこまで知ってたのか……」

 桔平が空を見上げる。少しだけ淋しそうな表情になった。

「だったら、あのロボットに乗れる人間が増えれば、もっと楽になる……」

「そんな単純な話じゃないんだ」

 桔平が光輔の顔を見る。その悲しげな瞳に光輔は言葉を奪われた。

「おまえ、そんな風に考えてやってきたのか? メガルに入って、海竜王に乗って、みんなの役に立とうと?」

「はい」桔平を真っ直ぐに見つめ、光輔が頷く。「すごく悩みましたけど。でもその方がいいかなって思って」

 光輔の目の下のクマに気づく桔平。

「せっかくだが、おまえのその気持ち、奴らがまともに受け取るとは思えない」

「……何ですか、それ?」

 一呼吸置く。それから覚悟を決めて桔平は語り始めた。

「メガルがガイアー財団と政府の共同出資で成り立っていることは知っているか?」

「はい」

「表向きは環境対策機関なんぞとうたっているが、実際は単なる武装集団だ。民間企業に武器を持たせるわけにはいかないから、政府の介入によって裏側からその許可をおろしている。たかが民間の一企業であるメガルにそんな権限を与えているのを、おかしいと思わないか?」

「言われてみれば、確かに変ですよね……」

「メガルの技術を政府が欲しがっているからだ。政府だけじゃない。世界中がメガルに注目している。おまえ、オリハルコンって聞いたことないか」

 光輔が眉間に皺を寄せる。

「ゲームとかで少しは。どんな意味なのかはわかりませんけど」

「精神感応合金ってやつだ。ダイヤモンドより硬くて、決して錆びたりしない、魔法の素材ってのが一般的な解釈みたいだな。昔の人間は真鍮のことをそう呼んでたって記述もある。ヒヒイロカネとか、ダマスカス鋼なんかと混同されることもあるが、ここでの定義とは少々異なる」

「……」

「一口にオリハルコンと言ってもいろいろ種類があってな、合金化する時の相手側によって性質も用途も異なってくる。含有率の割合で硬度や効力も変わってくるしな。もっと極端な例だと、同じ材料でも配合割合によってまったく別の性質になることもあるらしい。オリジナルの素材自体がどんなものなのかは俺にはよくわからないが、それ単体じゃ何の役にも立たないらしい。合金化して初めて特性を発揮するんだ。合金化した後の物も全部ひっくるめて、俺達はオリハルコンと呼んでいる。メガルはそいつの精製方法と、数知れない組み合わせのレシピを手に入れた。おい、ついてこれてるか?」

「はあ……」

 光輔には桔平が何を説明しているのか理解できなかった。ただ雰囲気から読み取れたのは、オリハルコンという特別な金属が存在し、その製造方法をメガルだけが持っているということだった。

「竜王の本体に使われているのもそれだ。種類によって、装甲や精神伝達部、武装部分なんかに使いわけられているみたいだがな。その秘密はメガルでも解明できていない。ただ作り方は知っている。凪野博士が砦埜島で発見したからだ」

「砦埜島って……」

「ああ」光輔に注目したまま桔平が頷く。「三体の竜王を発掘した島だ。かつてそこでプログラムとの最終決戦が行われたと記録されている」

「……」

「話をもとに戻すぞ。とにかくメガルは、そのオリハルコンを政府を通じて世界中に供給することで対価を得て成り立っている。もちろんここで言うオリハルコンってのは、用途に応じて合金化した後の加工品を指しているわけだがな。山凌市にある工場の大半はメガルの息がかかった下請けさんだが、彼らは自分達が何を作っているのかなんて知らされていない。ぱっと見巧妙にカモフラージュされて自動車か何かの部品のようだが、その実人類の技術レベルでは到底たどりつけない未知の素材を、その辺のおばちゃん達までが作らされているんだ。笑っちまうだろ。俺達が着ている戦闘服だってそこで作られたものだ。ただし材質は竜王のものと比べるとかなり落ちるがね。その資金をもとに全世界に展開するメガルの関連企業が武器の開発を行い、政府の承認のもと、この山凌市に届けられるって図式だ」

 光輔が難しそうな顔をする。

 桔平の話の意図がわからなかった。何故部外者である自分にこんな内情を暴露するのか。

「俺が何を言いたいのかよくわからないって顔だな」

 ずばり言い当てられ、素直に光輔が頷く。するとおもしろそうに笑って桔平は続けた。

「このオリハルコンってやつ、見た目は銅とほとんど変わらないらしいな。どれだけ割合を変えても、何と混ぜても同じようにしか見えない。それどころか、いくら調べても銅の元素しか確認できない。一つの素材を相手の望んだ形で供給するまでには、おおむね数万もの工程が必要らしい。何百万とも何千万とも言われるレシピを、世界中に散らばった技術者達がバラバラに管理し、必要に応じて持ち寄るわけだが、その組み合わせパターンは無限だろうな。それがどの段階で特性を持った、いわゆるオリハルコンと呼ばれるものに化けるのかは、博士しか知らない。特性を発揮する時に、ヌラッと光るって話だが、用途に応じた使用法を試してみるまでは、それが本当に望んだものなのか確認もできないんだ。触媒は完全にブラックボックス化されている上、再精製をしようとすればただの銅になっちまう。それをいいことに、メガルはよそに出荷する合金の質をかなり落としているらしい。特性を維持できる臨界点ギリギリまで下げてな。鑑定する方法はメガルにしかない。今政府が一番欲しがっている技術がそれだ。世界中の国のさまざまな機関がそれを手に入れようと、メガルにすり寄ったり、恫喝したりしてくる。だがもっと確実な方法がある。内部の人間達を取り込む方法だ」

「はあ……」

「わかんねえよな、こんな話。ま、メガルの秘密を提供することを条件に、どこそこから多額の報酬が約束されている輩が、おもて面正義感を押し出して闊歩しているってことだ。それもかなりの数のな。奴らの目的は人類滅亡プログラムの消滅なんかじゃない。己の出世だけだ。オリハルコンに限らず、いろいろなアプローチが存在するようだがな。そして俺達は、その野望の踏み台に使われているにすぎない。俺達の命は、奴らの保身の値段よりはるかに安い。そしてそれを知りながら、より多くの人間達が自分の立場を守るために悪意を黙認する」

「それって……」

 言葉を失い拳を震わせる光輔。その真意を桔平は見抜いていた。

「気づいたか? そんな奴らの思惑に振り回されて、陵太郎は命を落としたようなもんだ……」

「!……」

 光輔の静かな怒りを黙って受け止める桔平。それから言いたくなさそうに次の言葉をつないだ。

「薄汚ねえぬるま湯に、みんなどっぷり浸かり切ってる。どうしようもない渦に自分達が巻き込まれていることにも気づかねえでな。だが、そいつらはまだかわいい方だ」

「……」

「メガルには今言ったグループとは別に、もう一つ危険な集団が存在する」振り返り、メガル本部を仰ぎ見た。「竜王がすべての元凶だと考え、それに関わるものの一切を排除しようとする輩が……」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ