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第四話 『スパイラル』 3. ようこそメガルへ

 


 柊桔平は一ヶ月ぶりにメガル本部に足を踏み入れた。

 情報は嫌と言うほど耳に届いていた。

 メックが壊滅しかけたこと。夕季が空竜王を覚醒させたこと。そしてまた、容易ならざる脅威が迫りつつあること。

 何より気がかりなのは、本来の敵に正面を向いたまま戦えない今の体制にあった。

 ロータリーから本部を見上げ、睨みつけた。

「!」

 向かい側から忍が歩いて来るのを認める。てっきり無視して通り過ぎるものと思っていた桔平の予想ははずれ、忍はその目の前で立ち止まった。

「柊さん、もう、体はよろしいんですか?」

「ん? ああ……」一瞬対応を迷い、桔平は当りさわりのない言葉だけを並べ立てた。「まだちゃんとくっついてないけどな。そろそろ顔くらい出しとかないと」

「そうですか」

「ああ」

「早く復帰できるといいですね」

「復帰してどうってわけでもないがな」

「そんなことありません。柊さんがいるのといないのとでは、まるで戦力が違ってきますから」

「そういう持ち上げ方は勘弁してくれ。何せ今の俺は、おまえさんより階級が下なんだからな」

「そんなことを気にする人だとは思ってませんが」

「ははっ、言ってくれるね……」

 互いに心の内側を探り合っているふうでもあった。

「じゃあな」

「はい……」

 何かを言いたそうに忍が顔を伏せる。

 背を向けた桔平に静かに切り出した。

「……桔平さん」

 桔平が立ち止まる。そろりと顔を向けた。

 神妙な様子で訴えかける忍の姿があった。

「隊長を、木場さんを助けていただけませんか」

「……。何故俺に?」

「こんなことをお願いできるのは桔平さんしかいないんです。おそらく木場さんは近いうちに殺されます」

「……」

「そしてそのことを、あの人は知っています」

 衝撃的な忍の告白にも、桔平は動揺することはなかった。まるであらかじめそれを知っていたかのごとくに。また忍もそれを承知の上で桔平に打ち明けたようにも受け取れた。

「だからって、俺がどうこうできることでもないだろう」

「でも桔平さんは木場さんの……」

「あいつ自身が決めたことだ。今さら俺が横入りするような話じゃない」

「……そう、ですか」忍が拳を握りしめる。「すみませんでした。つまらないことをお話ししてしまって」

 忍がその場から立ち去ろうとする。

 今度は桔平が呼び止める番だった。

「待て、忍」

 黒髪を揺らし、忍が立ち止まる。

「おまえ、もっと身近に救わなきゃならない人間がいるんじゃないのか?」

「誰のことですか?」

「……」

「古閑夕季のことなら考え違いです」

 すっぱり切り捨てる。

 その背中が泣いているように桔平には見えた。

「私は自ら志願し、彼女に手をかけようとしたくらいですから……」


 空竜王から降りる夕季。まだ午後八時前だったが、体調がすぐれずその日の訓練を打ち切ることにした。

 格納庫からの通路を抜け外に出る。遠く本館を見上げると煌々と輝く光が視界に飛び込んできた。プログラム発動中の今、司令部から光が途絶えることはない。

 同様に滑走路やエプロンでも、二十四時間体制で監視強化や整備が進められていた。

 そこに表れる生物の息吹に溶け込めず、さほど眩しくもない光の渦から目を細め顔をそむける。二千五百メートルの滑走路を隔て、ドックの彼方に映し出される海面では、静かに波打つ淡い月光の広がりですら、己を拒んでいるように思えて仕方がなかった。

 メガルのプロジェクトは、今や夕季と空竜王抜きでは語れなくなっていた。それを知る者すべてが期待し、託し、楽観する。

 夕季に与えられた選択は、振り返ることすら許されない一本道を進むことだけだった。

 カウンターが示唆する次の発動は、不確定な要素を多分に含んだ脅威であると囁かれていた。初回の襲撃を遥かに上回る、そして未知の領域からの胎動であると。

 夕季が思い返す。

 あの日、夕季には空竜王の声が聞こえたような気がした。それから補助具を付けることなく空竜王を手足のごとく扱えるようになった。だがそれと引き換えに、徐々に己の命を削り取られていく気がしてならなかった。

 オビディエンサー。

 これこそが、従属者と呼ばれる者の宿命だというのか。

「うぐっ……」

 気分が悪くなりうずくまる夕季。建物の片隅で胃の中のものをすべて吐き出した。

 それでも夕季は後退するわけにはいかなかった。

 息を荒げ、肩を上下させる。憔悴しきった全身の中で、その両眼だけが異様にぎらついていた。

「!」

 何者かの足音を認め、夕季が神経を研ぎ澄ませる。

 それが誰かはわかっていた。

 その人物が哀れみを込めたまなざしで自分を見下ろしていることも。

 顔も向けずに過剰な反応を示す夕季。

 しかし、気配の主は何も言わずにそこから立ち去ろうとした。

「何も言わないの」

 遠ざかる背中を追いかけるように、夕季が不安定な声を押し出す。

 足を止め、抑揚のない口調でその影、古閑忍が応答した。

「何か言ってほしいの?」

 二人は背を向け合っていた。互いの顔を見ることを恐れるかのように。

「あなたにできなかったこと、できるようになったよ」

「誉めてほしいの? だったら……」

「悔しいなら悔しいって素直に言えばいいじゃない!」

 夕季がキッとなって振り返る。目をつり上げて忍に噛みついた。

「私なんかにはできないって思ってたくせに。私のことを馬鹿にして、できるわけないって見下してたくせに。空竜王のトライアルで負けたことをずっと恨んでるんだよね。妬んでるんだよね。だからできないことを笑っていたんだ。いい気味だと思ってた。憎んでるから。嫌ってるから。ずっと……」

 忍は微動だにせずにそれを受け止めていた。四方から照らされる光がいくつもの影を作る。やがてまるで相容れぬものを振り払うように切り捨てた。

「何が言いたいのかよくわからないけれど、一つだけ当たっていることを教えてあげる。今のあなたが嫌いよ」

 夕季がカッと目を見開く。鬼のような形相で忍を睨みつけた。

「やっと本音が出たね。わかってた、そんなことくらい。私もあなたのことが大嫌い。ずっと前から大嫌いだった!」

「そう。気が合うわね」

「そうやって余裕ぶっていればいい。でももうあなたには負けない。あなたじゃ私には勝てない。二度と、そんな態度は許さない」

「そう、覚えておく」

 忍は一度も夕季の顔を見ることなく、その場から立ち去って行った。

 ギリギリと奥歯を噛みしめ、夕季は悔しそうな表情でその後ろ姿をいつまでも睨み続けていた。


 光輔は神妙な様子でメガルの門前にやって来た。

 環境保全対策機関メガル代表・凪野守人からの手紙を手に持って。

 強固なゲート前で足を止め、遠く本部を見上げる。それは懐かしくもあり、忌まわしい感情もともなっていた。

「おう」

 陽気な声に光輔が振り返る。

 桔平だった。

「ようこそメガルへ」

 そう言うと桔平は意味ありげに笑ってみせた。




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