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第三話 『そこにある希望』 8. そこにある希望

 


 銀色のコアに夕陽を反射させながら、空を覆いつくすほどのインプの群れがメックに迫りつつあった。

 夕季もそれを確認した。

 空竜王の燃料は残り少なかった。飛行どころか、歩いてメックのもとまでたどり着くこともままならないほどに。

 それでも夕季は前進をやめようとはしなかった。

 たとえどれだけ罵倒されようと、彼らを見捨てることはできない。

「!」

 ふいに空竜王の動きが緩慢になる。

 一歩、二歩と進み、空竜王は動かなくなった。

 忍がバックパックを撃ち抜いたためだった。

 何が起きたのかわからずにしゃにむに操縦桿を引き続ける夕季。コクピット内部が暗くなり、ようやく燃料ゲージがゼロを示していることに気がついた。

「くっ!」

 すでにメック隊員を肉眼で確認できる位置までたどり着いていた。

 しぶきからの連絡を受ける。

『夕季』

「波野さん……」

『燃料系統の故障のようです。すぐにエスを救援に向かわせますから、その場から離れないように』

「……」

『夕季、返事をしなさい』

「降ります」

『……。何を言って……』

「空竜王から降りて、メックと一緒に戦います。だから……」ギリ、と奥歯を噛みしめた。「狙撃はしないでください」

『夕季……』

「命令違反はわかっている。今さら弁解するつもりもない。でも、味方に殺されるのは嫌だ。戦う相手を間違えたまま、死ぬのは嫌だ……」

 オープンチャンネルとなったその回線はあらゆる場所から確認されていた。

 司令部を始め、エスにも、メックにも。

「隊長……」部下達が木場の顔色をうかがう。

「……。サブマシンガンにはまだ残弾があるはずだ。万が一がある。注意を怠るな」

 木場は少しだけ眉を動かしたが、その表情を崩すことはなかった。瞬きもせずに前だけを睨みつけ、特別回線の無線機を手に取った。

『古閑、空竜王はどうなっている?』

「はい」忍が受けて告げる。「動力ユニットは無効化しました。もう動けないはずです」

『オビディエンサーの確保は?』

「……まだです」

『……。早くしろ』

「……。了解、しました……」

 忍が空竜王目がけてポイントする。

 今度は狙撃銃ではなく、パーム・バズーカをかまえていた。

 プラズマ砲弾は空竜王の装甲を破壊できなくとも、当たり所が悪ければコクピット内部の人間に致命的なショックを与えうる。

 忍のこめかみを伝う汗。トリガーにかかる指先がピクリとうごめいた。

『やめろ、夕季』

 無線から聞こえてくる声にはっとなる夕季。そして忍。

 鳳だった。

「鳳……」コクピット内で夕季が呆けたような表情になる。すぐに口もとを引きしめた。

『来るな。おまえまで危険な目にあう必要はない。俺達はもう覚悟できている』

「でも! 私も……」

『もういい。おまえの気持ちはわかった。それだけで充分だ』

「……。でも、でも……」コクピット内で夕季が唇を噛みしめる。メックのいる方角を睨みつけ、声をからさんばかりに叫び続けた。「死んだら誰も守れない。みんな死んじゃったら、誰が大切な人達を守れば……」

『おまえがいる』

「!」

『おまえが俺達の希望だ。だからおまえまでこんなところで失うわけにはいかない。おまえも、俺達の大切な仲間だからな』

 夕季の心をえぐる楔。同時に、後頭部を思い切り殴りつけられたような、鈍く重い衝撃を感じていた。

 空竜王のハッチが静かに跳ね上がる。

「!」自ら即死領域に身をさらしたその覚悟の前に、忍は動揺を隠せなかった。

 スコープ越しに映る夕季の凛としたまなざしに、忍の心が後退する。

 脱力するようにかまえを解く忍。ぜえぜえと荒い呼吸が収まらなかった。

 言葉もない夕季に、鳳は先までとはまるで違う優しげな口調で続けた。

「俺にもおまえと同じくらいの娘がいる。これがとんでもないはねっ返りでな、父親を父親とも思っていない。頭も顔も俺に似て悪いしな。おまえとは似ても似つかん。だがな、俺にとっては大事な娘なんだ。何があっても守ってやりたい」

 それは父親が傷ついた娘を気遣う時と同じものだった。

「俺達はここに残る。だがまだ死ぬと決まったわけじゃないぞ。勘違いするなよ」

「何辛気臭いこと言ってんだよ、おっさん」横から駒田がつっこみを入れる。

「バカ野郎、おまえ達のことを心配してやってるんだ、このへなちょんぱどもが!」

「俺らがそんな簡単にやられるかよ。って、へなちょんぱって何だ?」

『駒田さん……』囁くような夕季の声。

 途端に血相を変えて駒田が無線機を奪い取る。きょろきょろと辺りを見回し、海岸道路の森林の陰になる場所で、空竜王のコクピットから身を乗り出す夕季の姿を確認した。

「お? 名前覚えててくれたのか。嬉しいねえ」にんまりと笑う。

『……』

「心配するな。そう簡単にくたばったりしねえよ」

『……うん』

「じゃあな、夕季」

『え!』

「またなってことだ」

『……』

「俺にも貸せ」今度は南沢が乱入してきた。

「何すんだ、てめえ。今俺が……」

「いいから、貸せ!」

『! ……南沢さん!』

 揉み合いを辞め、二人が夕季の言葉に耳を傾ける。

『あ……』

「ん?」

『……シュークリーム、おいしかった……』

「……」瞬間ぽかんとし、すぐに南沢は嬉しそうに笑った。「ははっ、また買ってくからな」

『……うん』

「バカ、次は俺が買ってく番だ!」

「駄目だ、コマ。おまえにはセンスがない」

「おまえだって、さっちゃんに買わせたくせに!」

「今度は俺が直接行く!」

『約束……』

 夕季の声が聞こえ、再び揉み合いを中断する駒田と南沢。夕季のいる方角に顔を向けた。

 南沢が、ふっと笑った。「ああ、約束する」

「絶対にだ!」駒田が力強く頷いた。

『絶対に……、約束だから……』

「ああ、約束する。嫁さんと子供に誓って」

「俺はまだローンが残ってる愛車に誓う」

「んなもんに誓うな!」

「ほっとけ、俺の勝手だ!」

「いい加減にしろ、バカどもが!」鬼のような形相で鳳が二人から無線機をむしり取った。「いいか、もし俺達に何かあったら柊に相談しろ。奴なら何とかするだろう」

『……うん』

 歯切れの悪い夕季の様子に、鳳が目を細める。

 まだ伝えなければならない言葉があった。しかし、鳳はどうしてもそれを口にすることができなかった。

「おまえはまだまだどうしようもない未熟者だ。何一つなってない。帰ったら言いたいことが山ほどある。覚えておけ。だが……」

『……』

「今日この日に、おまえとともに戦えたことを俺達は誇りに思う」

 鳳が敬礼をする。

「夕季。……明日、明日また会おう」

 そこには目の前に確かに存在する希望を摘み取らないための優しさがあった。

 それにならうように、一人、また一人と隊員達は夕季に向かって敬礼を始める。

 満足げに笑う駒田の顔があった。

 南沢は懐から一枚の写真を取り出し、嬉しそうに微笑んだ。

 それが何かは判別できない。だが夕季にはわかっていた。彼が家族の写真を眺めていることが。

 みな疲れきった表情だったが、悲壮感はなかった。

『さあ行け、夕季』

「……」

 夕季の頬をくすぐる感情。

 ふいに流れ出た一筋の涙にも、表情を変えはしなかった。

 強き目の力で踏み止まり、唇を噛みしめる。

『……夕季』様子を探るように司令部からしぶきが呼びかけてきた。『夕季、聞こえているなら返事をしなさい』

「……ずるいよ。どうしてそんなこと言うの……」うなるように声を押し出す。「私には何もできないことわかってるくせに。誰も助けられないのに。みんなみたいに心配してくれる人も、守りたい人だっていないのに。明日なんて、どこにもないのに……」

『夕季……』

 夕陽に染まるインプの大群を頭上に迎え、応戦を指示する鳳。

 同時に空竜王の背後からエスの隊員達が近づきつつあった。夕季を排除するためにである。

 夕季の唇から血が滲み出す。

 鼓動が響き始めていた。

 夕季へと伝わる、空竜王からの鼓動が。

「どうしてみんな、そんなに簡単に納得できるの。誰かを守るために死ぬことがそんなに尊いことなの。どうしてなの。どうしてもっと生きたいって思っちゃいけないの。好きな人のために生きたいって思うことがそんなにいけないことなの。そんなにみっともないことなの。わかってるけど、それが正しいのかもしれないけれど……」握りしめた両拳を腿に叩きつける。強い光を放つ瞳で涙を振り払い、誰にも届かない叫び声を絞り出した。「……誰も死なせたくない……」

 激しく高まりゆく夕季の鼓動が、空竜王のそれと共鳴し始めていた。

 淡い光につつまれる空竜王をエネミー・スイーパーが取り囲む。

 時を同じくして、白いインプの群れが一斉にメックに襲いかかった。

 その刹那。

『あああああー!』

「夕季!」無線を通じて鳴り渡った夕季の絶叫を受け、はっとなるしぶき。すぐさま凪野へ報告した。「空竜王からの連絡が完全に途絶えました……」





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