第三話 『そこにある希望』 6. 命令違反
海からインプの群れが現れた。カウンターが算出した時刻もポイントもぴったりだった。
メガル基地から出動するメック部隊の後方には、木場雄一率いるエネミー・スイーパーの姿があった。ただし、海竜王を積載したトレーラーの護衛として。
メック・トルーパー部隊を出撃させるためには、事前に国防省に連絡し許可をえなければならない。しかしエスは部隊内の独立班として、制限を設けずにメガルが独自に動かせるよう認可されていた。その運用は司令に一任され、直接指揮をとるのは副司令の進藤あさみの権限だった。
木場が無線を受ける。
「ああ、わかっている。それはこちらで判断する。我々は海竜王の撤収に専念する……」
付近住民の避難を終えた海岸地帯で戦闘が始まった。一度目の襲撃ほどの規模ではないが、柱である桔平を欠くメックにとっては容易ならざる敵だった。
インプ対策は十二分に講じたものの、しだいにメックが押され始める。
その一キロメートルも後方から傍観する、エスが動く気配はなかった。
「ちくしょう! エスはあくまでも動かないつもりか!」
隊員の一人がインプを粉砕しながらわめき散らす。
「知るか! あいつらなんて最初からあてにはしてねえよ!」そばにいた同僚がトリガーを引きながら叫んだ。「奴らは俺達の仲間じゃない!」
「何で俺達だけこんなこと!」
「これで本当にいいのか! ただ犬死にするだけじゃねえか!」
「バカ野郎!」鳳がどすのきいた声で仲間達を一喝した。「くだらないことに気をとられるな。戦闘に集中しろ! 俺達は目の前の敵を倒せばいいんだ。それ以外のことは考えるな! エスも竜王もはなからいないものだと思え。俺達は俺達のために戦えばいいんだ! 奴らに常識は通用しない。当たらない、届かないは当然だと思え!」
鳳の放ったフルバーストにより、周囲のインプがすべて弾け飛ぶ。土砂降りのカーテンの向こうに、それ以上の数の青いコアが不気味にうごめくのが見えた。
「切りがねえな……」透明にゆらめく三メートルの人がたを見上げ、駒田が呟く。「やべ、レンタルの期日、今日までだった……」
「おまえ、親に延滞料金払わせる気かよ」インプを睨みつけたまま、南沢が真顔でたずねる。
「そいつは無理だ」
「エッチなやつか?」
「ああ」同じ方向を見据えながら、駒田が頷いた。「しかもかなりのマニアック系だ」
「……シャレにならないな」
「いっそ地球ごとなくなっちまえばいい」
「気持ちはわかるが、なくなるのはおまえの部屋だけにしておいてくれ」
「ああ……。くそ、腹は決まったってのに、こんなことしか思いつかねえ。俺の人生、何だったんだ」
「それだけ充実してたってことだろ」
「ちきしょー、もっとエグいの借りておけばよかった」
「……ま、自業自得だな」
「何でやねん!」
サブマシンガンのマガジンを交換し、二人がインプ目がけて照準を定める。
その時、耳をつんざくような豪音が鳴り響き、隊員達が一斉に空を見上げた。
地響きとともに、空から白い機影が舞い降りる。
空竜王だった。
空竜王は他の二体と異なり、背中にジェットパックを装着することで短時間だが飛行することができた。
鳳が厳しい表情で振り返った。
「空竜王です」波野しぶきが司令室で声を張る。「古閑夕季が命令違反を犯し、勝手に出撃しました」
司令室の特設スペースで火刈がその報告を受ける。凪野をうかがい見た。
凪野は連絡用のディスプレイを凝視したまま、何も言おうとはしなかった。
火刈が嘆息する。
「進藤副司令を呼んでくれ……」
「……了解した」本部からの司令を受け、木場が重々しく頷く。「ただちに遂行する……」
「隊長」
一歩前に進み出た隊員に目をやる木場。
古閑忍だった。
「何だ、古閑」
「私にやらせてください」
木場は眉一つ動かさずにその決意のまなざしを受け止めていた。
空竜王の参戦により、劣勢がくつがえりつつあった。
夕季は無駄のない動きで立ち回り、的確にインプを仕留めていく。ワイドレンジのコイルガンの予備弾倉を使い果たすと、腰に装着した二挺のサブマシンガンで続けざまにインプを粉砕していった。
補助具を外した海竜王の動きにははるかに及ばない。だが機体の持つポテンシャルをほぼ最大まで発揮させていた。
いつしか夕季は、努力を積み重ねて到達しうる最高のレベルでまで、空竜王を操れるようになっていたのだ。
「やるじゃねえか」駒田が声をもらす。
鳳は瞬き一つせずにその様子を眺めていた。
水浸しの海岸道路で、インプを全滅させた空竜王をメック隊員達が迎え入れる。
歓喜の声の中、ハッチを開けた夕季に飛び込んできたのは、雷のような鳳の怒号だった。
「何を勝手なことをしている!」
夕季が顔を向け、表情もなく鳳を眺めた。
「また命令違反か。こんなことをして誉めてもらえるとでも思ったら大間違いだ!」
「別に誉めてもらおうだなんて……」
「これで満足したか! ならとっとと帰れ! そして俺達の前に二度と顔を見せるな!」
「……」まるで取りつく島のない鳳に夕季が言葉を失う。すまなさそうに自分を見ている、南沢と駒田の姿が目に映った。
夕季がメック隊員達を見渡す。
鳳以外の隊員達はみな複雑そうな表情だったが、感情を押し殺しているさまが夕季には拒絶のように思えた。
その様子をスコープ越しに眺め続ける人物がいた。忍だった。
『古閑』
海岸道路の森林の中に身を潜め、木場からの無線を忍が受ける。
「……はい」
『インプはすべて消滅した。命令は撤回だ』
「……了解しました」
忍が、ふう、と深く息を吐き出す。
それから夕季の心臓に照準を合わせたライフルを静かに下ろした。あぶら汗にまみれた額に手の甲をかざし、忍は疲れきった面持ちで空を仰いだ。
少しだけ眉を揺らし、夕季がハッチを閉める。
メック・トルーパーに背中を向け、空竜王が歩行を開始した。
「鳳さん……」
「言うな」南沢に振り返ることもなく、空竜王の後ろ姿を見送り続ける。「わかっている……」
その直後だった。
「大変です。またカウンターに反応が出ています!」司令部でしぶきが叫ぶ。「今度は空から……」