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第三話 『そこにある希望』 5. 確執

 


 ノックの音がして桔平は病室のドアに顔を向けた。

「どうぞ」隙間からのぞいた顔を見て、桔平が露骨に顔をゆがめてみせた。「おおっと、びっくり、タマブクロ〜……」

 意味ありげな笑みを浮かべながら、進藤あさみが部屋の中へ入って来る。

 手には花束を持っていた。

「相変わらずね」

「ほっとけ」

「元気そうで何より」

「……。何しに来た」そっぽを向いてぶっきらぼうに桔平が吐き捨てる。

 駄々っ子を見るようにあきれ顔で笑い、あさみは受け答えた。

「お見舞いに来たように見えない?」

「見えねえな。きな臭いにおいがぷんぷんする。おかげで入院が延びそうだ」

「そんなにのんびりしていてもいいの?」

「るせえ、いつまでもこんなとこにいられるか。検査が終わったらすぐに退院してやる」 

「自宅療養もいいけれど、しっかり治してからの方がいいんじゃない? あなたのことだから、じっとしているなんて無理でしょうし」

 思いがけないあさみの言葉に桔平が振り返る。

 あさみは桔平に背中を向けて何かを探していた。

「あら、この包み紙、レ、何とかっていうお店のじゃない。並んでもなかなか買えないのよね。まだある?」

「ない。ガッツリ食っちまった」

「残念。あそこのシュークリームおいしいのに。特にレモンサワーの……」

「抹茶が激ウマだ!」

「あ、この花瓶、借りてもいいかしら?」

「ああ……」

 花束の中身を花瓶に移しながら、あさみが続きを口にした。

「副局長として二つ、元メック・トルーパー隊長のあなたに伝えに来たの。私にはいい話なのか悪い話なのか判別できないけれど」

「何だ」

「一つはあなたの首がつながったということ。ただし、三階級降格のおまけつきでね」

「上出来だろう。これで労災もおりるな」

「それはどうかしらね。命令違反には違いないから。ちなみに今度の賞与は全額カットらしいわよ」

「……」桔平が悲しそうに窓の外を眺める。「頼むから、もう帰ってくれ……」

「あら、もっと大事なことが残っているのに」

 桔平があさみに注目する。その含んだような口調が気になった。

「あなたの証言をもとに作成された報告書のことだけれど、やっぱり上層部は欺けなかったようね」

「……。どういう意味だ」

「意味はあなたの方がよくわかっているのじゃない。私はあくまでも聞いたことを伝えているだけよ」

「……」

 作業を終えあさみが振り返る。思い通りの桔平のリアクションに満足げな笑みをみせた。

「海竜王のオビディエンサーの候補者として一人の少年がリストアップされたみたいね。近々メガルに招集して感応適正のテストを行う予定ですって」

「……誰だ、そいつは」

「さあ」にやりと笑う。「私にもわからない。知っているのは凪野博士と火刈局長、あとはそのとりまきが何人かというところかしら」

「嘘つけ、副司令のおまえが知らないはずないだろ」

「もし知っていてもあなたには言わないけれど。あなたはそんな重要な機密を知る権利を持っていないから」

「さんざんぺらぺらしゃべっといてよく言うぜ。もともとこっちには何の情報も伝わってこないんだがな」

「だから言ったじゃない。あなたの方がよく知っているからって。私が考えているとおりなら、それで間違いないわ。あくまでもとぼけようっていうのなら、それはあなたの勝手だけれども。彼が二度までも海竜王を乗りこなし、インプを殲滅した人物だと上層部は睨んでいる」

「……」

 桔平にはあさみの言わんとすることが手にとるようにわかった。その少年とは間違いなく穂村光輔のことを指している。

 己の軽率な行動が光輔に危害を及ぼす結果を招いてしまったことに、桔平は痛烈に後悔の念を抱いていた。

「何を考えている、あさみ」

 押し殺したような声を出し、桔平があさみを睨みつけた。

「何も」あさみが軽く受け流す。「私の使命はプログラムの排除。アスモデウスの消滅以外は考えていない。ただし」その瞳に険が浮き上がった。「もし竜王がすべての元凶だと言うのなら、エネミー・スイーパーの名のもとに排斥しなければならない。たとえそれが凪野博士の意に反する結果になったとしても」

 あさみの迫力に気圧される桔平。だがそれを黙ってやりすごすわけにはいかなかった。

 桔平の覚悟を読み取ってか、あさみがふっと笑う。

「お邪魔してしまったみたいね。帰ります。早く治るといいわね」

「……」

 あさみが机の上の腕時計を見つけた。

「その時計なくしたんじゃなかったの?」

「……引出しの奥に挟まってたんだ。お袋が掃除してて見つけてくれた。あれだけ黙って部屋に入るなって言っといたのによ……」

「そう」事も無げに言う。「ぼろぼろじゃないの。もっといいもの買ってあげましょうか?」

「いらねえよ。俺はこいつが気に入ってるんだ」

「でしょうね。いつまでも過去ばかりを引きずっているあなたには、お似合いかもしれないわね」

 あさみがハンガードアのハンドルに手をかける。思い出したように振り返った。

「そうだ。今思い出したけれど、もう一つだけ教えておいてあげる。今度の発動の時に、海竜王をオビディエンサー抜きで同伴させるそうよ。あなたのおかげで」

「……何だ、そりゃ」

「あなたが証言したからに決まっているじゃないの。ごく少数だけれど、上層部の中にはあなたの報告書を額面どおり受け取る人達もいるみたいね。もし海竜王が本当に自らの意思を持つというのなら、メックを囮に見立てて、助けに現れるかどうかを確認したいんですって。私は馬鹿馬鹿しいと思うけれど、インプが竜王に導かれて現れることが証明されるならどちらでもいいわ。動かなければ、それはそれで穂村光輔が海竜王を動かしたという確証につながるわけだし」

「!」桔平が目を見開く。「おまえ、やっぱりあいつのことを!」

「あら、口がすべっちゃった。あなたもね」いたずらっぽく笑う。その目だけは笑ってはいなかった。「穂村光輔とかなり親密な関係みたいね。これで彼が海竜王と何らかの関わりを持つことがはっきりした、のかな?」

「おい、これが最後だ」

 ありったけの凄みを込めて桔平があさみを恫喝した。

「穂村光輔に何かしてみろ。おまえら全員、ぶっ殺す」

 その迫力にさしものあさみも硬直する。気丈に睨み返した。

「本気でメガルと敵対するつもり?」

「メガルもクソもねえ。俺の敵は俺の大事なものを汚す奴らすべてだ」

「その結果、あなたがすべて失うことになっても?」

「これ以上、俺が何を失うって言うんだ。おまえらが俺の邪魔をするのなら容赦はしない。プログラムごとぶっ潰すだけだ」

「まだわからないの? 竜王さえなくなればプログラムは何もしなくても消滅する。本当の敵はプログラムではなくて、それすらも己の野望のために利用しようとする誤った心。人類自らの手で構築した愚かな欲望。それさえなくなれば……」

「またもとに戻れるのか? 俺もおまえも、木場も」

「……」眉を寄せるあさみ。「今さら、そんな都合のいい話、誰が納得できるの」

「……そうだったな」

 あさみが背を向けた。

「私はあの男を許さない。私からすべて奪い取った、あの男を」決して融けない氷壁の彼方から聞こえるような声だった。

「……」

「……。残念だわ」あさみが部屋を出て行く。「私があなたの大事なものの中に入っていなくて……」

 桔平はいつまでもあさみが去った後のドアを睨みつけていた。

 そこに愛する人間を奪ったかたきを投影するように。


 アスモデウス・プログラムの三度目の発動を数時間後に控え、メガル内部は脈流のような慌しさだった。海底火山の噴火に伴う津波警報を発令し、すでに沿岸地域の住民は避難を完了していた。

 国防省から自衛隊の出動を見合わせるとの通達を受理する。

 すべてがメガルにゆだねられることとなった。

 今回もまた竜王の出動命令が下りることはなかった。

「私も連れていって」

 戦闘準備で慌しいメック・トルーパーの待機所で夕季が訴えかける。

 だが隊員達を束ねる隊長格の男は、その声も耳に届かぬかのごとく、部下達に出撃前の指示を出し続けていた。

 夕季が食い下がる。

「迷惑はかけないから」

 恰幅のいい年配の髭面は、鬼のような形相で夕季を睨みつけた。

 桔平から後事を引き継いだ、鳳という男だった。

「ガキの与太話につき合っている暇はない。目障りだ消えろ。室戸、駒田、さっさと自分の班をまとめろ。八木班はどうした!」

「邪魔なら見捨ててくれてもかまわない」

「消えろと言ったのが聞こえんか!」

 夕季が眉間に力を込める。

「おかしいと思わないの。誰も乗っていない海竜王を連れて行くだけでエスは動かない。メックだけで戦うのは自殺行為だ」

「それがどうした!」

「みんな殺される……」

「おまえが来たくらいで何とかなるとでも思っているのか! うぬぼれるのもいい加減にしろ!」

 鳳が憤慨して夕季の襟ぐりをつかむ。

 それに負けじと夕季も睨み返した。肝の据わった顔だった。

「エスはメックも竜王も潰そうとしている。それでも、そんな命令に従う気なの」

「命令は命令だ。規律をおろそかにし、誰もが身勝手に振る舞えば、組織が簡単に崩壊することもわからんのか!」

「その規律がみんなの命を奪っても?」

「それが俺達の仕事だ!」

「エスは……」

「それ以上言うな!」目一杯の凄みを込める。「エスも俺達も同じメック・トルーパーだ。これ以上仲間を愚弄するようなことを言えば承知せんぞ!」

「……」

「何もできんガキがはねっ返りやがって。自分のプライドだけ押し売りすればそれで満足か!」

 二人が睨み合った。

 互いに引く気配のないその様子を見て、二人の隊員が慌てて止めに入って来る。

 駒田と南沢だった。

「鳳さん、違う。夕季はそんなつもりで言ったんじゃ……」

 駒田の言葉をかき消して鳳。「平気で命令違反を犯すような奴を信用できると思うか。命が預けられるのか。規律を守れない奴はとっとと組織から消えろ!」

 夕季が口をへの字に結ぶ。悔しそうな表情だった。

 夕季の全身が激しく打ち震えていた。

 南沢がその肩を叩く。

「夕季、気を悪くするな。あの人も悪気があって言っているわけじゃない。おまえの気持ちだってわかっているはずだ。きっとおまえを危険な目にあわせたくないんだよ」

 それでも夕季は納得できなかった。

 誰もいなくなった待機所で無線機を床に投げつける。

 格納庫の空竜王に目をやると、整備クルーが忘れていったのか、マスターキーが差し込まれた状態で放置されているのが確認できた。

 夕季がぐっと顎を引き、空竜王を睨みつけた。




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