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第三話 『そこにある希望』 2. 変わらない二人

 


 凪野守人は気難しそうな表情で報告書に目を通していた。

 司令室の奥にある待機室は凪野の専用の部屋で、別名社長室とも呼ばれていた。司令室同様、ガラス越しに海岸線を見渡せる。部屋には充分なスペースがあったが、必要最低限の調度類しか置かれていなかった。

 眉間に皺を寄せ何度も報告書を読み返す凪野を、かたわらにいた長身の男、火刈聖宜がちらとうかがい見た。

「山から現れた赤いコアを持つ土色のインプですか。にわかに信じがたいことですな」

 自分よりも年下の凪野に敬語を遣う。

 火刈は国防省から派遣され、有事の際のメガルの指揮権を一任されていた。

 メガルは母体であるガイアー財団と政府の共同出資によって成り立つ。とは言え、政府の負担割合は微々たるもので、建前上単に武器を持つための口実として参加を要請していたにすぎなかった。その制限と干渉の割合は、出資の額よりはるかに大きかった。

 メック・トルーパーの武器や兵装の大半は国外で展開する傘下企業によって開発され、その検閲を逃れるための手段とも言えた。

「柊主任の件ですが」

 探るように火刈。

「その件ならもう済んだはずだ」じろりと火刈を睨めつけて言った。「彼は解雇する」

「しかし……」

「竜王計画はメガルのプロジェクトの中でも最高機密に属する。その重要性も解さぬまま勝手に持ち出した罪は決して軽いものではない。本来ならばもっと重い処罰を科すところだ」

「それは重々に承知しておりますが、正直彼ほどのつわものを失うのはメックにとってかなりの痛手になりますな」

「本当に必要なのは力ではなく心だ。情勢を読み取れず判断を誤る心は、害にしかなりえない」

「実は、その報告書には記載されていない事項があるのですが」

 火刈が意味ありげに凪野を見下ろす。

「柊の口から直接確認を取ったわけではないので記載項目から除外しておきましたが、どうやらあの日彼は一人の人間にコンタクトを取っていたようなのです」

「……それがどうした」

 凪野の表情が微妙に変化したことを感じ取り、火刈が仕上げの段階に入った。

「駅前のコンビニエンス・ストアで一人の高校生に声をかけ、その後海竜王を積載したトレーラーでともに姿を消したとの証言が取れています。もしそれが、穂村光輔だとしたら?」

 凪野が火刈の顔を見上げる。

 取りつく島のなかった凪野に対して、火刈が余裕を崩さずにいられた理由がそれだった。

「前回と今回。二つの件に穂村光輔らしき人物が関与しています。おそらくは柊も何らかの意図を持って彼に接触をはかったものだと考えられますが」

「何故彼はそのことを我々に黙っている」

「確信がないか、或いは……」

「……」

「我々には報告できない何らかの真実を手に入れたと見るべきですな」

 凪野が報告書を凝視する。深く考えを巡らせた。

「彼は有能な男です。我々をも欺こうとしている。利用価値は充分にあると思われますが。それにここまでメガルの内情を知る者を、たとえ監視つきとはいえ野放しにするのは、かえって危険ではないでしょうか」

「……」

「財団の子供達ですか。博士のお気持ちがわからんでもありませんが、もっと広く裾野を広げられてもよろしいのではありませんか? 政府にはより高等な教育と厳しい訓練を積み重ねた逸材が溢れ返るほど存在します。ここにいる幼い輩よりも成熟した心を持ち、オビディエンサーとしても相応のスペックを備えたスペシャリスト達です。そろそろ権限の私的な占有も限界なのではありませんか?」

「……」

「三階級の降格。それでよろしいですな」

 凪野はそれに答えようとはせず、ただ報告書を睨みつけていた。

 蛇のような目を向け、火刈が意味ありげに笑った。


「光ちゃん」

 通学途中の並木道で樹神雅に肩を叩かれ、光輔が振り返る。

 久々に学校を訪れた雅のその満面の微笑みに、光輔は戸惑いの色を隠せなかった。

「あ、おはよ……」

 朝の陽射しと相まって、その顔を直視できずにいる光輔をおもしろそうに眺め、雅はほがらかな口調で続けた。

「何だ、何だ、元気がないなあ。すっこり寝不足かあ?」

「……」どう対応すればいいのかわからない。

 それを感じ取り、雅はふふっと笑ってみせた。

「心配かけちゃったね。もう大丈夫だから、あたし。ケガもたいしたことなかったしね」包帯を巻いた右足でトントンと地面を蹴る。

「ん、ああ……」

「いつまでもうじうじしていられないものね。お兄ちゃんはあたし達にこの世界でしっかり生きてほしくて犠牲になったんだから。何もしないで立ち止まっていたら全部無駄になっちゃうよ」

「雅……」

 ふいに雅が背中を向ける。

「約束して」

「!」

「危険なことしたりしないって。一人で悩まないで、あたしに何でも話してほしい。あたしもそうするから。もう二度と、どこへも行ったりしないって約束して。お願い……」

 雅の背中を眺める光輔。そこからは雅の悲しみと孤独がひしひしと伝わってきた。

 雅にとって、今や光輔はたった一人の家族なのだ。

「な〜んてね」振り返らず、取り繕うように陽気さを装う雅。「でもほんと、駄目だよ。光ちゃん何だか危なっかしいから。お姉さんとしては心配で心配で、もうね……」

 光輔が表情を曇らせる。桔平からの助言どおり、二度とメガルには関わるまいと心に決めた。だのに何故だか雅を欺いているような罪悪感にずっととらわれていた。

 ふと向けた目線の先に、光輔は知った顔を見かけた。

 古閑夕季だった。

 雅が笑顔で迎え入れる。

「あ、ゆうき、おはよう」

 夕季はすたすたと近寄って来ると、雅の目の前で足を止めた。

「みやちゃん、もう学校に来てもいいの?」

「うん、大丈夫」

「そう……」夕季が視線を落とす。

 その様子に気遣うように雅が笑ってみせた。

「やめてよ、夕季。別に夕季達のこと、どうとか思ってないよ」

「でも、あたし達がもっとしっかりしていれば……」

「これ以上しっかりしてどうするの。ただでさえあたしよりお姉さんみたいなのに」

 夕季がはっとなって顔を向ける。

 その勢いで鞭のような後ろ髪がピシャリと光輔の顔にヒットした。

「でっ!……」頬に手を当て、恨めしげに夕季を見続ける。

 雅が不思議そうに光輔を眺めた。

「どうしたの? 光ちゃん」

「……いえ、何でも……」

 光輔に目を向ける夕季。その表情は拒絶を意味していた。

「……。あ、夕季、何組だっけ?」

「A」

「光ちゃんは?」

 無防備状態で突然振られ、光輔がしどろもどろになった。

「お、俺、G組……」

 そんなことなどまるでおかまいなしに雅。

「残念だね。一緒のクラスだとよかったのに」

「それはないって」夕季に睨まれた格好になり、光輔が卑屈な笑みでその場をしのごうとする。「A組は選抜クラスだから、俺みたいな脳ミソ足りないのはGとかにしか……」

「G組は体育コースでしょ。一緒になれるわけないじゃない」

 冷たく言い放った夕季の言葉が、カウンターとなって光輔の心に突き刺さった。

「おっしゃるとおりでございます……」

 すっかりしょげてしまった光輔を目の当たりにし、雅が怪訝そうに首を傾けた。

「何であなた達そんなに仲悪いの? せっかく久しぶりに会ったのに」

「別に悪いわけじゃないけど……」

 夕季が光輔の様子をうかがう。

 光輔がさっと顔をそむけた。

「光輔があたしのこと避けてるみたいだから」

「何、俺別に……」濡れ衣をかけられたように弁解を始める光輔。夕季と目が合うや、小動物のようにこそこそ逃げ出した。「……嫌ってるのは夕季の方だろ」

「いつそんなこと言った」

 その強い眼光で思い切り睨みつける夕季。

「言ってないけど……」光輔がちらと夕季を見やった。「……すぐそうやって睨むし」

「睨んでない」

「どこが!」しれっと言い放つ夕季に、光輔が敢然と立ち向かう。が、夕季に睨み返され、すぐに目をそらした。「……ほら、思い切り睨んでるし」

「どこが!」

「そ、そこが……」

「やめなさいよ。何で普通に話せないの」

 二人同時に振り返る。だってえ、という顔を雅に向けた。

 雅が噴き出す。おかしくてたまらないといった表情だった。

「そう言えばいつもケンカばかりしてたよね」

「ケンカじゃなくて、俺が一方的にいじめられてただけ」

「いじめてない!」

「あっははは。光ちゃんよく泣いてたもんね。ダメージは同じくらいなのに、泣かないから夕季の勝ちかなみたいな」

「あたし別に勝ったとか思ったことない」

「俺も勝った記憶がまったくない……」

「それだけ仲良かったってことだよ。光ちゃん、夕ちゃん、だったじゃないの」

 光輔と夕季が顔を見合わせる。すぐにバツが悪くなってそむけた。

「変わらないね、二人とも。ずっと一緒にいたみたい。あ、そうだ……」目尻の涙をぬぐい、思い出したように雅が切り出す。「桔平さん入院したって本当?」

 夕季が振り向いた。

「うん。こないだの発動でインプと戦って」

「信じられないね。桔平さんほどの人が」

「仕方ない。桔平さん一人だったから。それでもインプを全部倒したって、聞いた……」

 夕季が口ごもる。真実は限られた人間にしか伝えられていなかった。

「やっぱりすごいな、あの人は。またお見舞いに行かなくちゃ。夕季、部屋の番号知ってたら教えて」

「……うん」

 その時そわそわしながら二人の会話を盗み聞きしている光輔に気づいた。

「どうかしたの、光ちゃん」

「いや、別に……」

 夕季は表情もなくその顔を眺めていた。




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