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第三話 『そこにある希望』 1. 古閑夕季

 


 古閑夕季は重い足取りで格納庫からの長い通路を歩いていた。

 その表情には苦悩が浮かび上がる。

 先のプログラム発動時には出動を告げられなかった。凪野博士が承認しなかったためだ。

 それを夕季は自分への期待の薄さのように感じていた。

 一度目の発動時、インプの群れを全滅させたのは何者かが操った海竜王だった。また先日も、明確な目撃情報こそないものの、別タイプのインプを海竜王が殲滅したという噂だった。

 壁時計で今が深夜の三時過ぎだということを確認する。通路には夜でも充分な照度が得られていたが、夕季にとってそこは冷たく薄暗いイメージでしかなかった。

 窓越しに月明かりを見上げる。

 操縦技術では礼也や陵太郎に及ばない。その穴を埋めようと夕季は寝る間も惜しんで訓練に励んできた。

 手応えはあった。

 あの日、あの海竜王の躍動する姿を見るまでは。

 今のままではどうしても越えられない壁。

 努力だけでは埋められない何か。

 おそらくは封印を解くための何らかの鍵があるのではと考えていた。

 だがそれがどのようなものだか皆目見当もつかない。

 海竜王の操縦者に会い、直接確かめたかった。

 何百人とリストアップされた候補者の中で、夕季は空竜王との相性がもっともよいと認められた。それが第一オビディエンサーに選ばれた理由でもある。

 同じように、陸竜王には霧崎礼也が、海竜王には樹神陵太郎が選定されていた。

 操縦桿を握るコンペティションを行えば、夕季より優れた搭乗者も数多く存在するのだろう。だがそういった能力面を重視せず、あくまでもオビディエンサーとしての資質に重きが置かれ、夕季が選ばれた。

 誰よりも空竜王をうまく扱える可能性を持つと判断されたからだ。

 その期待を裏切るわけにはいかなかった。他に頼る身寄りもない自分が、必要だと求められるのはこの場所だけなのだから。

 次の発動はおよそ一週間後であると囁かれていた。

 コンクリートの壁に拳を叩きつける。

 唇を噛みしめた。

 自分が遠く及ばなかった陵太郎をさしおいて、オビディエンサーに選ばれなかった何者かが海竜王を手足のように操っている。

 空竜王をよりうまく乗りこなせるだろう人間が存在する可能性を否定できずに、夕季は悔しさで胸が張り裂けそうだった。

「?」

 足音が聞こえ、こんな時間に他に誰がいるのかと顔を向ける。

 その人物を確認し、夕季の表情が一変した。

 先回の発動前に夕季のかたわらを何も言わずに通り過ぎた、長身の女性隊員だった。

 途端に夕季の両目がつり上がる。激情を隠そうともせず、突き刺すように夕季が睨みつけた。

 しかし、木場と同じエネミー・スイーパーの戦闘服に身を包むその隊員は、前と同様夕季のことなど気にもとめない様子で通り過ぎようとした。

 互いに視線の軸を修正することなくすれ違っていく二人。

 夕季の横を通り抜け、五、六歩進んでから、ようやく彼女が足を止めた。

「ずいぶん熱心なのね。その割に成果はあがってないようだけれど」振り向きもせず言う。

 その言葉に過剰な反応を示し、夕季がキッとなって振り返った。

「あなたには関係ないでしょ!」

「関係ないなんて言わせないわよ」夕季とは対象的に、抑揚のない声で彼女が続ける。「竜王はプログラムに対抗する最終手段なのだから。それが使い物にならなければ私達メック・トルーパーが彼らと戦い続けなければならない。いくら世界最高峰の技術力を持つメガルでも、人外の脅威にいつまでも対抗しきれない……」

「そんなことわかってる!」

 夕季の怒鳴り声に女性隊員がゆっくりと振り返る。その容姿は夕季によく似ていた。年齢が幾らか上で、夕季よりやや背が高い。

「わかっているならもっと努力しなさい。もともとエスはあなた達に頼るつもりもないけれど」冷たく突き放した。「どこかでまだ誰かの力をあてにしているんじゃないの。メックやエスがなんとかしてくれるんじゃないかって。それともまた海竜王が助けてくれるのを待つつもり……」

「うるさい!」

「わめくだけなら誰でもできる。悔しかったら一日でも早く竜王を乗りこなしてみせなさい」

「!」

「撤退命令を無視して他の隊員の救出に向かったそうね」

「だから、何」

「自分すら守れない人間が他人を救おうだなんて、身のほど知らずもいいところだって言っているの。自らの置かれた立場を理解しているのなら、そんなことできないはずよ。規律は自分を守るための鎧だと思いなさい。子供だからって特別扱いしてもらえるとでも思ったら、大間違いよ」

「そんなこと思ってない! 私は……」

「それだけじゃない。あなたがしたことは、彼らを侮辱したことにもなる」

「!」

「私達は軍隊じゃない。軍隊のように降伏することも許されない。自分の命は自分で守るしかないということくらい、メックの人間なら誰でも知っている。それだけの覚悟で危険に臨んでいるの。それなのにあなたは、余計なことをして彼らの気持ちを踏みにじった」

「でも……」

「私達にとって何よりも耐えがたい苦痛は、自分の失態のせいで仲間を危険にさらすこと。みんなそれがわかっているから助けも求めないし、誰もそれを恨まない。あなたがよかれと思ってしたことを、私達は誰一人として望んではいない。むしろ苦しいだけ」

「……」

「あなたは戦力として多くの人間達の中から選ばれた。選ばれなかった人達の想いも背負っている。なのに自分勝手な行動ばかりして。これでは資格を剥奪されても仕方がないわね」

「……悔しいんでしょ」うなるように夕季がそれを口にした。「自分じゃなくて私が選ばれたことが。だからそんな嫌味を言う。いい気味だと思ってる。でもあなたより私の方が優れていることに変わりはない」

 肩を震わせながら噛みつく夕季を冷静に眺め、女性隊員は少しだけ目を細めた。

「ここまで愚かな人間だとは思わなかった。まるで成長していないのね。そんな考えでは、いつか必ず、死ぬわよ」

「陵太郎さんみたいに?」

「!」

「あの人も愚かな人間だったって言いたいんでしょ? だから死んだんだよね。だったら私も、愚かなままでいい」

「……その行為を尊いものだと感じているのなら好きにすればいい。誰かのために死を選んで、その誰かに悲しんでもらえることで満足できるのなら」

「私が死んでも悲しむ人なんてどこもいない。でも喜ぶ人間なら知っている」

「……。一ついいことを教えておいてあげる。私達エスには他のメックにはない特別な権限が与えられている。それは……」じろりと夕季を睨めつけた。「竜王の操縦者がメガルの意図に反する行動をとった場合、すみやかに操縦者を排除し、竜王の回収を優先すること。それがたとえ血のつながった姉妹であっても例外はない」

 その言葉に別段驚く様子もみせず、夕季はぶすりと吐き捨てた。「血のつながった姉妹だから、じゃないの?」

 夕季の目が据わる。

「あいにくだけれど、それを決めるのは私じゃない。でももし命令されれば、断る理由はない」

「やれるものなら、やってみれば」

 憎しみを正面から受け止め、夕季の姉、古閑忍は揺るぎのないまなざしを向けた。

「覚えておくといい。メガルはあなた達の命なんて少しも尊重してはいない。あなた達の代わりはいくらでもいるから。竜王を守るためなら何でもする。それが今のメガル。あなたが考えている以上に非情で、汚い組織よ。それが嫌なら今すぐにやめなさい」

 夕季が唇を噛みしめる。

 姉の言葉にではなく、その存在すべてを否定するように睨み続けていた。




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