第三話 『そこにある希望』 OP
柊桔平は何故自分がその場所にいなければならないのかも理解できないまま、ただ突き刺さるような雨にうたれ続けていた。
目の前に進藤あさみの姿があった。桔平同様、激しく降り注ぐ雨に身をさらしながら、何事かを懇願するように訴えている。
忘れ去られてしまったタバコが桔平の口もとで淋しそうに揺れていた。
重苦しい表情の理由を一向に解す様子もなく、懸命に説得を続けるあさみ。
桔平が眉を寄せ、あさみを眺めた。悲痛な表情で訴えかける瞳が、もはや自分を映さないことを知りながら。
脳裏をよぎる少女の顔。
その微笑みはあさみの中学生の頃のものであり、或いは高校生のものであり、いずれも眩いばかりの輝きがいまだ桔平の心をとらえて放さなかった。
まるで今そこにあるように、桔平が眩しそうに目を細める。それからゆっくりと首を横に振った。
その意志の強さを感じ取り、あさみが淋しげに眉を寄せる。震える口もとを、キッと固く結んだ。
「そう。ならば、もう私達は、……一緒にはいられない。今、ここから、……私達は敵同士だから……」
消え入りそうな声であさみがそう告げた。
雨空を見上げ、桔平が拳を握りしめる。
あさみから受け取った腕時計が濡れていた。
止められぬ時に抗えない、二人の血の涙にまみれるように。
「……ああ」
顔も向けずに桔平が呟く。心の中でそれにつないだ。
『これからもな……』
雨が強く降り続けていた。
二度と振り返ることのない背中をかき消す、絶望の雨が。