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第二話 『風に折れない花』 6. 風に折れない花

 


 病院の一室に桔平はいた。

 光輔を思っての桔平の嘘はすぐにばれ、海竜王を勝手に持ち出した件と合わせて進退問題にまで発展しそうな勢いだった。

 会議室で散々桔平を罵倒した男らが捨て台詞を残して帰って行く。何故か不思議なことに補助具をはずした海竜王の件には一切触れていかなかった。

 そのわけをぼんやりと考える。

 かたわらで部下がまくしたてているのも上の空だった。

「柊、貴様俺達の隊長だろうが、何をしているんだ!」

 目の前に髭面を突きつけられ、ようやく桔平の思考が現実へと戻る。

「すまん、鳳さん。あとはあんたに任せるよ。どうやら俺は首らしいからな」

 鳳と呼ばれた年配の男は憤慨しながら病室を出て行った。ハンガードアも閉めず、最後に振り返り、怒りをぶちまける。

「見損なったぞ!」

 眉一つ動かさずに桔平はその様子を受け止めていた。

 目線を窓の外へ向ける。

 開け放たれた窓からは心地よいそよ風が入り込み、小物入れの上の一輪挿しを揺らした。

 淡いピンク色。

 種類はわからないが、それは見ているだけで桔平の心を穏やかにさせた。

 ふと陵太郎のことを思い出す。

 以前陵太郎は、雅の他にもう一人兄弟がいると桔平に打ち明けたことがあった。

 その時は光輔のことは知らなかったが、事故で亡くなった陵太郎の恋人の弟とだけ認識していた。

『俺にもし何かあったら、二人のことお願いできませんか……』

 怪訝そうな顔つきの桔平に、陵太郎が笑顔を向ける。

 それに反応したのは、桔平の隣にいた木場雄一だった。

「よし、全部俺に任せておけ。木場四兄弟の誕生だ」

 無表情に陵太郎の顔を眺め、桔平が淡々と言葉を発した。

「ひかるって娘の弟か?」

「はい」

 力強く頷く陵太郎に、桔平が複雑そうに眉を寄せた。

「ただかわいそうなだけだったらやめとけ。おまえがその娘のことを引きずっている限り、かえってそいつがつらい思いをするだけだぞ」

 それが決して自分をくさして言っているわけではないことを陵太郎は知っていた。

 心からの想いを桔平にぶつける。

「最初はそうだったんです。でも今ではあいつのことを本当の弟だと思っています。いつの間にか、俺のちっぽけな世界の中にあいつがいるんですよ。俺が守りたい大切なものの中に、あいつがしっかりいる。雅と同じように。あいつも、俺の希望の一つなんです」

 その笑顔がひたすら眩しかった。

 懐かしそうに花を眺める桔平。

 ぼそりと呟く。

「どいつもこいつも、恥ずかしいこと平気で口にしやがって……」

 足音に気づき桔平が顔を向ける。

 それが進藤あさみのものだとわかるや、ちっ、と舌打ちした。

 そんなことなどおかまいなしにあさみが勝手に話し始める。

「ずいぶんな失態を演じたものね。何故こんな馬鹿な真似を」

「たいした理由じゃない」顔も見ずに突き放した。「おまえに言われたように少し賢く生きてみようと思っただけだ。見積もりが甘すぎたけどな」

「意図がまるでわからないわ。まるで自分を窮地に陥れるために、わざとそんなことをしたとしか思えない。樹神陵太郎の弔い合戦のつもりなの?」

「男心のわからねえ奴には、何も言う気にはならねえな」

「よりにもよってあんな見え見えの嘘を。おかげでこちらは竜王に誘われてインプが現れるという仮説の裏づけをしていただけたわけだから、お礼を言わなくちゃいけないわね。それとも、インプがそこに現れるということがあらかじめわかっていたのかしら?」

「……」

「でもこれで本当にどこにも居場所がなくなったわね」

 ようやくあさみに顔を向ける桔平。

「そんな嫌味を言いに来たのか」

「違う。あなたをスカウトしにきたの」妖しく笑いかける。「エスならあなたにもう一度チャンスを与えることができる。改めて言います。あなたをエネミー・スイーパーの隊長として迎え入れたいの」

「俺は隊長失格じゃなかったのか?」

「メックではそう。でもエスならば、あなたの使い道がある」

「……。木場は」

「彼は信用できない」

「俺なら信用できるってのか?」

 その問いかけにあさみは答えなかった。

 窓の外に目をやり、桔平がふっと笑みをもらす。

「渡りに船ってやつだな。魅力的すぎて思わずくらくらっときちまった」

 瞬きもせず、桔平の横顔に注目するあさみ。

「わかってんだろ。言わなくても」

「……。すぐに答えを求めてはいません。入院中にじっくり考えるといい」

「どれだけ考えても同じだ。俺はおまえ達の仲間にはならない」

「何か思い違いをしているみたいね。あなたには他に選択肢はないのよ」

「ああ、わかってる」

「ならば何故……」

「おまえと俺は敵同士だからだ」

 桔平は振り返らない。

 だがあさみにはその表情が手に取るようにわかっていた。

「……。そうだったわね」少しだけ淋しそうに笑い、背中を向けた。「ずっと、前から」

 あさみが立ち去ろうとした。

「ごめんなさい。お邪魔だったわね」

「……。……あさみ」

 ふいに呼び止められ、あさみが立ち止まる。

 桔平が静かにつないだ。

「すまない」

 あさみの表情が揺れる。

 それは間近で見てもわからないような微妙な変化だった。

「あなたに謝られるようなことは何もないわ」

「いや……」ゆっくりと桔平が振り返る。申し訳なさそうに目を細めた。「おまえから貰った時計、なくしちまった」

 あさみが背を向けたままなので互いの表情が伝わることはない。

 むしろ二人は、それを知ることを拒むかのようでもあった。

 やがて振り向きもせずにあさみが押し出す。

「そう、別にかまわないけれど……」

 風が吹きカーテンが揺れる。

 花瓶の一輪挿しが向きを変えた。





                                     了

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