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第二話 『風に折れない花』 3. 動き出す男

 


 光輔は肩を落とし落ち込んだ様子で、一人校門から出ようとしていた。

 振り返り、校舎を眺める。

 その表情からは何の期待もうかがえなかった。グラウンドで部活動に勤しむ生徒達の活発な声すら無機質に響き、わずかにも心を揺らさない。

「穂村君」

 篠原みずきの声がし、光輔が顔を向ける。

 するとみずきが息を切らせながら走り寄って来るのが見えた。真新しい紺色のブレザーとグレーのスカートがまだ馴染んでいない。

「どこに行ってたの。さっきまで曽我君達探してたよ」

「ああ……」

「……。こだま先生、残念だったね。いい人だったのに。地震で逃げ遅れた人を助けようとして飛び込んでくなんて、なかなかできないよ」

 光輔が黙り込む。

 気を遣ったつもりが地雷を踏んでしまい、慌てて話題を探すみずき。きょろきょろと辺りを見回した。何ごとかに気づき、声をあげる。

「あ、あの人だよ。前に穂村君見てた人って」

 ちらと目線をやる光輔。少しだけ表情を曇らせた。

「こっちに来る」

 光輔の顔を認め、その少女が近づいて来る。ゴールデンポイントでまとめたナチュラルブラウンの髪を揺らし、目の前で立ち止まった。

 古閑夕季だった。

 光輔もそれに合わせるように顔を向けた。

 何も言わずに光輔を睨みつける夕季。その両眼の持つ力強さに、かたわらのみずきが退いた。

 それから夕季は瞬き一つすることなく、光輔から顔をそむけ立ち去って行った。

「ふええ~……」みずきが緊張から解放される。胸もとの赤いタイを撫でながら、光輔の顔を見上げた。「知り合いなの?」

「……いいや」

「何年の人かな。なんかかっこいいよね。穂村君に用があったんじゃないの?」

「……」


 駅までの並木道を光輔とみずきは並んで歩いていた。

 みずきが話しかけ、光輔が相づちをうつ。

 少しずつ光輔の表情に明るさが戻り始めていた。

 光輔とみずきは市外の中学校出身で、高校進学の際に光輔だけが山凌市へと越してきていた。

「じゃあね、穂村君。また明日」

 みずきが手を振り、駅の構内へ向かう。二人が乗る列車は、別々の方角だった。

 光輔も手を振ってそれに応えた。

 乗車までにまだ時間がある。

 暇つぶしに光輔は駅前のコンビニエンス・ストアへと立ち寄ることにした。

 おもむろに週刊誌を手にすると、先の大津波の記事が載っていた。

 あの時すべての人間が避難していたとは到底思えない。自分達と同じように、惨状を目の当たりにした者も、少なからず存在するはずだった。

 真実を限られた人間達の手のひらに封じ込め、あれだけの被害をもみ消す力が働いていたことに、光輔はただならぬ背景を感じ取っていた。

「それ読んだら、ちびっとつき合ってくれねえかな」

 ふいの呼びかけに光輔が振り返る。そばには他に誰もいなかったからだ。

「終わったら家まで送ってやるから」

 駐車場の大型トレーラーを親指でさし示し、柊桔平は不敵な笑みを浮かべてみせた。


『海竜王が何者かによって持ち出されました』

 波野からの連絡を受け、火刈は凪野の顔色をうかがった。

 二人とも眉一つ動かさない。

「博士」

「ああ……」

 まるですべてを予測していたかのように二人は落ち着き払っていた。

 ふん、と鼻から息をもらし、火刈が立ち上がる。蛇のような目で凪野を見下ろした。

「少し気になったことが」

「なんだ」凪野がじろりと見やる。

「いえね。樹神雅につき添ってやって来た少年のことですが、ガイアー財団からの支援を受けている子供の一人だったのです。それも特A扱いの」

 火刈が資料を凪野のデスクへ差し出す。

 凪野が眉を寄せた。

「穂村、光輔……」


 夕刻、夕季は一人、格納庫へ向かう長い通路を歩いていた。

 空竜王に搭乗するために。

 あの日見た海竜王の動きはまるで次元の違うものだった。

 自分でも悔しいほどにわかっていた。あれは訓練しただけで扱えるようなものではないということを。

 どうすればいいのかわからない。それでも空竜王に乗らずにはおれなかったのだ。

 攻撃的なまなざしの底に、疲労だけが積み重なっていく。

 このままではいつか限界を迎えるだろう。

 それでも諦められなかった。

 諦められない理由があった。

「!」

 通路の反対側から一人の隊員がやって来る。

 木場と同じ戦闘服を着た女性隊員だった。

 その夕季によく似た顔立ちの長身の隊員は、束ねた黒髪を揺らしながら何ごともなかったように、冷たいコンクリートの通路を通りすぎて行った。

 そこに誰もいないかのごとくに。

 キッとなって夕季が振り返る。すさまじい形相で彼女の背中を睨み続けた。

 その時、プログラムの発動を告げる警報が場内に鳴り渡った。






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