第十話 『決戦!』 10. 渾身の一撃
「残念だったな。筋書き通りになんなくって」
カラシニコフを組み伏せたまま、桔平が意味ありげに笑ってみせた。
「……。何の話だ」
「とぼけんなって」
カラシニコフの心の内を見透かすように語り始める。
「切迫した状況下でガーディアンの封印解除を求めて司令官のもとへと訪れた副司令官、つまり俺は、それが無理だとわかると力ずくで司令官から解除キーを奪い取ろうとした。キーを奪われまいと抵抗した司令官は持っていた自分の拳銃で副司令、めんどくせえな、俺を殺害しようとしたが、逆に銃を奪い取られて俺に殺されるハメになった。銃声を聞いて駆けつけた他の奴らが見たのは、ケガを負いながらも俺の息の根を止め、傷つきのたうち回るあんたの姿だった。どさくさに紛れて解除キーは紛失。あんたの証言から、こんな危険な連中にメガルの実権を任しておけねえってな感じで、それ以降のイニシアチブはガーディアンの管理も含めて全部ロシア支部が握る流れになる。そんなとこだろ、ロシアの描いた筋書きは。多少強引だが、力技で押し切れないシナリオでもない。ただし、いくつかの計算違いがなけりゃだがな」
「……」
「一つはアスモデウスの動きが予定より早かったこと。できれば多国籍軍の作戦が展開されてからのどさくさに便乗したかったはずだ。とは言え、計画を遂行させるためにはこの機をおいて他にない。解除キーを持つ人物が進藤あさみであることをつきとめたまではさすがってとこだが、まだそれが何なのか、どこにあるのかまでは特定できなかっただろうしな」
「……。我々の情報収集能力を侮っているようだな。そんなことなどとっくに……」
「嘘つけよ。だから進藤には手が出せなかったんだろうが」
「……」
「そんなこんなで俺を利用しようと思い立ったんだろう。進藤あさみが俺を遠ざけようとしていることはわかっていたが、それでもあんたは俺が必ずやってくると睨んでいた。そこまではドンピシャだ」
「……。ならば……」
「あんたは最大のミスをおかした。ミスリードってやつに引っかかっちまったんだ。いいセンいってたんだけどな。選択と行動は同じだが理由が違う。進藤あさみが俺を呼ばなかったのは俺を恐れていたからじゃない。俺があんたにハメられることがわかっていたからだろう。あんた、俺とあいつが反目し合っていることを額面どおり受け取っちまったようだな。ま、何言ってんのかよくわかんねえだろうがよ。正直、言ってる俺にもよく理解できねえ。なんせ、俺とあいつはぐちゃぐちゃのどろどろだからな」
「……。殺せ」
覚悟を決めた様子でカラシニコフがくぐもった声を押し出した。
表情一つ変えずに桔平が受けて答える。
「殺しゃしねえよ。あんたにはメッセンジャーになってもらわなきゃなんねえからな」
桔平がカラシニコフの肩へ膝を押し当てる。口をへの字に結び、力を込めるや、ゴギッと鈍い音が辺りに響いた。
が、カラシニコフもまた、わずかに眉を寄せただけで呻き声一つもらさずにそれを受け止めた。
「あんたの役目は終わりだ。とっとと国に帰んな」
「甘いな」
「あん?」
「腕一本、足一本あれば、私は君の命を狙うことを諦めないだろう。この命のある限り」
「そんなぐしゃぐしゃの手でか?」
「愚問だ」
「……」あきれたように桔平が鼻で笑う。「だったら、今度は左の肩はずして見せてやろうか。こっちは右みたいにクセがついてねえから、うまくはまるかわかんねえけどな」
「……」
「そん次は足、最後は顎の骨か。こいつはつれえな。肉が食えなくなる。だがな、何度来たっておんなじだ」桔平の語気に殺気が宿る。「あんたじゃ俺を殺すことはできない」
どの戦場においても決して臆したことがなかったカラシニコフの鋼の心が、背中越しに薄ら寒いものを感じ取った。
「これ以上の野暮はしたくない。察してくれ」
「……」
「無茶やりすぎて軸がずれまくりゃ、凪野派の連中だって快く思わねえだろ。あんたらの忠誠はよくわかった。だがよその国の出る幕じゃねえ。こっちはこっちでやらせてもらう。そう、あっちのお偉方に言っといてくれ」
「……。貴様、本当にそれでいいと思っているのか」
「何がだ」
「とぼけるな。貴様にもわかっているはずだ。このままでは遠からずメガルは崩壊する。今のプロフェッサーはかつての彼ではない。我々の崇拝した理想もビジョンもない。このままでは、いずれ世界の破滅を呼び込むだけだ」
「……」カラシニコフを解放し、桔平が遠くを見つめるまなざしになった。「なこた、百も承知だ」
「……」
「早く医者行った方がいい。肩よか内蔵の方がヤバそうだ」
のっそりとカラシニコフが立ち上がる。左肩を押さえ、桔平と向き合うことを避けるように顔をそむけた。
「君の目的は何だ」
よろよろと歩き出したカラシニコフを直視できずに、桔平も冷え切ったコンクリートの壁へと目をやる。
「あんたらと同じだ。そう伝えといてくれ」
「……。……承知した」
海竜王を引き連れたまま、アスモデウスは海岸へ降り立とうとしていた。
引きずる片足を砂地にからめ、両腕を押し出すように海竜王が竜の口を突き放す。両足で二本の長い線を描き、湿った黒砂をめくり上げながら、アスモデウスと真正面から向かい合う構図で踏み止まった。
巨大な槍を振り下ろすアスモデウスの姿を確認し、空竜王を地に降ろした礼也がロケットのようにダッシュした。
「くそっ!」
「光輔ー、逃げてーっ!」夕季の悲痛な叫び。
だが海竜王はそこから逃げ出すことなく、クロスさせた両腕でアスモデウスの槍を受け止めようとしたのだ。
「やめろ、光輔!」
比較も馬鹿らしいほどの質量と膨大なエネルギーに打ち伏せられ、海竜王の全身が波打ち寄せる砂面にめり込んでいく。
「くそ!」
「光輔……」
最悪の結末にうちひしがれる礼也と夕季。が、その後、二人は再び信じられない光景を目の当たりにすることとなる。
地面から先だけが突き出た二本の爪が、巨大な槍を押し上げたのだ。
ぬめりときらめく黒い影が、その両眼に妖しげな輝きを伴いながら、こともなげに立ち上がったのである。
「ふざけんな、てめえは!」
グンと伸び上がり、五十メートルもの跳躍すらこともなげに、赤黒い砲弾と化した陸竜王が無表情で巨大な仮面を殴りつける。そのインパクトがアスモデウスの巨体をぐらりとよろめかせた。
地面から抜け出し、大きく振り上げた超硬質のクローを竜の眉間に突き立てる海竜王。
二体の竜王の渾身の一撃を受け、けたたましい絶叫を撒き散らし、アスモデウスが初めて人類の前に退いた。
「てめ、何パワーアップしてやがんだ!」
海竜王を見やり礼也が吐き捨てる。
すると嬉しそうに光輔が笑った。
「もたもたしていられないんだよ。あさって雅と花火大会に行く約束したからさ。礼也も行く?」
「行くかっての、んなモン!」
アスモデウスにとっては槍の先ほどのサイズでしかない、まるでおもちゃのような小さな二つの人がたを、数百の邪悪な視線が睨みつける。透明な旗を揺らめかせ、それまでの無防備なかまえから鉄壁の防御へと移行した。
疲れはてたように嘆息し、礼也が自嘲気味に垂れ流す。
「ったく、やってらんねえって。まるきりかなわねえ。体はズタボロ、心は折れまくりだ。でもよ」そのまなざしが強い光を放つ。「なんでだか、まったく負ける気がしねえ。一ミリもだ」
「ははっ……」
「こりゃ、ノッかってくっかねえだろ」
凛とした面差しで光輔が頷く。
それを受け、礼也がおもしろそうに笑った。
「うっし! いくって!」
「おっし!」
決して振り返ることもなく、並び立つ二人の連係攻撃が炸裂した。