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第二話 『風に折れない花』 2. 別々の方角

 


 桔平はメガル本部から離れ、格納庫へと歩を進めていた。

 広大な敷地面積を誇るメガルには、本部を始めとする四棟の高層建造物の周囲に、ヘリや自家用機が離着陸できる滑走路が複数設置されている。海岸に面した部分は船舶の発着場になっており、排水量数万トンクラスの大型船が何隻も並んでいた。それはさながら海兵隊の基幹基地を連想させるたたずまいだった。

 敷地内でもっとも陰となる場所に、メック・トルーパー部隊の待機所兼事務所と三竜王の収納スペースが確保されていた。山々と高い防護壁に囲まれ、それらは外からは確認できない。ここでは総勢百名を超える機械化歩兵部隊、メック・トルーパーが交代で勤務していた。

 煩雑な工事現場のような騒音と打撃音に振り返る。

 エプロンで甲冑をまとった巨大な人型ロボットが動き回っているのが見えた。

 空竜王と、そのオビディエンサー古閑夕季だった。あれ以来、夕季は寝る間も惜しんで空竜王を乗りこなそうと躍起になっていた。

 複雑な連続機動に挑戦し何度も失敗する。

「野郎、またあんなとこで……」

 桔平がため息をつく。

 それはどう見ても、あの日桔平が目の当たりにした海竜王の動きとは似ても似つかなかったからだ。

 桔平は薄々感じ取っていた。

 努力だけで手が届くものではないことを。

 それを今夕季へ告げたところで無駄だろうことも。

 格納庫の前で桔平が足を止める。

 そこには上半身だけを立てた姿勢でベースにがっちりと固定された海竜王の姿があった。本体にはまたあの野暮ったい防具が装着され、後任の搭乗者が最終訓練を終えるまで誰の手も触れることを禁じられていた。

 隣には陸竜王が並ぶ。

 複数の航空機が収納される別の格納庫の隣で、同じ割り当てのスペースの中にポツンと二体の竜王だけが鎮座する様は、異様な光景でもあった。薄暗い照明の下、本体の何倍ものメンテナンス機材が取り囲む。

 コクピットが無防備な姿をさらしていた。

 跳ね上げ式のハッチの裏面には、密閉時にシートを囲うように操作パネルが配置されており、そこにはスロットルと様々なスイッチ、計器類、警告ランプ等が見て取れた。

 内部を覗き込む桔平。

 搭乗者の体躯をしっかりホールドするシートの両脇に感圧式のスティックがある。それが操縦桿の役割をするとともに、微弱ながら操縦者の意思を信号化して制御回路に伝達する仕組みだった。

 中は結構広いようで、前面パネルさえなければ細身な人間ならば重なって押し込めるのではとも思わせた。

 まるでコクピットに手足が付いただけの印象を受ける。

 ほとんど機械部分も見当たらず、何故こんなものが動くのか不思議だった。

 人外のモノ。

 それ以外に表現する言葉が見つからなかった。

 あの魔神のような動きを見てしまった以上はなおさら……

「おい」

 明らかに敵意を持つ呼びかけに桔平が振り返る。

 凶悪なまなざしが睨みつけていた。

 エネミー・スイーパー隊長、木場雄一だった。

 桔平とは違い、オリーブドラブの迷彩服を身にまとっている。

 桔平は決して小柄な方ではない。それでも木場は桔平が見上げるほどに大きかった。そびえ立った頭髪がそれを一層際立たせる。

 何ごともなかったように桔平が横を通り過ぎようとする。

 するとすれ違いざまに木場が仕掛けてきた。

「柊、貴様何を考えている」

「ん?」ちらと目配せする。「腹減ったから自販機のハンバーガーでも食おうかなってよ。あのかぴかぴのやつ。あれで百五十円は正直イタイよな。いっそ腹決めて、あと五十円上乗せして食堂でカレー食った方が幸せに……」

「ふざけるな!」

「ふざけてねえよ。給料日前でピーピーなんだ。わりいけどおごってくれねえか。火曜日には返すから。来年の……」

 木場が桔平の胸倉をつかみ、ぐいと締めあげた。

「とぼけるな! 俺達のまわりをこそこそ嗅ぎまわりやがって。何が目的だ」

「とぼけてなんかねえって。失礼な言い方はよせや。俺はこそこそなんてしてないぜ」桔平が不敵に笑う。木場に体をあずけるように脱力した。「どうどうとやってるつもりだがな」

「貴様、ぬけぬけと!」

「おまえらこそ」ギロリと睨みつける。「何故出撃しなかった。おかげでこっちの戦力はガタガタだ。ひょっとして、それが目的だったんじゃねえだろうな」

「馬鹿を言うな。それにどんな意味がある。俺達にはメガルを守るという優先目標があった。それにあの程度の状況で崩壊するようではなんのためのメックだ。我々ならあんな失態はない……」

 途端に豹変する桔平の顔つき。木場の腕をつかみ、力を込める。

「もう一度言ってみろ、ぶち殺すぞ」

 そのすさまじいまでの迫力に木場が退いた。

「彼は司令の指示に従っただけよ。落ち度はないわ」

 救いの声に振り返る木場、と桔平。

 その顔を確認し、桔平から表情が消え失せた。

「木場主任、持ち場へ戻りなさい」

 くっ、と歯がみして木場が桔平を解放する。痺れる手首を押さえ、桔平を睨みつけるようにそこから立ち去って行った。

 すでに木場のことなど眼中にない桔平に冷たい視線を投げかけ、幹部だけが着ることを許された制服に身をつつんだその女、進藤あさみはたしなめるように言った。

「柊主任。もう少し自重したらどう。あなたのしていることはそこいら中に筒抜けよ。メガル上層部にもね」

「マジか。しゃあねえ、ゴリラえもんのパソコン覗き見るのはもうやめとくわ。どうせたいしたモンも入ってねえしな」

 まるで感情をともなわない受け答えの後、ぷいとそっぽを向いた。

 大音響の激突音とともに大地が震える。

 二人が顔を向けると、空竜王が派手に転倒している姿が飛び込んできた。

 桔平の顔が青ざめる。

「言っておくけどなあ! ありゃ、俺がやらせたんじゃねえからな。夕季のバカが勝手にやってるだけだ。あれほど場内でぶん回すなって言っといたのによお! 下ボコボコになっても俺のせいじゃねえからな!」

 その様子にあさみがくすっと笑った。

「わかっているわ。私が許可をしたの。彼女にも早く戦力になって欲しいから」

「んだよ。聞いてねえぞ……」ふて腐れたようにまた横を向く。

「どうして昨日は来なかったの?」

「あん? ありゃ、おまえらの葬式だ。こっちはこっちで勝手にやる」

「相変わらずね」

「そいつはどーも、だ」

「まあいいわ。でもことがこれ以上大きくなれば、あなた一人の問題ではすまなくなるのよ」

「……そんなにおおごとにしなくてもいいだろ。ちょっとエッチな画像でもないかと探ってただけなのによ。もっとエグいの集めてるのかと思ったが、あいつにはガッカリだ……」

「知らないとは言わせないわ」

 あさみの口調が厳しく責めたてるそれに変わった。

「あなたが自分の手の者を使っていろいろと探りをいれていることくらい、こちらは先刻承知よ」

 見透かしたような微笑みにもまるで動じることのない桔平。面倒くさそうに言葉を絞り出した。

「忠告か。何故敵の俺に」

「昔のよしみ、かしらね」

「いらん世話だ。ほっといてくれ」

「ふ」あさみが笑う。哀れみを込めてつないだ。「どおりで隊員達の心も離れていくはずね」

「離れたい奴は離れていけばいい」

「隊長としての資質を疑うわね。でもこれだけは覚えておくといい」艶やかな漆黒のショートカットとシャープなエッジを持つ輪郭は、対峙する者に緊張感を与える。何より、氷のように冷たいそのまなざしの行方を、誰も見定めることはできなかった。「あなたがこれ以上まだ愚かな行為を繰り返すというのならば、こちらもいつまでも黙って見ているわけにはいかない」

「ぶっ殺す、か? いいよ、好きにしてくれりゃ」

「いい気にならないで。あなた一人どうこうするくらいたやすいことなのよ」

「陵太郎を見殺しにしたように、だよな」

「……」

「エスにはすべてわかっていたはずだ。俺達には下りてこないような情報も最初から全部。あいつを殺したのはおまえ達だ。俺は絶対におまえらを許さない。絶対にだ」

「メガルを敵に回すことになっても?」

「はなから味方だなんて思っちゃいねえよ。メガルは俺からすべて奪っていった。おまえらと同じだ。俺はメガルもおまえらも許さない」

 桔平があさみを睨みつける。その鋭い眼光に、パーフェクト・コールドと比喩されたあさみの心がわずかに退いた。

「……そう。どうとってもらってもかまわない。あなたには心から失望しました。もっと賢い選択ができる人だと思っていたのに」

「賢くなくて結構だ。消えろよ。二度とそのツラを見たくない」

「お互い様ね」

 二人は別々の方角に歩き始めた。

 決して振り返ることもなく。





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