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第一話       《日常》

招かれないのに来た客は、帰る時にいちばん歓迎される―― シェイクスピア

「……何だこれは」


 八峠先生の様子はまるで、耐えきれず溜息を漏らしてしまったかのようだった。負の感情に口というダムが決壊してしまった、とでも言いそうな面相というか、何というか。

 

 一二月四日、学生大好き期末テストも過程を無事に終え、結果の返却と言う悪夢の余波に皆が一喜一憂し出す頃、僕は日課係の仕事であるクラス日誌を担任に提出すべく職員室を訪れていた。


 実は《係りの責務》を果たすのは、昨日に続けて二度目なのだけれど。

 

 というのも昨日は、放課後に担任がクラスに戻る事を期待して待ち伏せていたのだが、徘徊大好き警備員さんと微笑ましい会話を「早く帰れ馬鹿ちんが!」という風に交わしたのだが、結局お目当ての獲物は現れなかった。大人の巣窟、職員室までわざわざ追いかけて提出するのも憚られた、というか単純にすっげー嫌だったのでクラスの教卓に置いて帰ったのだ。というか放置だけど。


 すると、今朝のHRで、職務放棄という、学生にはまた縁遠い四字熟語を突きつけられ、罰として今日も仕事をやらされる羽目に。


 僕としては昨日で十分《係りの責務》を果たしたつもりなのに。


 だけど、そういうわけにはいかなかったようで、世間は厳しいなー。


 だからもうこんな目に遭うまいと勇気を振り絞って、職員室に足を踏み入れたのだった。


 ここももっと生徒が親しみを持てるような工夫を施せばいいのに。


 例えば自動販売機みたいに室外にある、ナンバーが割り振られたボタンを押せば、それに該当する教師が出てくるとか。そうすれば部屋に入る必要はあらへんで(勝利の発想にテンションが上がり、変な口調に)。


 まあ、先生方となるべく接点を持ちたくないから、そんな風な改革をされてもここを訪れたいとは思わないんですけどね(なら書くなや)。


 閑話休題。


 そういうわけで、決死の覚悟を胸に、生徒の墓場なる職員室に突入。びくびくきょろきょろしながら椅子に腰かけ机仕事に勤しむ担任を見つけ、ご指摘通り本人に提出。


 完璧です。非の打ちどころはありませんでした。そうここまでは良かったのです。


 日誌を開き、内容を上下左右に検分する先生の目が突然不自然に止まり、《お》溜息を《お》吐きに《お》なりました。


 な、何か、気に障る事でも……? と、内心どころか体中がびくびくの嵐です。ところで『おなりました』って何だかまるで……いえ、なんでもありません。


「……何だこれは」


 頭痛のせいか、額に手を当てた姿勢のまま先生は固まります。そのまま死後硬直してほしいものです。


 女教師に放課後、居残りを命じられるなんて、とっても感激です! なーんてマニアックに思ったりしません。早く帰りたい、冗談抜きで。


 それにしても、先生のこの反応………。


 あれっ、何かおかしなこと書いたっけ? いや欄の注文通りに書いたつもりだけれど………。


 正直に吐露するならこの反応は、とても白々しいものであることをはっきりと言わなければならないでしょう。こうなる事は分かっておりましたとも、ええ、ええ。


「え、えっと、あのー……」


 覚悟を決めて声をかけてみます。既に叱咤を受ける心構えは出来ていましたから。


 すると「………ああ」と意識を戻したのか、日誌をこちらに手渡してくる。それに「何か?」と僕は視線だけで問いかけます。


「………おい、伝達事項の欄、今一度、自分の口で読み返してみろ」


「はあ………」


 我ながら気の抜けた生返事でした。


 受け取り次第日誌を開く。では、不肖ながらわたくし、読ませて貰いましょう。


「でぇんたっつじこぉー!」


「次ふざけたら仕事増やすからな」


「伝達事項」


「よしいいぞ、その調子だ」


「『伝達事項 

 今日の教諭の講義ついてお伝えしたい情報が二、三あります。

 それは何かというと、寝ている生徒が八人程、携帯電話やゲーム、本塁で遊んでいたのが一五人程、適当に受けているのか、放心状態な生徒が五人ほど、真面目に抗議を受けているのが一〇人程でした。

 信用しても構わないと思います。

 何故なら僕自身、講義そっちのけで皆の様子を観察していましたから(笑)

 説得力はあると思います、なんてたって先生の授業一つも聞いていない程生徒ウオッチングしていましたから(生徒ウオッチング同好会を作りたいです)。

 あ、休憩時間にクラスメートの話に耳を傾けていたところ、●●さんはサボりのようです。どうやら朝帰りがどうたらこうたら、と。

 ※尚、プライバシー保護の為、個人名は秘匿しております』と、これで宜しいですよね?」


「良いわけないだろう、なんだこれは。ケンカ売ってんのか」


 八峠先生は感情を露わに、日誌を僕の手元から強引に奪い取る。美人なだけにこういう風に怒気が表情に現れると、素直に迫力がある。


「というかサボリは藤岡の事だな。伏字をしても、今日の欠席者は一人だけなんだから、誰だか分かるだろうが………」


 それにしても、顔が整っている人って男女に関わらず、笑顔の時以外は本当に冷たそうに見えるよなーって、日頃感じていた事が、先生の様相により芋づる式に想起された。


「喧嘩だなんて、とんでもない。僕なりの善意です、気遣いです」


「そんな気遣いいらんわ。教師ショックを受ける……。よけいなお世話だ、全く。それに、これはわたしの知ってる善意とは違う」


 これは悪意だ。


 とんとん、問題の日誌で頭をはたかれます。寝不足が引き起こした眩暈のせいで結構効きます。


「はあ………」と、苦笑いが滲む頬をかく。叩くのやめろって、おい。


 それにしても悲しいかな、僕なりの優しさを分かってもらえないなんて。


 別に横暴に仕事を増やされた事や「自分の責務を全うしないのは大物か、あるいは馬鹿のどちらかです」と日誌に消せない赤ペンで書かれた事に対し、腹を立てているわけじゃー、ありませんよ?


「とりあえずだ」


 わざとらしい咳払いが響く。本人としては渋くしたつもりだろうけど、如何せんひらがなで「こほん」という感じだったので可愛らしい。駄目だ、本人真面目なんだから笑うな。


「こんなふざけたもの、受理するわけにはいかん」


 八峠先生は日誌をひらひら振る。その仕草は拒絶の意志しかないことを否応なしに感じさせられるものでした。


 だからといってここで引き下がるわけにはいきません。だって、だってここで負けちゃったら絶対面倒事増やされるに決まってるじゃないですか!


 悲痛の叫びを無駄にしない為にここは、打って出ます。


「折角助言したのに、先生の為を思っ――」


「黙れ」


 ギロリと睨まれる。怖い、これが大人の魅力ってやつか。


 反撃の狼煙はあえなく吹き飛ばされ、撃沈しました。『げっきちーん☆』と言い換えると可愛いとか、そんなふざけていられない状況……冗談で心を支えている状態です。


 それでも被害を最小限に抑えるに越したことはないでしょう。


 敢えて自ら申し出る事で、そこで仕事を終わらます。奉仕の犬と呼ばれても構わない。


 ここからは床に這いつくばるくらいに下手に出ます。もうイモリとかヤモリとかを見習うレベルで。いやあいつらが張りついているのは壁だっけ?


「わっ、分かりました! 書き直して、きます………」


 しょんぼりと肩が落ちそうな声音を意図的につくり、手を伸ばす。


 すると。


 ひらと、流暢に躱される。


 あれ、と。


 再度同様に試すもいなされる。


 ひょいひょいひょいと三度それを繰り返すも駄目でした。


 怪訝に思い見上げてみると、先生は、とても眩しいお天道様のような笑顔を浮かべていらっしゃいました。


 ありゃ、お美しや、とか思いません。嫌な予感に体が震えるだけです。


「一週間だ」


「………」


 沈黙。


 もう……、その言葉だけで彼女が何を言わんとしているか、分かります。

 

 八峠検定があれば三級に合格できる程です。ついでに八峠検定は漢検五級で出題される四字熟語です(冗談)。


「一週間、日課当番の仕事延長な」


 嫌な予感は当たり前ですが見事的中しました。占い師の血を引き継ぐ僕にとってこれくらいの予見は朝飯前です………当たり前ですが冗談です。両親共々ただの公務員。


 『一週間、携帯没収な』だったなら楽でしたでしょうに。連絡する相手なんて家族くらいのものだし。


 こうなってしまえば、諦めた方が賢明でしょう。


「さてと」


 先生は改めて、僕に日誌を渡してくる。自然、溜息が自動操作で排出されます。

 

 こういう時の対処法を僕は知っていました。


 それは、


「分かったな」


「………はい」


 逆らわないことでした、ぐすっ。

 

それはそうと、今回の話は筆者の実体験だったりして、まあ冗談かもしれないですけどね、というのがまた冗談である可能性も否めません。


まあ、半分冗談です。

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