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第秘話       《オワリのハジマリ》

道徳は常に古着である―― 芥川 龍之介

 ???傷



 目を擦らしても、頬を抓ろうとも、目の前に堂々といらっしゃるのは紛ごうことなき死体だった。


 その姿はあまりにも日常から乖離しており、時計を睨み付け、急ぎの用に足を任せていた僕ですら有無を言わさず、嫌でも釘づける程、謎にみちみちていた。


「ううっ………」


 まるで顎の筋肉が弛緩したように、流れ出る呻き声を止められない。


 人が廊下で倒れていた。


 それだけで僕の脳幹は惑乱に揺れる揺れる。


 生憎、学校の床にうつ伏せで寝転がることが日常的である人間にとっては理解しがたいことかもしれないが、その光景は眼に映るものすべてを《異変》で独占する程に、視界をその《異変》一色で塗りたくる程に、自分の常識からかけ離れた《異変》なものだった。


 語彙が足りないとか、文が重複してるとかそういうことじゃない。頭の中では疑問符が列をなしておしかけているのだ、正常な思考をめぐらすにはまだ時間が足りない。


 目の前の、カウチポテトのポテト抜きな死体は、我が校の女子制服を着ている、ということは女装癖がない限りは女生徒なのだろう。


 一番平和なのがこの人が、超のつくドジっ娘で階段の前で転げて気を失ってしまった、という結末なのだろうけれど。


 呆然とかかしのように無様な姿勢を取ること数秒、混乱し、後程欠片としても記憶に残らないような益体も途方もない思索に走る。が、すぐに落ち着き払って深呼吸。それを皮切りに、田舎町溢れる新鮮な酸素が脳内に行きわたる頃には冷静さを取り戻していた。


 落ち着け。


 そもそも目の前の死体(仮)は不可解ではあるが、床に臥しているだけだ。それだけで死体(確)と判ずるにはあまりにも早計だろう。


 だって、ただ倒れているだけなのだ。


 別に体から包丁を生やしているわけでも、真っ赤なケチャップを飛び散らしているわけでも、飼い犬のように首に縄がかけられているわけでもない。


 歩いて通過する事を目的とされている廊下で人が横になっているだけだ、少しおかしいだけだ。


 目の前で伏して、ぴくりとも動かない人物はきっと、リノリウムの床に顔とか体をこすりつける趣味がおありな、その………とっても素敵な方に違いない。


 或いはリノリウムの床に恋心を抱き、微動だにせず、無我夢中で唇を押し付けてるのかもしれない(これをフロアハラスメントと言います ※冗談です)。


 はたまたリノリウムの床に用があるのではなく、宗教的な理由で聖地に向かって間違えた五体投地をしているのかもしれない、主に空に向かって(ラピュータ?)。


 主にこの三つが挙げられるはず(おかしい)。邪魔しない方が良さそうだ。


 と言いつつも勿論そういうわけにも、いきません。不慮の横転や、突発的に気絶した可能性もあるでしょうから(本来ならこちらが筆頭候補でした)一応確認してみましょう。  


 んっと……。あーこれ、気絶してるだけじゃん。何だ、心配しちゃったよ。あーびっくりした。


 その言葉をもってバラエティ番組のドッキリ風味香る冗談で、底抜けに明るくおどける予定でした。


 だけど死んでいた。


 実際に死んでいた。


 肩を軽くゆすることで気付けを為そうとしたその時、図らずも首に手が触れ、その異常なまでの体温の低さを否応なしに認知させられたのだ。それはとても、僕が知ってる人間の体温ではなかった。


 まるで無機物に触れたかのような、命がないものに触れたかのような、そんな感触だった。


 思わず膝から崩れそうになる。


 冗談だけど。


 本当のところは、そうはならなかった。


 階段の出口、階上フロアの入り口で見つけたその遺体は、床を向いているため顔は確認できないけれど、恐らく知った顔ではあるんだろうなあ。そう感慨深げに思った。流石に顔を拝む程の勇気はない。


 とはいえ。


 正直なところ、驚愕だった。眼下に横たわる死に身には勿論、それを前に多少、無感動でいられる自分に。きっと、今僕は、何の色も味もない無表情なんだろうな。そう自覚できるほどに冷めていた。いや、この場合冷え切っているのは死体か。


「はあ………」


 僕は溜息を漏らすと、重い腰を持ち上げ、立ち上がる。次いで膝の砂利や埃を手で払う。


 こういう時、僕は誰よりも一番大きな悲鳴をあげて場を乱す奴だと思っていただけに、予想外に平静でいられる自分に、がっかりだ。


「これで、」


 ……五人目か。


 死体以外に誰もいないので自然、その言葉は独白となる。


 別に僕だっていつも通う学校の廊下で、不審な体勢の人物がいたら「し、死んでる……!(火サスドラマのBGMがバックに)」と不用意に疑ってしまうような、誇大妄想な奴じゃない。


 死体に遭遇した今日まで、日常的なスクールライフを送っていたならばそんな考えには到底至らなかっただろう。仮にそうであったならば、大袈裟でなく本当に悲鳴を上げていたかもしれない。少なくとも今のように、落ち着き払っていられなかったはずだ。


 ただここ最近の学校では度々、隠さない宝探し感覚で、生徒が他殺死体で次々と発見されている。悲宝というか悲報というか。不可解な連続殺人事件が起きているのだ。未だ犯人も動機も不明なままで。


 そんな思案に暮れていると、少しずつ事態の深刻さが自然と把握される。死体という事実の重大さに遅まきながらやっと頭が追い付いてきたのだ。


 混乱、冷静と順序を経て今は《恐怖》《苦悩》の感情が襲ってくる。


 もし、今ここで誰かと鉢合わせた時、この状況を説明できるだろうか、まさか人殺しの疑いをかけられるのでは。いや、もしかすると心臓の発作とか事故でお亡くなりになった可能性もある。それに調べてもらえれば僕に人殺しをかなえる道具や準備がないのは分かるはずだ。多、分……。


 だとすれば、誰が殺したのか。待てよ、もしこの現場近くにまだ犯人が後始末の最中で、この様子を見られていたら、僕が次のターゲットにされるのでは……? もしかしたら僕が気づいてないだけで犯人に不利な証拠があって、口止めされるかもしれない。い、いやそんなことはないだろう、流石にもうとんずらをきめているはずだ。そう願いたい。


 問題が次々と浮上してくるが、すぐに半端な推測で、逃げるかのごとく性急に、曖昧なまま解消を図る。その態度、対応にはどこか焦りが滲み出ている事は自覚せねばなるまい。


 全然平静じゃなかった。蓼食う苦虫を噛み潰すも好き好きという気分だ(※意味は不明)。


 明るく振舞おうとしても無駄だった。


「………」


 帰ろう。


 死体は死体。


 死んだ肢体だから死体。


 僕には、どうすることもできやしない。何もしてやれない。


 仮に何かあるとすれば犯人を見つけてあげることなんだろうけど。


 だけど、僕は無関心に静かに階段を降りる。勿論死体がその対応に不平を垂れることなどない。死人に口なんてないなのだから。


 足を退路へと踏み出すと、予期せずくらっと、軽い立ちくらみに見舞われ、思わず声が漏れてしまった。壁に手をつく。


 眩暈がする……それに軽く嘔気も……。


 一応、死体発見のヒーローインタビューの時の為にクールなキャラを演じてみたが、予想外の出来事に思いのほか、心労は密かに溜まっているらしい、それも未だ、現在進行形のようだ。


 一段一段重々しく、学校指定の上靴で踏みしめるように階下に、地面に近づいていく。


 踊り場に足をかけたところでそれに気付く。


 あ、そういえば、何か急用があったんじゃー、なかったっけ。それも結構大切な。


 少し立ち止まりて省みるも要件が思い浮かばない。うーん、まあいいか。僕は手すりに手を添えて階段を降りていく。


 忘れてしまったところを見ると、死体発見よりも優先する事案じゃなかったのは確かなのだろう。


途中物語の進行上、ミステリー小説のような話運びにはなりますが、ただ事件は学園生活の中で、後半から、本幹としてお送りすることになるだけで、原則には推理小説ではないです。

学園ものです、多分。

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