俺が暴力女のストカになった理由 夢バク番外
幼い頃から、花蓮の背中だけを追いかけてきたんだ。
「蘭丸くん、エライわねー。花蓮ちゃんの荷物まで持ってあげてるの?」
「ち、違ぇよ!ジャンケンで負けたから、持たされてるだけで…」
「蘭丸くんてば、本当に花蓮ちゃんのことが大好きなのねー」
「だ、誰がっ!あんな最強ブス!好きなわけ……っでぇっ!」
手にした水筒の角で、俺の頭を問答無用と殴りつけてきた花蓮に、俺は涙目になりながら訴える。
「何しやがるっ!この暴力女っ!」
「誰が最強ブスよっ!」
「ブスにブスって言って何が悪りいんだよっ!ドブスっ!」
「何ですってぇぇ!!」
再び凶器を持ち構え、鬼婆の形相で襲いかかってくる花蓮から、死に物狂いで逃げ回る。
「止めなさいっ!二人とも、危ないでしょうがっ!!」
先生の剣幕に怖気づいて足を止めてしまった俺の首根っこを捕まえた花蓮が、凶器を再度振り上げる。
「いっでぇぇぇぇぇぇぇえ!!」
手加減を知らない7歳児の振るう水筒は、俺の頭に巨大なたんこぶを残した。
「罰として、二人はおやつ没収です!」
小学校に入って初めての行事。
一日かけての春の遠足中に、危険な足場の上で追いかけっこを繰り広げた俺たちに言い渡されたのは、あまりにも過酷な罰だった。
「どうしてくれんだよっ!俺のビックリカメンチョコ!」
「知らないわよっ!あんたのせいでしょ!私の甘い棒!!」
睨み合う俺たちの間を縫うように、駄菓子を口に頬張ったクラスメイト達が呑気に通り過ぎていく。
「お前ら、それ半分よこせっ!」
「蘭丸!?おい、返せよっ!」
「いいだろ、減るもんじゃねーし!」
「減るわ!」
男子の集団と合流を果たした俺を、遠くから花蓮が視ているのが分かる。
――あいつだって、友達から貰うだろ。
いい気味だと、単純に思った。
「さぁて、昼だ、昼飯っ!」
当番の「いただきます」の号令を横耳で聴きながら、俺は大人の握り拳よりでかいおにぎりにかぶりつく。
「蘭丸のおにぎりって何入ってんだ?」
「んー?塩」
「塩かよ!」
どっと笑いが起こる。
「おかずも無いのか?」
「俺の父ちゃん、料理出来ねーからな」
別に構わねーけど。なぜって俺は、おにぎりが一番好きだから。
「僕の、卵焼き食べる?」
「俺のウィンナーやるよ!2個入ってるから」
「俺の…」
「僕の…」
何だかよく分からないが、皆の同情票を集めてしまったらしく、俺の前にはあっという間におかずの山脈が連なった。
「サンキュー」
何だか得した気になって、飯を平らげていく俺の背を、誰かが叩きにやってくる。
「蘭丸くん、花蓮ちゃん見てない?」
担任の先生だった。
ヒューヒュー、と周りに冷やかされる。
「み、見てねーよ!」
冷やかした奴を端から殴りつけながら、俺が言うと、先生はそれならいいの、と笑って踵を返していった。
――花蓮って、あれだろ?女子からはぶられてる奴
――性格悪いんだろ
――可愛いからじゃね?
――女子って怖ぇえー
背中から聴こえてきた会話に、思わず手が止まる。
振り返ると、ニヤニヤ笑う嫌悪感しか相手に与える気の無い眼と、目が合った。
「何だよ、蘭丸」
「違うだろ、こいつは金魚の糞。花蓮のウンコやろーだ!」
ビキィ
我慢の臨海域を吹き飛ばしてくれた野郎共に向かって、俺は辺りの弁当箱を蹴り飛ばし、獣のように猛然と飛びかかった。
「それでやられたってわけ?格好悪うー」
「っせーなぁっ!」
昼飯を済ませ、何処からともなく戻って来た花蓮が、泥だらけになった俺を見て呆れたように言う。
「お前こそ、何処行ってたんだよっ!さては、あれだろ。皆に見つかんねーように、一人寂しく隠れて食べてたんだろー!」
「ぅるさいっ!あんたには、関係無いでしょっ!!」
見れば花蓮の瞳からは大粒の涙が、今まさに零れかけようとしている。
や、やややややべー、図星かよ!!!
「最っ低!死ね!クソ!馬鹿っ!」
ついに泣き出してしまった花蓮を、俺は呆然と見つめた。
俺は、いつだってこうなのだ。
花蓮を怒らせたり、泣かせたり、最後にはいつもこうなる。
優しくなんか出来ない。
傷付けることしか出来ない。
「泣くなよ!うっとーしー!」
俺の口から出てくるのは、いつだって反対言葉。
「ブスがもっとブスになるぞ」
「なぁんですってぇぇぇぇ」
怒らせたら、いつだって花蓮が発狂したように追いかけて来るから。
嬉しくて。
つい。
言ってしまう。
俺の天邪鬼は、きっと一生治らない。
だけど、あの時思ったんだ。
俺はお前を傷付けるしか能のないチキンだけど――だからせめて、お前が一人で隠れて弁当食ったり出来ないように、後ろからピッタリくっ付いて見ててやろうって。
誰に金魚の糞だと言われても構わない。
ストーカーと指差されても知るもんか。
たとえ、邪険にされようと。
たとえ、視線が合うたび舌打ちされようと。
全く、傷付かなくなった、俺の鋼のハートに乾杯。
「んん、お姉ちゃん……」
今日で6日目。
未だに目覚めない花蓮の病室を占拠し、俺はあどけない彼女の寝顔を傍で見つめ続けている。
我ながら、本気でストカっぽい。
寝たまんま、ずっと起きなきゃいいのに。
花蓮が一生目覚めない身体だったら、このまま俺の部屋まで持っていけるのにな。
もう思考からすでに、ストカっぽい。
寝返りを打った花蓮が、俺の方に鼻息を飛ばしてくる。
わずかな抵抗ってか?
バーカ。
本当に、馬鹿な女。
俺ほどじゃねーけど。
ずっと、見てきたから分かるんだ。
俺だから、分かるんだ。
花蓮の好きな相手は、今も昔も変わっちゃいねーって。
小3の時、突然俺たちの前に現れた男。
憎っくき俺の生涯のライバル。
――花蓮、まだ起きないのか?
――てめーにゃ関係ねーだろ!
そう言って、今日も追い返してやったが、本当は分かってる。俺の方が、きっと花蓮にとっては関係無い男なんだってことぐらい。
部外者。
グサリ。
知るか。
それでも構わねーよ。
俺以外の奴が、こいつを悲しませるところなんか死んでも見たくねーから。
だから俺は―――
唐突に、花蓮の唇が動く。
「ん…昴流ちゃ…」
ピキッ
顔面に青筋が立つ。
寝言で、名前呼んでんじゃねーよっ!
「俺が言えねーよーにしてやる!」
無駄に力んで、彼女の唇に向かって自分のそれを落としていこうとした寸前――拳がめり込んでくる。
…ミシッ
鼻骨が直滑降に折れた音が、鼻腔を駆け抜け鼓膜を震動させた。
「蘭丸の変態!最低!死ね!クソ!馬鹿!」
あれ?
こいつ、まさか俺の夢見てやがんのか?
誰に金魚の糞だと言われても構わない。
ストーカーと指差されても知るもんか。
たとえ、邪険にされようと。
たとえ、視線が合うたび舌打ちされようと。
たとえ、鼻骨を直滑降に折られても。
全く、傷付かなくなった、俺の鋼のチキンハートに今日も乾杯。
夢喰いバクの見た夢の続き、番外編です。
花蓮が眠りから目覚めない間の蘭丸視点の話です。
良い想い出話かと思ったら、んなこたない。
蘭丸が花蓮のストカになったお話です。
本編に入れようと思って書いたはいいが、あまりにもしょうもない話なので、さよなら没にしました。
読んで笑えるお話でもありませんが、過去編は書いてて楽しいので、また番外編として書けたらいいなぁ…
ビックリマンチョコ、私もよく買いあさってました。笑
うまい棒には、今でもお世話になっております。