07話 - 最初の艱難①
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
がたごと、がたごと。
山道を馬車が進む。
現在御者台にいるのは俺一人だ。
ルーナは馬車の屋根で日向ぼっこしている。
……幌馬車だというのに器用なものだ。
そして、残り一人は。
「アレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイ」
壊れた蓄音機の如く、同じ単語をリピートしていた。
昨晩のカーニバル。
結局、ローゼも露出過剰なかっこで引っ張り出されたのだ。
……。
ローゼの外見はかなりの美少女である。
艶やかに輝く真紅の髪に、青玉のような群青の瞳、そして雪のような白い肌。
体も豊満ではないが、貧相でもない、調和の取れた美しさ。
正直、滅多にお目にかかれない、絶景の美少女だ。
そんな少女が、胸と下腹部のみを隠した露出過剰な格好で踊ったのだから、沸く沸く。
道中、何度もサービスを求めるコールが叫ばれ、同時にストリップさせられそうになったのだ。勿論、流石にそれらからは庇ってやったけど。
ともあれ、外見が外見であったため、途中で抜けることも許されず(まぁ、俺も逃がさなかったのだが)結局の所最後の最後まで引っ張りまわされ、挙句、打ち上げで酒を一気させられて倒れたのだ。
貴族の令嬢にあるまじき行為の数々である。
……。
でもって、寝て一晩経って冷静になってみると。
「アレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイアレハワタシジャナイ」
陰鬱という言葉が成分MAXの声音である。
背後をそっと見ると。
「……こいつは極まってるなぁ」
毛布で包まり、今なおひたすらに同じ単語をリピートしていた。
……。
実に、哀れ極まる光景であった。
何度か馬を休ませつつ、山道を進む。
……さて、どうしたものか。
昨晩のローゼの話、ガリアーナで仕入れた情報。
この二つから導き出される答えは……。
「…………俺がここでローゼを見捨てたら、お前は怒るんだろうな、……ソフィア」
今は居ない自分の妻に想いを馳せる。
おっとりとした女性であり、俺が生涯でただ一人、自分から「愛している」と言った相手だ。
あの時のことを思い出すと、今でも顔から火が吹き出る思いである。
ともあれ。
「ソフィア、孤独に震えていた俺の魂はお前に救い上げてもらった。なら、今自由を求めて足掻いている魂を救おうと思う。そうしたらお前は、喜んでくれるだろうか」
……。
…………愚問、だな。
恐らく、喜んでくれるだろう。
ソフィアはそういう人だった。
困っている人がいたら見捨てられない、他人のために自らを厭わない善人。
「どこまで出来るかは分からないけど、俺もお前の真似をしてみるよ」
最後に口元に微笑を浮かべると、決心した。
後僅かで太陽が天頂に到達する、そんな時間である。
「そろそろ昼飯にするか」
リグルで購入しておいたバスケットを取り出す。
中に収められていたのは、様々なサンドイッチだった。
ハム玉サンドを齧りながら、茶をカップに注ぎ配る。
因みに俺はハム玉サンド、ローゼはBLTサンド、そしてルーナは……。
「やはり肉は豚か牛かのう」
「………………そうかい」
干し肉を丸齧りしていた。
自分の頭ほどありそうな肉の塊をガツガツと……。
「我が君よ、水が欲しい」
「おらよ」
「助かる。塩胡椒が利いているのか、無駄に咽が渇く。やはり、生肉かのう」
……お前が貪っている干し肉は最高級品だよ、チクショウ!
俺の晩酌の御供が腹ペコ犬の腹に消えていく光景を前に、思わず涙が流れそうになった。
「ところで我が君よ、一つ聞きたいことがある」
「お?」
「我が君は行商ということだが、普段は何を扱っているのだ?」
「ふむ。まさか人間以外からその質問が来るとはな」
「我が君よ、貴方は我をどういう風に見ているのだ、まったく」
「スマン、スマン」
いじけそうになるルーナの頭をぐりぐりと撫でながら説明する。
「普段は反物や衣類、それと食料品を扱っているよ。暁帝国の裁縫技術や毛織技術は他国と比べて著しく発展しているからな。暁帝国から反物や衣類を外に、そして帰るときにその地の特産品や小麦、香辛料などを帝国に持ち込んでいるんだ」
「……武器類や禁制品などは扱っていないのか?」
「………………狼のくせに人の世に詳しいな」
苦笑を滲ませつつ言う。
「同じ商人仲間の何人かは扱っているな、麻薬や火薬、毒薬や塩、それに人身など、な」
塩や火薬は各国によって販売を規制されている禁制品だ。麻薬や毒薬、それに人身にいたっては扱っただけで首が飛ぶ代物である。
しかし、禁じられていても需要があるところにはあるのだ。
特に人身。
若い娘などは需要がない土地を探すほうが困難である。
むしろ、最近は何人奴隷をはべらせるかで競っている貴族もいると聞く。
尤も。
「嫁の方針でね、俺はそういった裏側には手を出さないことにしているんだ」
食後はやはり茶に限る。
熱い紅茶に砂糖を入れて啜る。
お茶は高級品であり、砂糖もまた高級品なのだが、食後の一服は俺の大好きな時間だ。
こんな時ぐらいはいいだろう。
「ふう、ふう」
ルーナがお茶に息を吹きかけ冷ましている。
……犬の親戚の癖に猫舌かよ。
笑いながらカップを傾ける。
「……」
頬を通り過ぎる風が気持ちいい。
空は雲一つない晴天。
隣には美味しそうに茶を飲む、童女。
正に、平和そのものである。
……こんな毎日が続いてほしい物だ。
願う。
しかし。
「――我が君」
「気づいているよ」
「そうか。ならば、よい」
やり取りはそれだけだった。
因みにローゼは終始虚ろな目で黙り込んでいた、南無。
がたごと、がたごと。
馬車が山道を進む。
ローゼはあいも変わらずに馬車の奥で虚ろに言葉を呟いている。
でもって俺は御者台でルーナと言葉を交わしていた。
「気配の隠し方が若干甘いな、これでは自らの存在を教えているのと変わらないぜ」
「うむ。だが、賊の類ではなさそうだな。賊にしては動きに統制がありすぎるのう」
「やれやれ、決心した直後にこれか。たまらんね」
「どうかしたのか?」
「いんや、俺も苦労性だな、とね」
俺の足の間に座り首を傾げる月神狼の頭を撫でながら、苦笑する。
「だが、好んで負った苦労だ。途中では投げ出さないよ。頼りにしている、ルーナ」
「任せよ、我が君」
生粋の狩人は深く嗤った。
◆◆◆【???】◆◆◆
男達はプロだった。
公言できないような職業ではあるが、その道に携わり幾年月。
自らと自らの属する組織が行ってきた仕事は既に数えるのも億劫な程。
依頼主は商人から貴族、そしてマフィアなど様々である。
そして今日も、いつもどおりに淡々と仕事を行う。
目的は一人の少女。他の者は消していいといわれている。
巻き込まれた行商とその娘らしき人物には多少の同情を覚える。
だが。
それだけだった。
男達のリーダーらしき人物がさった手を上げる。
すると、それに付き従っていた覆面の男達は短剣を片手に腰を落とす。
今晩は月も出ない新月。
闇は男達の領分であり、格好の仕事場だった。
男達も緊張しているが、油断はしていない。
この仕事は生と死が隣り合う闇の生業。
油断は即死に繋がる。そして、男達はその事を長年の経験から深く理解していた。
リーダーは上げていた手に力を込め、それを振り下ろそうとした。
……。
瞬間だった。
「なるほど、職業的人攫いかよ。しかも、依頼主は…………、へぇ」
男達は振り向きざまに短剣を投げた。
声のした方向に向かって。
誰何の声を発するなど、無駄なことはしない。
目撃者は殺すだけである。
しかし。
「おおう、危ないな! 当たったらどうするつもりだよ、ったく」
声の主は、平然としていた。
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