表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/34

06話 - トラウマ生産

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

「あ゛ー……、眠みぃ……」

 思わず口を大にして欠伸を上げてしまう。

 それでも手馴れた動作を繰り返す。

 本日の朝食は芋と肉のスープ、それに串パンだ。


「「「頂きます」」」

 三者三様の声をあげ、朝食を口に放り込む。

 因みにローゼとルーナの髪がしっとりしていたりするのだが、それは俺をたたき起こし朝風呂を用意させたからだ。

 原因はローゼが風呂を非常に気に入ってしまったためである。

 ……はぁ、鬱。

 ともあれ。

 口の中のパンをスープで流し込み、言う。

「一応、今日の夜には衛星都市リグルに到着する。そこで一泊し準備を整えてからラグネに向かう。一応山越えだからな、準備もしっかりしないと」

 チラリとパンをがっついている幼女に目を向ける。

「まぁ、番犬がいるから賊や獣に関しては心配していないが……」

「うむ。任せよ」

「アッシュ様。ルーナちゃんは犬じゃありませんよ」

 ローゼが軽く注意してくる。

「ああ。確かに……」

 ……犬じゃなくて、狼でしたな。

「? 我が君よ、何やら渋い物を齧ったような顔になっておるぞ」

 誰のせいだ、誰の!




 馬車がゆっくりと進む。

 今は山際を進んでいるため、周囲は岩肌だらけだ。

 番犬は馬車の奥で寝ている。

 腹が一杯になった途端に眠いと宣言して、寝てしまったのだ。

 なんとも犬みたいな奴である。

 対して、ローゼは俺の横に座り、周囲を見渡していた。


「殺風景な場所ですね」

「まぁな、ここは元々が貧相な土地だし、結構前だけどここで山火事もあったぽいしな」

「よく知ってますね」

「…………まぁ、商売柄な」

「そうだ! アッシュ様は皇国以外の場所にも行ったことがあるんですよね?」

「ああ」

「どんなところに行ったんですか?」

「……そうだな」

 僅かに沈黙し、思考をまとめる。

「暁帝国、ハルモニア教国、エディルエイド共和国の三大強国は当然として、それ以外には南方諸島連合、ジルバニル、エンデラ王国、紅河連邦、ゼーダス、イスラ、ソレイユ大公国、フリジオ王国、グルジア同盟体、神州八重洲国。ああ、後はここ、イシュタリア皇国もだ。それに港町だけだが、隣の暗黒大陸にも足を伸ばしたな」

 ……いい思い出だ。

 ふと、隣で常に笑っていたおっとりとした女性のことを思い出し、少しだけ黄昏そうになる。

「すごい! その若さでいろんなところに行ってるんですね」

「ははは。そんなに感心することでもないさ。人は自由なんだ、行こうと思えばいつでも行けるさ」

 隣の少女の頭をぐりぐりと撫でる。

「大切なのは自ら動こうとする意志、そして時には自らの手を引っ張ってくれる仲間だ」

「……」

「…………ああ、そういう意味では俺は、恵まれていたな」

 何時になく穏やかな笑顔で思い出を語った。


「基本は暁帝国で暮らしているんだよ。他はギルドの仕事や旅行でな」

「……」

「俺の嫁さんが、旅行好きでね。暇さえあればいろんなとこに行きたがってなぁ。一箇所に留まっていた期間で一番長く滞在していた時でも三ヶ月。後の殆どは放浪生活さ」

「結婚してたんですか!?」

「……………………そこに反応するの?」

「で、でも、アッシュ様のような危ない方と生涯を共にする剛のお方なんて想像が出来ません。どんな神様ですか、そのお方は!?」

 ……こやつ、絞め殺してもいいだろうか?

「ああ、ごほんっ。…………今は大地に還ったよ」

「え? あ! あ、その、…………ごめんなさい」

「気にすんな」

 俯いてしまった少女の頭を優しく撫でた。

「俺も嫁さんも幸せだった。それだけは言える。だから気にすることでもないさ」




「……羨ましいです」

「お?」

「自由に生きているアッシュ様がです」

「……ふむ」

「私なんて、所詮は籠の中の鳥」

 口からもれ出た言葉には深い苦悩と自嘲に満ちていた。

「誰かの助けがなければ生きて行けない、哀れな存在」

「……」

「…………アッシュ様、少し私の話を聞いていただけませんか?」

 無言で頷いた。


「母が亡くなりました。つい先日です。母は貴族の出身であり、長子ではないとして、ある貴人の方のところに奉公に上がっていたんです。でも、その貴人の方と想いを通じ、そして私が生まれました。しかし、貴人の方には既に奥方がいたんです」

 俺は無言のままに先を促す。

「母と私の存在は内緒でした。貴人の方も必死に隠していたんです。そして、頃合を見て、その方が母と私を皇国の片隅に匿ってくれたんです、奥方様の手から守るために」

 ……なるほど、妾腹の子か。恐らくは後継者争いを避けるためだな。

 それに。

 ……暗殺からも、か。

 貴族の奥方というのは貴族の女性にとって誇るべきステータスであり、守るべき砦だ。そしてなにより貴族という人種は基本的にプライドが高いことが多い。邪魔な人間の暗殺などは日常茶飯事だろう。

「貴人の方――お父様は優しい方でした。私を愛してくれましたし、辛い人生を歩むことになるであろう私達のためにと、ご自分の精霊を渡してくれもしました」

 ……精霊継承か。ということはお父上は上位貴族……。

 基本、皇国十二貴族は神殿で神官長の元、継承式を行う。それがなく、密かに継承できたということは上位貴族ではあるが、そこまでは位は高くないのだろう。

「ですが、つい先日母が倒れ、お父様も病に伏せました。結果として、お父様の奥方様が一族の手綱を握ったんです。そして、そこで母と私の存在がばれました」

 ……うわぁ。

「さらに悪いことに、お父様の精霊が既に他者に、私に継承されていたことがばれたんです。当然奥方様が怒り狂いまして……」

 上位貴族において、当主の持つ精霊はその一族の象徴でもある。

 それが、妾腹の子に、それも密かに継承されていたのでは、怒り狂うのも当然だろう。

「……つい先日、首都より召喚状が届きました。書状には……」

 これでも元という字がつくが、皇国の貴族の出である。その先の言葉はいわなくても分かる。恐らくは生涯を通して飼い殺し、そして子供を作るための機械扱いだろう。

 基本、精霊の継承は自らの子、自らの血筋にしか行えない。

 ならば、継承された精霊を取り戻すには自らの血筋と子供を作らせて、その者に精霊を継承させるのが一番早い。

「……召喚に応じなければ、お父様の安全は保証しない、と」

 ……自分の夫を人質にとは、極まっているな。

 あまりにも痛ましいローゼの表情に言葉がかけられない。


「…………自由に生きたい」

 ローゼの口から渇望の言葉が零れた。

「自由に生きて、世界を見たい。世界の全てに私という人間が生きている証を残したい」


「――!」


 その言葉は俺の心の大切な場所を大きく揺さぶった。






 ……。






「おおお! もしかして、今日は祭?」

「ええ。本日は秋の収穫祭ですよ」

 リグルで宿を取り、下の食堂で飯を食っていたときだ。

「市の中央ではカーニバルもあるんですよ、是非とも御一見を♪」

 俺の問いにそう答えたのは、この宿の自称・看板娘だ。

 …………………………………………………………………………………………娘?

 正直、どう見ても二十代半……。

「あららぁ、手がすべりましたわぁ♪」

 ヒュカンッ!

 目の前、机に置いてある料理と俺との間にある僅かな机の端に巨大な包丁が突き刺さる。

「お客様、何かご不満でもぉ?」

「めめめめめめ、滅相もございません! お美しいお嬢さん!!」

「あらあら、やだわぁ! 美少女なんて、口が上手いんだからお客さん!」

「はは、はははは」

 口から極めて乾いた笑いが漏れる。

 背を大量の脂汗が流れているが、気にしない方向で。


「まぁ、屋台や見世物も有りますから、お暇でしたら行ってみたらいいんじゃないでしょうかぁ?」




 ◆◆◆【ローゼ・ダリア】◆◆◆



 アッシュ様が早々に消えた。


 本人曰く、祭が俺を呼んでるぜ! だそうである。

 探そうとも、この人ごみでは探すに探せない。

 元旦の浅草寺も真っ青である。よく分からないが、そんな気がした。

 ともあれ困り果てていたのだが、そこで。

「手伝おう、娘。何、我は人より鼻が利く、直ぐに見つかるだろうさ」

 と言ったルーナちゃんに手伝ってもらっているのだ。


「ルーナちゃん、これ」

「おお! 世話になるのう、娘」

 手渡した串肉を美味そうに頬張る。

「むぐむぐっ。おお、中々にいけるではないか。っとと、あちらだ」

「あちらは中央広場の方ですね」

「うむ、この方向から我が君のにおいがする」

「向こうは、確かカーニバルをやっていたはずですが……」

 はてな、と首を傾げる。

「まぁ、行ってみればいいではないか」

「確かに、そうですね」

「よい。では行くぞ」

「はい」

 ……。

 結論から言うと、アッシュ様はいた。確かに、いた。


 ……。

「ぶるあああああああああああああああああああああああっ!」

 顔に紅い塗料で模様を描き、男は腰蓑一丁に松明、女は下穿きに胸当て、そして背に虹色の巨大な羽根飾り。

 軽快な音楽のリズムに合わせて、露出過多な男女の群れが踊り巡っている。

「うばあああああああああああああああああああああああっ!」

 女は腰を振り、胸を見せつけて艶やかに踊り、男は両手の松明をくるくる回しながらアクロバットに踊っている。

「ふむ、どうやら異国の踊りのようだな」

「そ、そうですか」

 ルーナちゃんの冷静な呟きに、反射で応えるが頭は真っ白だ。

 ……世に、このような珍事があろうとは。

「ぶらあああああああああああああああああああああああっ!」

 夜の街に異色の踊り子が練り歩く。


 中には。

「おお、もろだしではないか」

「え! あ、あ、あ!」

 腰蓑が落ちてしまい、パニックになったり。

「おおう、大胆だな」

「え/// や/// ええええ!?」

 胸当てを外し、色気たっぷりのサービスをする女。

 皆が祭の熱に浮かされながらも盛大に楽しんでいた。


 そして、そんな中。

「うぼあああああああああああああああああああああああっ!」

 ふと、ここ数日で聞きなれた声が聞こえ、顔が盛大に引き攣る。

 ……まさか。

「おおう。居たぞ、あそこだ。我が君だ」

「…………………………………………………………………………………………アッシュ様」

 異色の踊り子の中に見知った顔が一つ。

 やはり、腰蓑一つで両手に松明をくるくる回している。

 途中、空中回転やジャグリングを披露しながら、町娘たちに愛想笑いを浮かべている。

 一旦目を閉じて、こめかみを揉む。

 ため息を一つつき、再度目を開ける。

 しかし。

「ぶらあああああああああああああああああああああああっ!」

 途中途中意味不明な声を上げながらも、やはり雇ったはずの傭兵が踊り狂っていた。




 ……。

「アッシュ様、いったい何をしているんですか!」

 カーニバルの小休止中である。

「何って? 見て分からん?」

「うむ、踊っておるな」

 件の青年の背に引っ付いた銀髪少女があっさりと答える、が。

「そ、そうじゃなくて、ですね。なぜ、こんな催しに参加しているのか、というこです!」

「おおう。そういうことか」

 アッシュ様は、うんうんと頷くとあっさりと言った。

「ノリだ!」

 は?

「いやぁ、酒場で知り合った踊り子の姉ちゃんたちに誘われてな、面白そうだから参加してみた」

「……」

 どうしよう、私の常識が崩れていく。


 ところが、件の傭兵はさらに巨大な爆弾を投げつけてきた。

「お! そうだ、ローゼお前も参加しろよ!」

 は?

「いやいやいやいや! アッシュ様、何を言っているんですか!?」

 参加するって、この下着みたいなかっこを? しかも街中を練り歩けと?

 正直、黒の下着なんて次元じゃないですよ!?

「男は誰でもいいけどなぁ、女はスタイル良くて若くないと参加できないんだぜ」

「そ、そうじゃなくてですね! ちょっとアッシュ様、聞いてますか!?」

 しかし。

 うけけけけ、と怪しく笑うと。

「問答無用! 若気の至り! 何より俺が見たい!」

 目が笑っていない。何より、吐息に微量のお酒の臭いが!

「堪忍してください!」

 振り返り、全力の猛烈ダッシュをする、が。

「ルーナよ、剥け」

「承った、我が君よ」

 あっさりと捕獲されてしまう。



「え! え!? ちょ、ま、あ、あ、あ。……あああああああああああああああ!」



「踊り子のみなさーん、連れの娘が参加しますよー!」



「いやああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」



「はい。じゃあこれをここにつけて、これを穿かせて。……あら、生えてないのな」



「ひーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!」






 この日、生涯消えぬトラウマが刻み込まれた。

ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


連続更新の疲れが……。


そろそろ、更新期間を空けても……

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ