04話 - 夢幻の王
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「おお、いて!」
きしむ体を捻り、柔軟体操を行う。
いくら殺気が無くて反応に遅れたとはいえ、俺の防御を貫通したのだ。
見事なものである。
「あたたた」
完全に自業自得わけなのだが、そこはそれ。
反省という思考はなかった。微塵も。
夕日が照らす中、馬車がゆっくりと街道を進む。
目指すはイシュタリア皇国首都ラグネである。
先程の一撃を思い出す。
「精霊使いだったのか」
「はい、一応皇国の民ですから」
……まぁ、常識だな。
口元に苦笑を浮かべる。
「俺の障壁が抜かれるとは、見事なもんだ」
本心である。
と。
「障壁? 魔導術ということは、アッシュ様はハルモニア教国の方ですか?」
「いんや、違うよ。魔導術は縁あって知り合いに手ほどきを受けたんだ」
「え? でも、魔導術はハルモニアの固有技術のはずじゃ……」
……よく知っていらっしゃる。
「まぁな。だから一応、外法魔導師に当たるのかね、俺は。他の奴には内緒だぜ♪」
ローゼの言うとおり、魔導術はハルモニア教国のみの固有技術だ。
特に法で国外流出を厳しく禁じているし、修得したりするのにも資格や身分、莫大な金額が必要となる。簡単に修得できる物でもない。
ましてや、魔導術を身に着けた者が国外に赴く場合は、厳選極まる審査が必要となる。
……。
……まぁ、それでも人である以上、法の網を逃れる者達がいる。
そして、それら国家に属さない魔導師を総じて、外法魔導師、というのだ。
「私、魔導師なんて始めて見ましたよ」
「そうかい」
笑いながら、ローゼの頬をつつく。
「ま、そんな便利な物でもないけどな」
「そうなんですか? 手から炎や雷を出したり出来るのは凄いと思いますよ」
「外から見れば確かに便利だろうよ、でも意外に準備から発動までは苦労するんだぜ」
正直、精霊の力を借りたほうが十倍便利だ。
……ま、別に説明することでもないがな。
「……ああ。でも、旅をするのには便利ではあるな。手から火を出せば火打石や火種が要らないし、水を召喚できれば飲み水に困らない、風を操れば遠くの事や天気が分かる、怪我や病気をしても即座に対応できる。俺みたいな流れの民には、あって損はない技術だな」
事実、魔導術を修得してから随分と生活が便利になったものだ。
「ま、物は使いようだな」
言ってて思わず苦笑が浮かんできた。
「ちなみに、そちらの精霊は? 風の系統でもないみたいだったし」
「えと、その……な……」
「な?」
「な、内緒、です///」
……あらら。
頭の中で魔導式を組み上げる。
「はい、完成」
――起動・実行。
ボコンッ!
盛大な音を立てて地面が陥没し、深さ一メートル程の半球状の窪みが出来る。
表面に圧縮をかけたので、まるで硝子のように滑らかだ。
……次いでっと。
「えーと、確か、ここを書き換えて…………。はい、完成」
――召喚・実行。
ザンッ。
窪みの中が透明な水で満たされる。
……これで、最後っと。
「炎熱系の魔導式は、ここをこうして、ここを、こう。……はい、上がり」
――集束・実行。
ぶわっ!
窪みの水が急速に温められて、湯気を上げ始めた。
「すごい!」
「ああ。野宿で風呂に入るのは、贅沢の極みだからな」
……まったくだ。
「魔導術ってこんなことも出来るんですね!」
「まぁな。ここらへんの応用力は流石に魔導術ならではだからな」
「確かに。精霊の力でこれを再現するなら複数人は必要になりますね」
ローゼが感歎する。
「んじゃまぁ、レディファーストだ。お先にどうぞ」
「いいんですか?」
「ああ、かまわないよ。俺はその間に飯の用意をしているから」
ついでに結界も張っておいたぜ、と付け加える。
ローゼは少々悩んだような仕草をするが。
「では、失礼します♪」
いい声といい笑顔を残して俺の背を押して、その場から追い出してしまった。
何時の時代、何時の国でも女性は綺麗好きと相場が決まっているのだ。
しかも、久しぶりの体を清める機会。
ローゼの心中は実に、うきうきだろう。
「ごゆっくり~!」
「ありがとうございまーす!」
背後でローゼの感謝の声が聞こえた。
……やれやれ。
んじゃ、まぁ、飯の用でもしますか…………。
……。
……。
……。
……NA・N・TE・NA☆
頭の中で複雑な魔導式を組み上げる。
そして、それは瞬く間に完成した。
「いっちょ、あがり!」
――遠視・実行。
俺が起動した魔導術は、軍用に開発された偵察用の遠距離監視用の魔導術。
そして、それが起動した結果。
「うひょひょひょひょ♪」
俺の目の前には白い裸体が映し出された。
美少女の裸体を肴に酒盛りでも始めようとした瞬間だった。
「っ!」
広範囲にわたって展開していた対侵入者用の結界に引っ掛かったものがある。
――それも。
「……おいおい、まじかよ」
馬車の御者台に置いてあった機巧式銃剣を手に取る。
弾倉に装填用弾薬が装填されているのを確認し、ぼやく。
「……ローゼから追加の料金でも分取るかねぇ」
――この世ならざる者、即ち人外の気配だった。
高位の結界で馬車を含めた、辺り一体を隠蔽する。
「……後は」
脚に力を込め、猛烈な速度で結界が反応する場所に向かって駆け出した。
周囲を暗緑色の木々が流れていく。
既に右手の機巧式銃剣の安全装置は外している。
即座に戦闘に突入してもなんの問題もない。
高速で疾走しながら疑問の声を上げた。
「一体、何者……」
そして、そのセリフを言い切る前に目の前から何が飛んできた。
その何かは空間を歪ませ、進路上にある木々大地を抉りながら飛来する。
衝撃波!? いや、魔力砲か?
経験からその何かの正体を推理する。
ともあれ。
「ちっ!」
九十度に近い角度で自らの進路を横にずらす。
信じられないほどの付加が肉体に加わるが、それを無視。
……冗談だろう。
結界の反応を信じるなら、相手は2㎞以上の距離から此方を正確に狙撃してきたのだ。
「……」
――遠視・実行。
つい先程も使用した、遠距離監視の魔導術を起動する。
かくして、俺の視界に映りこんだのは。
……。
「……………………………………ローゼ、後で追加料金の徴収決定な」
白銀に輝く巨狼だった。
「……月神狼とは、随分とした大物だな」
飛んでくる不可視の弾丸を交わしつつ、距離を詰めていく。
月神狼は高位の幻想種であり、世界有数の力を持つ存在だ。本来はこんなところには絶対にいない化け物である。
その身に秘めた魔力と存在は神々に匹敵するものであり、その身を傷つけるとしたら同格以上の神格武装か神呪に準ずるものか匹敵する術が必要になってくる。
ともあれ。
「シッ!」
左右緩急を利用した、移動術で距離を半分まで殺す。
本来月神狼は秘境といわれるような森の奥深くに住み、人里に出てくることはない。
その性質も穏やかなものであり、森の中で迷った子供を人里に送り届けたり、飢え死にしそうになった旅人に食べ物を分け与えたりと、慈悲深くもある。
だが、彼方に存在する巨狼からは燃え上がるような闘志を感じた。
残り、1㎞弱。
「……フッ」
大地を蹴り、ともすれば瞬間移動とも言える速度で間合いを詰めた。
『縮地法一式・飛燕脚』、暁帝国で習得した歩法の一つ。
大地を蹴ったその半瞬後、ようやく巨狼の前に辿り着いた。
一切の曇りがない、純粋な蒼銀。
夜空に浮かぶ月の光を反射して、ともすれば黄金色にも輝いている。
「まずは、いきなり攻撃した理由を教えてもらいたいもんだな」
機巧式銃剣を正眼に構え、問うた。
(……戦を)
すると、月神狼の思念が俺に届いた。
(戦を望む。我が望みは、ただ命を掛けた戦のみ)
「……」
(自らに匹敵する者との戦を。同族は皆、弱かった)
「…………」
(貴公からは我と同じく強者の気配がする。我と戦え、人間)
「………………」
つまりは戦闘狂の月神狼さんってことで、OK?
「あー……、戦わないと、駄目? 絶対に?」
(……)
ゴッ!
煙のようにその巨体が消えたかと思うと、瞬間真横から強烈な一撃が飛んできた。
「……」
上体を倒してその一撃をかわすと。
「…………手加減はしないぜ?」
(望むところよ、人間)
高速で剣を振るった。
月神狼の種族が持つ固有能力は、世界にすら干渉する程の強力無比な幻術である。
その幻はあまりにも強力であり、死を錯覚させただけで相手を死に至らしめ、炎を投影するだけで無機物が燃え上がる程である。
だが。
「シッ!」
背後から迫った鋭爪での一撃を流す。
……幻術以前に、総合的に強すぎだな、こいつは。
思わず苦笑しか出ない。
全体的に能力が高ければ、特化した能力などは必要ない、とは誰の言葉であったか。
「ハッ!」
超高速で剣を振るうが、掠りもしない。
相対している月神狼は幻術以前に、その力と速さ、その他諸々の能力が異常ともいえる高さを誇っていた。
超々高速での戦闘。
武法術で肉体と五感を活性化させ、魔導術で肉体をさらに強化する。
強化術の二重掛け。
結果として、こちらも常識外れの反応速度と力を得ている、だが。
「シッ!」
何度目かのチャンスに剣を振るうが、やはり掠りもしない。
もはや、ぐうの音も出ない気分である。
とはいえ。
……仕込みは上々。
まともにやっても勝てないのはわかっていた。
故に、僅かばかりの小細工を仕込んだのだ。
チャンスは直ぐに来た。
「そこだ!」
――起動・拘束。
月神狼の爪を交わしざま、地面に描き込んでおいた術を発動する。
月神狼を中心として魔法陣が浮かび上がり、青白く光る鎖が巨狼の体を厳重に拘束した。
簡易的に組んだ術ゆえに長持ちはしない。
だが、僅かでもその動きが止まれば上々!
「ハァアッ!!」
巨狼の心臓に向けて、剣先を突き出した。
ドシュッ!
肉を突き破る、鈍く生々しい音が響き渡る。
「………………………………………………………。………馬鹿な」
結論から言えば、鋭い爪が俺の腹を背後から突き破っていた。
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