28話 - 忘年の想い
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
感想については土日あたりに返します、ごめんなさい
……それにしても疲れる orz
キスを受けたリミエラ姫の体が、アッシュ様同様に淡く輝いた。
アッシュ様を覆っていた光が少しずつリミエラ姫に移動していき。
やがて。
「けほっ、けほっ」
と小さいながらも咳を発し、呼吸を再開した。
と、間をおかずに白衣を着た救護兵がかけてくる。
それにアッシュ様が、説明する。
「とりあえず、生命力を譲渡しておいた。ついでに体内の気も活性化させておいたから明日になれば起きて歩けるようにもなる」
「た、助かります!」
救護兵がそれに最上位の感謝を態度で示す。
それをアッシュ様が手で制しながら、続きの言葉を紡ぐ。
「後は任せていいな?」
「はっ!」
アッシュ様に敬礼を返した救護兵がそのまま担架でリミエラ姫を運んでいった。
「……よかった」
一息つく、だが。
「良くもあるまい」
「え?」
私の呟きにルーナちゃんが冷たく応じた。
一瞬意味が理解できなかったが、その意味をすぐさま理解した。
眼下の闘技場。その中心にある舞台の上で、アッシュ様が崩れ落ちたのだ。
「自らの生命を譲り渡すということは、逆に言えば自らの命を失うのと同義。無事なわけがあるまいに」
ルーナちゃんの呟きを受けて、ようやく理解した。
先程ルーナちゃんが呟いた「人がいい」という意味に。
と、アッシュ様が叫び声を上げた。
「ルーナ! 後、任せる!」
その言葉を最後に、全身の力が抜けたかのように闘技場の大地に突っ伏した。
アッシュ様が倒れ付したのを見て救護兵が駆け寄る、が。
轟ッ!
峻烈な斬撃が奔り、大地を深く抉り取った。
「なっ!」
ルーナちゃんだった。
ルーナちゃんが一瞬でアッシュ様の下に移動すると、その一閃で兵達を下がらせたのだ。
「悪いのう、我等は個人に信を置いている者はおるが、この国自体には信を置いていないのだ。故に、この国の世話にはならぬよ」
ルーナちゃんが片目を瞑りながら、嘯く。
だが、その言葉はどこまでも明確な拒絶。
我らはこの国の世話にはならない、と。
「それに我が君は、我に全てを任せるといった。ならば、この場は我が司らせて貰おう」
それだけ言うと、アッシュ様の体を抱きかかえる。
「娘! 今一時の別れだ! また会おうぞ」
にやりと笑う。それはいつもの笑いであった。
次の瞬間、ルーナちゃんとアッシュ様の姿は消えていた。
会場が大きくざわめいている。
本来ならこの後、個人戦優勝者の表彰を行うのだが、その優勝者本人がいないのだ。どうにもなるわけがない。
準優勝に位置するリミエラ姫は病院送り。
まぁ、なんとも最後は格好のつかない武闘祭になってしまった。
「まさか、あいつが氷精白鶴を継承しているとはなぁ。しかも……」
伯母様が呟き、チラリとガート卿を見る。
そういえば宰相様は、アッシュ様の素顔をみて取り乱していた。
まるで悪夢が現実となり襲ってきたかのように。
ふと視線をずらせばガート卿の横で、フィーリア姫も顔を強張らせて、青ざめていた。
「? お父様、アッシュ様のお顔がどうかなさったのですか?」
首をかしげ問うが、お父様は口を濁す。
次いで伯母様を見るが、伯母様も何やらばつの悪い顔をしていた。
「? ? ?」
どうにも理解できない。
それに黙して視線を逸らしているのはお父様や伯母様だけではない。
この場にいる十二貴族の関係者全てが、目を逸らしていた。
……どういうことでしょうか?
どうにも理解できずに首を傾げていると、私の疑問に答える声があった。
「あのアッシュ・グレイという者の本名はアシュレイ・ガート。三年前に皇国を追放されたガート家の長男です」
「「「「「「っっ!」」」」」」
貴族の関係者がいっせいに振り返る。
振り返った先にいたのは、柔らかそうな空色の髪をした女性。
ふと首を傾げるが、直ぐに思い出す。
たしか、一度だけ挨拶をした事がある。
名前は確か……。
「リルカ。リルカ・フォン・コーラルです、殿下」
そうだ。
確か、コーラル家の次期当主であり、皇国十二精霊の一体、水精霊姫の契約者。
「こうしてお言葉を交わすのは二度目になりますね」
「…………は、はい……」
リルカと名乗った女性はスカートの両端をつまみ、完璧な淑女の礼をした。
柔らかそうな空色の髪に同色の瞳。
女性にしては高い背と、どこまでも豊満な胸。
凡そ女性としては完璧と評してもいいだろう。
と、それより先程の言葉が気になった。
「あの、皇国を追放されたというのは? それにアシュレイ、と」
「その通りで御座います、殿下。あの者、アシュレイ・ガートは精霊契約に失敗したとして皇国から追放されたのです」
と、今度はここでさらに別の人間から言葉が飛んでくる。
「私に息子などいない。私の元にいるのはフィーリア一人だ。口を慎みなさい」
宰相様――ガート卿――だった。
時間が経って落ち着いたのだろう、先程の狼狽振りがまるで嘘のようだ。
だが、その表情はまるで能面のように固い。
しかし、リルカ姫は一呼吸の後に言葉を続ける。
「いいえ、今だけは譲れません」
ガート卿に抗うようにリルカ姫が声を荒げる。
その瞳は僅かに潤んでいるようにも見えた。
「三年前のあの日、アシュレイを守ってやれなかったこと、今でも後悔しています。なぜ、あの時私はもっと勇気を出さなかったのかと」
……リルカ姫?
私の見た限りリルカ姫はここまで我の強い人間には見なかった気がする。
だが、今の彼女はまるで決死の覚悟を決めたみたいに凛としてガート卿に食い下がっている。
……どういうことでしょうか?
「六年前も、私はアシュレイを助けてやれなかった。私はアシュレイの――」
「そこまでよ、ルカ」
リルカ姫の叫びを遮るかのよう、その咽元に光の剣が突きつけられた。
光精大鷲。
ガート家に継承される皇国十二精霊の一体。
陽光と正義を司る大精霊であり、同時に皇国の誇る四翼の一。
そして、それの現契約者は。
「私に兄弟はいないわ。お父様じゃないけど、少し口を慎みなさい」
フィーリア・フォン・ガート。ガート家の次期当主。
「貴方はコーラル家の次期当主であり、そしてソラの婚約者。もう少しで結婚するのだし、傷を付けたくはないわ」
それに、と続ける。
「貴方の水精霊姫では私の光精大鷲には叶わないわ、怪我をしたくないなら静かにしていなさい」
辺り一帯に嫌な沈黙が漂う。
……確かに。
光精大鷲は十二精霊で特に強いとされる四体、四翼の内の一体。
対して水精霊姫は十二精霊中最弱の個体だ。
少なくとも抗って勝てる相手ではない。
だが、リルカ姫は覚悟を決めたかのように言葉を続けた。
「フィー、今回だけは貴方に脅されてもやめないわ。おそらくこれが最後のチャンス、私は絶対に――」
光の剣が突きつけられているにも関わらず、その口からは想いの丈が綴られた言葉が紡がれる。
決死の覚悟、不退転の意思。
文字通り、これが最後の機会、とでも言いたげに。
「……しょうがないわねぇ」
そして、フィーリア姫がそれを見てため息一つ。
「…………後でソラに謝らなくちゃね」
苛立たしげに呟き、光刃を振るった。
止める暇も無かった。
恐らくは咽を抉るつもりだったのだろう。
フィーリア姫の振るった光剣は極めて正確にリルカ姫の咽を狙い、声を奪おうとした。
しかし。
カッ!
瞬間に迸った紅蓮の炎が光の剣を粉砕し、同時にリルカ姫とフィーリア姫の間に暴炎の壁を作り上げた。
「っ! ……邪魔をする気ですか?」
「勿論だとも」
フィーリア姫の憎しみすら内包した声に気軽に応じたのは――。
「伯母様!」
そう、私の叔母であり皇国軍部の長、アイオライト卿だった。
伯母様はゆっくりと歩み寄ると、リルカ姫の手を引っ張り背後に庇う。
「あいつには公人としても、そして私人としても、一生かかっても返せないほどの大きな恩があるんだ。悪いが、今回私はあいつの味方をやらせてもらうよ」
そうして、私とリルカ姫にウインクをする。
「あいつには大切な姪と、親友の娘を助けてもらったからな」
瞬間、伯母様の背に巨大な緋焔の翼が広がった。
アイオライト家に継承される大精霊。
皇国十二精霊の一、紅炎と暴力を司る大精霊、炎精紅竜。
単純な戦闘能力だけなら氷精白鶴さえも上回るとされた凶悪極まりない大精霊だ。
そして、光精大鷲と同じ皇国四翼の一体。
「くっ」
フィーリア姫が悔しそうに呻く。
やがては悔しそうにその場を早足で場を離れていった。
それを見て、伯母様が軽く褒める。
「……いい子だ」
皇国最強の騎士はおそらくアルマンディ卿だろう。
だが、皇国最強の精霊術師は何を隠そう、目の前の叔母なのだ。
実力も経験も、そしてその身が纏う風格も、フィーリア姫のそれとは比べ物にならない。
伊達に軍のトップはやっていない。
そして、フィーリア姫も彼我の実力差を悟ったからこそ、去ったのだろう。
けして勝てない、と。
「宰相殿もだ、娘息子のことはともあれ、ここで問題を起こすなら私が相手になるよ」
ひと睨み。
文官の長と武官の長の睨み合いは、しばしの沈黙の後、武官の長に軍配が上がる。
「ぐ、ぬ、…………く」
悔しそうに何度か呻き声を上げるが、やがて。
「娘が無礼をした」
そう言って、頭を下げた。
やがて、闘技大会も終了する。
国民は帰り、貴族の者達も一人、また一人と帰路に着いた。
この場に残っているのは私と伯母様、それにリルカ姫、そして意識を取り戻したバール卿だった。
お父様も残ろうかどうか悩んでいたのだが、伯母様が残ると言ったので、伯母様に任せて帰っていったのだ。
現在、伯母様がバール卿に事の次第を説明している。
まさかの氷精白鶴の登場と、そしてリミエラ姫の生命力の修復まで。
でもってその横で。
「殿下、殿下はアシュレイの住まいをご存知ですか? もし知っているなら、私に教えて下さい。どうかっ、どうかお願いです」
私はリルカ姫に縋られていた。
あの一悶着の後、伯母様が観念して全てを教えてくれたのだ。
アシュレイ・ガートの存在と過去。そしてアッシュ様とリルカ姫の関係。
アッシュ様が皇国出身だということにも驚いたが、それが歴史深いガート家とはこれまた驚きである。
だが、精霊契約の失敗と、その後の一連を聞き、アッシュ様が皇国に苦手意識と忌避の感情を持っていた理由を、ようやく理解した。
そして、此方に縋るリルカ姫に視線を向ける。
……どうしましょう?
リルカ姫に欠片も悪意が無いのは分かった。
精霊契約に失敗して皇国で鼻つまみ者にされたアッシュ様を守ろうと、貴族の中で只一人足掻いていたのが、このリルカ姫なのだ。
リルカ姫とアッシュ様の関係。
それは、婚約者。正確には、元婚約者。
アッシュ様が精霊契約に失敗するまでアッシュ様はリルカ姫の婚約者だったのだ。
「……」
本来なら教えてあげるべきなのだろう。
しかし、リルカ姫とアッシュ様のことを考えると、少し胸が痛む。
ズキリッと。
同じ女だか分かる、リルカ姫はアッシュ様のことが未だ好きなのだろう。
本来なら派閥の長であり、絶対に逆らってはいけない相手だと分かっていたのに、それでもガート卿に逆らった。
大好きだから、もう一度会いたいから。
「……」
浅く呼吸を一つ。
きっとこれは嫉妬という感情なのだろう。
アッシュ様の過去を知っていて、尚も愛情を向けているリルカ姫への。
ルーナちゃんとも、ウルちゃんとも違う、同じ人間だからこそ感じる、嫉妬。
「……」
醜い女の嫉妬。
そしてそんな自分を、少しだけ恥じた。
「今日はもう、多分無理だと思います。……私もアッシュ様の宿は知りませんから。ただ、行く方法は分かると思います」
僅かに間を空けてから続ける。
「明日、お見舞いに行こうと思うので、ご一緒にどうでしょうか?」
「……あ、はい。はいっ! はい、はい…………」
私の言葉にリルカ姫が何度も頷く。
頷き、頷き、やがて涙声へ。最後は泣き声になっていた。
「私も行こう、聞きたいことがあるしな」
「私もご一緒させてもらうわ、娘と一緒にね♪」
背後から私にそんな声をかけてきたのは伯母様とバール卿だった。
どうやら、事情の全てを話し終えたようだ。
娘の無事を知って安心したのだろうか、雷精獅子が暴走したときとは打って変わって、いたずらっ子のような明るい表情をしている。
これが本来のバール卿の表情なのだろう。
と、伯母様がリルカ姫へと視線を向ける。
「リルカ姫、今日は我が屋敷に泊まるといい。派閥のトップに正面から逆らったのだ、今のお前の立場は明るいものではないだろう。最悪、帰れば二度と会えないかもしれないぞ」
ふと、コーラル卿とその奥方様の顔が脳裏を掠める。
それは精霊至上主義の人間。
そして、同じよう脳裏に両親の顔が浮かんだのだろう。
「…………お世話に、なります」
リルカ姫が目元を赤くしながら、叔母様に頭を下げる。
それに対し伯母様が軽く笑みながら頷く。
「ああ。それがいいさ」
と、今度は此方に視線を向ける。
「ローゼ、今晩はお前も我が家に来ないか? 我が家には来たことはないのだろう?」
「……いいの、ですか?」
伯母様の誘いに思わずどもってしまう。
だが、お母様の生家を見て見たいという思いには、少なからず惹かれるものがある。
「ああ、ユスティーツアの子供の頃の思い出話とか、いろいろと聞かせてやるよ」
それがとどめだった。
僅かな逡巡の後に、目の前の女性と同色の髪を揺らしながら頭を下げた。
「えと、それじゃあ、その、お世話になります」
伯母様が小さく笑みを浮かべて応じる。
「ああ、歓迎しよう。ゆっくりしていくといい」
今更ながらに気付いたが、その笑みはどこかお母様の笑みに似ている気がした。
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最近忙しいです、そして疲れます……。
ついでに眠たいです。
はぁ、大学四年の暇人大学生時代が恋しいなぁ……。