27話 - 慈愛深き冬の再来
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
東北関東大震災の被害者や福島原発で避難した全ての人が元気でありますように。
また、少しでも皆が義援金や物資救援に勤めますように。
季節外れの雪が降る。
だが、そこに生命を拒む冷たさは存在していない。
しんしんと雪が降る。
やがて会場の真ん中。
闘技場の中心にいた男が片手をそっと上げる。
そして、小さく、されど厳かに呟いた。
「出番だ。おいで、クレイン」
瞬間、男の背後に白麗の大翼が広がった。
◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆
◇◇◇
「やべぇな」
雷精獅子の猛攻を凌ぎながらもついぞ焦りの声が漏れてしまう。
俺は出来れば拾える命は拾う主義であり、やれることはやる主義だ。
しかし、だからこそ打つ手なしの現状に焦りを感じてしまう。
ソフィアに精霊術を師事して、その教えを習得してはいたが、これは流石に想定外。
自らの精霊の暴走を押さえ込むのならまだしも、他者の精霊の暴走を押さえ込む手法など聞いていない。
「――チッ」
盛大な舌打ちを鳴らし、腕を交差することで真正面からの一撃を受け止める。
轟音。硬質な物質同士が激突するような轟音が響く。
鎧気功と雷精獅子の正面衝突。
いくら俺自身にダメージはなくともその質量差が、俺の体を吹き飛ばす。
僅かな呻きを発するが、気を取り直し空中で体勢を立て直す。
と。
ズドドドドドドドドドドドドドッ。
空中にいる俺に雷速の瞬激が、ここぞとばかりに叩き込まれた。
「っ、けへっ」
軽く咳を一回。
生憎とダメージは極めて軽微だが、人生で空中コンボという物をはじめて味わった。
……体が地面に落ちないとか、寓話や歌劇の域だろう。
しかしながら、いくら魔導術と精霊術を封じているからといえども、この俺が防戦一方になるとは、流石は禁術である。
完全に精霊が実体化しているため、幻楼も効果がない。あれは対人間専用だ。
チラリと視線を向ければ、青ざめている貴族の方々が目に入る。
というより、今ご婦人の一人が倒れたぞ?
アイオライト卿の傍にいた妙齢の美女がふらりと倒れ付したのが視認できた。
雷精獅子が実体化をしてから十分近くが経つ。
いい加減に限界だ。
そろそろ何らかの手段を講じねば、雷精獅子の体内に取り込まれた小娘の命が持たない。
――どうする?
別段、精霊術と魔導術が解禁されるのなら打つ手はある。
封印然り、滅殺然り。
流石に暴走を止める方法に心当たりは無いが、リミエラの命を救うことぐらいは出来るだろう。
ただ、皇国国民の眼前で俺の手の内を晒すのはいささか以上に気に食わない。
これが只の意地だということも理解はしているのだが、ついそんな思考が鎌首を擡げる。
「……」
ふと俺の体内で精霊が鳴く。
かつてローゼが俺の目の前で泣きじゃくっていたときと寸分変わらずに。
俺の内側でその美しい白翼を羽ばたかせ、優しげな声音で俺に語りかけてくる。
貴方が力を得たのはなんのため? と。
皇国に抱く憎しみもある、だがそれすらもその鳴き声が優しく穏やかに解かしていく。
……お前は優しすぎるなぁ。
慈愛を司る精霊は、俺の苦笑に微笑んで応じる。
私ならあの猛りを鎮めることが出来ましょう、と。
「……」
周囲に視線を巡らす。
雷精獅子の攻撃の余波で傷つき倒れた審判と、この国の兵士達。
暴走した精霊の体内に取り込まれたリミエラの行く末を案じる国民達。
「……」
そして、貴族が座る特別席に視線を投じる。
様々な視線が存在している。
心配、不安、悲哀、絶望。
皇国十二貴族の当主とその子息達。
アイオライト卿が縋る様な瞳で此方を見てくる。
「……」
再度巡らせた視線が合う。
俺と視線が合ったのは、真紅の長髪を波打たせた一人の少女。
その横には銀髪の冷めた表情の少女もいる。
僅かな逡巡。
だが、ローゼと呼ばれる少女は声を大きくして叫んだ。
「アッシュ様! どうか! どうかよろしくお願いします!」
何を、とも、誰を、とも言わない。
ただ、俺に願う。
そして俺はその言葉に苦笑しながら返した。
「そうだな、では五億zなら受けよう!」
周りの一同は唖然とするが、ローゼは笑う。
それはいつか、とある少女に吹っかけたときと全く同じセリフ。
少女は笑って、叫んだ。
「お願いします!」
「――その依頼、確かに承った!」
体内の奥深く。
幻想世界を出て、契約した精霊が住まう心の世界。
名を心象世界。
そこに俺の意識が降り立つ。
降り立った地にて、一羽の白い鶴が俺を出迎える。
行くのですね?
「ああ。俺は拾える命は拾う主義だ」
俺にじゃれ付いて来る鶴を抱きとめながら、優しく呟く。
決心したのですね。
「ああ。…………俺に、協力してくれるか?」
だが、鶴は俺の頭をカツンとつつく。
私が貴方に協力しないはずがないでしょう。
「そうだな、愚問だった」
つつかれた箇所を押さえながら苦笑する。
お前はいつも俺を、俺たちを見守ってくれていた。
そして一人になった俺の心を助けてくれていた。
絶望に沈まないように。心が孤独に枯れない様に。
鶴は、小さく頷くと慈愛に満ちた視線を巡らす。
さあ、行きましょう。
それに応じる。
「ああ、行こう」
優しい微笑。
白鶴はその大きな白翼を羽ばたかせると天を翔け上がった。
◇◇◇
慈愛深き雪が、三年の月日を経て、今一度皇国に振り注いだ。
◆◆◆【ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア】◆◆◆
沈黙、そして驚愕。その二文字が皇国を満たす。
私の眼下、会場の中央にはアッシュ様いる。
だが、あまりの驚愕に私の思考は完全に凍り付いていた。
アッシュ様の背後に顕現した精霊。
私の中にいる精霊王が教えてくれる。
あれこそが我が臣の一、氷精白鶴だ、と。
アッシュ様が精霊使いであったことに、心の底からの驚愕を覚える。
そして、その精霊がよもやの氷精白鶴であったことにも。
アッシュ様と連れ合うようになってから驚くことは多々あったが、今回は極め付けだ。
誰も動けない、まるで凍りついたかのように。
お父様も、伯母様も、そして宰相様すらも。
皇国の民全てが驚愕を突き抜けたそれに、忘我の域に叩き込まれる。
お父様は口を何度も開閉させるが言葉が出てこない。
伯母様は「馬鹿な」とそれだけ呟き黙り込んでしまった。
宰相様は、信じられない、こんなことはある筈がない、と呻く。
他の貴族の方々も似たり寄ったり。
只一人、ルーナちゃんだけが「なるほどのう」と納得したように苦笑していた。
冬雪と慈愛を司る大精霊、そして全精霊の中で唯一精霊の暴走を鎮める力をもった慈愛深き精霊。
なぜ? とも、どうして? とも思うが、それがせん無いことであることを思い出す。
だが、先程の伯母様の言葉を思い出す。
氷精白鶴の最後の継承者は皇国に名高き天才精霊使い、名をソフィアージュ・フォン・ラピス。
そして、今までの会話で度々出てきたアッシュ様の細君の呼び名。ソフィア。
ソフィアージュ姫とソフィア。
もしこの二名が同一人物であれば……。
「む?」
私の横で目していたルーナちゃん何やら呟いた。
意識を眼下に戻す。
顕現した氷精白鶴はアッシュ様に擦り寄ってじゃれていたかと思うと、次の瞬間その大翼を広げ、静かに鳴く。
それはどこか心に沁み込む様な、温かな感情を呼び起こすような、綺麗な鳴き声だった。
鈴の音。こんな表現が近いだろうか。
そして、感歎したように呟いた。
「ははっ。見事だ、我が君よ」
猛っていた雷精獅子の表情から険が消えいき、やがてはその体が光の粒子と散り、後には倒れ付したリミエラ姫が残された。
◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆
暴走を鎮めるだけじゃなく、禁術の解除までやってのけたのは流石である。
クレインは嬉しそうに俺の頬に擦り寄ってくる。
「ったく、甘えん坊め」
苦笑しながら、じゃれ付いて来るクレインを撫でる。
と。
「あれは、ちょっとばかりやばいな」
リミエラの様子を見て、少々焦る。
そのまま、クレインを連れたままリミエラに駆け寄りしゃがみ込む。
少女の状態を確認するためだ。
「おいおい。これ、………………脈が無いんだけど」
思わず呻く。
そして、その言葉通り少女の脈はなく、呼吸は止まっていた。
俺の呟きにクレインが慌てたように俺の頭をつついてくる。
「あー、わぁってるよ、見捨てるようなことはしないって」
一戦交えた身だ、リミエラの気は覚えている。
意識を集中して、少女の体内の気を探る。
「よしっ、生命力が完全に霧散していない。かなり際どいが、セーフだ」
完全に生命力が消滅していたら、それは死だ。
だが生命力が極微量でも残っているならまだ、辛うじて生きている。
「……しかし」
今回の禁術は生命力を消費するのではなく、生命力そのものを喰らって力に変える禁術。
それは言うなら、水の満たされた器を生命力とするなら、器そのものを削り取るのと同じこと。
中の水、即ち生命力がただ減ったのとは訳が違う。
「……」
しかも極めつけは、俺との戦闘のダメージが体に残っていることだ。
正直、この状態ではあと一時間と持たない。
全身重態と生命力の削失。
現行の医療技術では治療不可能な状態だった。
思わず頭を抱えそうになる。
そも削られた生命力を修復する手段などある訳がない。
回復させる手段は少なからずある。
だが、修復する手段など……………………。
……。
……。
……。
「……………………あ」
……あった。
突如、天啓のように脳裏に掠める秘奥。
削られ生命力を修復する手段。
俺はそれを持っているではないか。
「……ふむ」
クレインに視線を向け、ついでローゼ、ルーナと視線を移す。
そのまま雪が降る天を見上げて、沈黙。
……ま、乗りかかった船、か。
深い苦笑を滲ませた。
「……今回だけだぜ」
それは宣言。
「悪いな。ちょっとばかりの無作法には、目を瞑ってくれよ」
目の前で倒れ付した少女に詫び、自らの仮面に手をかけ、それを放り捨てる。
そして、自らの生命力を活性化させた。
◆◆◆【ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア】◆◆◆
「あの娘、心臓が止まっているな。ああ、息もしておらん」
冷静に呟いたのはルーナちゃんだった。
目を細め、倒れ付したリミエラ姫に視線を向けている。
「まぁ、生命力そのものを削られたのだ、むしろ肉体そのものが消滅していなかっただけでも相当な幸運というものだろうよ」
「くっ」
ルーナちゃんの言葉に悔しそうに呻いたのは伯母様。
その瞳が僅かに潤んでいた。
せっかく万が一つの奇跡で氷精白鶴が現れたというのに、結局は助からないのか。
私も心が沈む。
無力。
いっそ、呪いにも等しい絶望が身を蝕みそうになる。
と、再度ルーナちゃんが声を上げた。
「む? …………ああ、なるほど、そういうことか。……我が君も人がいい」
その声は苦笑しているようであり、同時に苛立たしげでもあった。
アッシュ様が何事か呟き、トレードマークとも言えるその仮面に手かけ、外す。
私には見慣れた顔。
ちょっとワイルドそうな悪党顔、ボサボサの黒髪がそれをさらに強調していた。
なんというか、美青年という貌とは遥かにかけ離れている。
どうあってもイケメンフェイスとは評せない、そんな顔である。
だが、仮面を捨てたアッシュ様を見て、周囲の十二貴族当主、次期当主達が一様に息を飲む。お父様も同様だった。
特にガート卿などは信じられないとばかりに、限界まで目を見開いて硬直している。
口元からは「嘘だ」「馬鹿な」「信じられん」「そんな事が」などと否定の呻きを発し続ける。まるで悪夢が現実になったかのような状態だった。
と、アッシュ様の体に変化が起きる。
それは――。
「光ってる?」
そう、アッシュ様の体が淡く光っていたのだ。
目をこするが、消えない。
「……あれは?」
「あれは、生命の輝きだ」
私の疑問にルーナちゃんが答えてくれる。
「恐らくは活性化させた生命力そのものを譲渡するのだろうよ」
「譲渡!? そんな事が出来るのですか!」
消費され失われた生命力を回復するのなら可能だと聞く。
しかし、削失した生命力を補填するために、生命力そのものを譲渡するなど聞いたことがない。
「うむ。……我とて噂に聞いた事があるのみだ。武法術の中には自らの生命力を他の者に分け与える秘技がある、とな。元々武法術自体が自らの生命力を力とする業だからのう」
そこで一旦言葉を切り、やがて驚き半分面白半分で呟いた。
「……だが、実在していたとはのう」
と、ルーナちゃんが唐突に呟く。
「……ああ、無作法とはこのことか。なるほどな」
「へ?」
だが、次の瞬間、アッシュ様がリミエラ姫に口付けをしたのだ。
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この話自体は本来ならもっと早く投稿する予定でした。
ただ、社会人生活の厳しさとB型インフルの洗礼を受けました。
咽が痛くて死に掛けた、ついでに体中に蕁麻疹も出た orz
……泣きたい。
ともあれ、更新期間が長くなるのは確実です。
申し訳ないです、ハイ。