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25話 - VS 騎士リミエラ

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。


忙しい……。

「勝者、アッシュ・グレイ!」


 会場が大きくざわめいている。

 それは皆の目の前で、近衛騎士団の長たるアルマンディ卿が敗れたからだ。

 観客や貴族、この国に住まう殆どの人は今大会の決勝戦はアルマンディ卿とボクだと考えていた。

 事実、アルマンディ卿は皇国最強と評しても間違いのない程の実力者。

 正真正銘、軍部の英雄である。

 契約精霊である金匠鍛精(クレイヌ)も皇国十二精霊に匹敵しかねない力を持った大精霊だ。

 凡そ生身一つで勝てるような相手ではない。

 しかし、仮面の傭兵はその常識をあっさりと打ち破った。

 ボク自身もかのアッシュ・グレイとは戦いたいとは思っていたが、その本人がよもや決勝にコマを進めるとは想像の埒外だった。




 ボクとイザーク、それにアッシュ・グレイとアルマンディ卿の試合が午前中に行われ、一休みしてから午後一番に決勝戦が行われる。


 今は鎧を脱ぎ、体をゆっくりと休めている最中だ。

 凡そ下着と呼ばれるインナー類以外の一切を外し、ゆっくりと横になっているのだ。

 周囲ではバール家付の侍女たちが体を揉み解してくれたり、疲労回復に効果のある飲物を用意してくれたりとしている。

「……ふう、極楽だなーー……」

 うつ伏せになりながらゆっくりとまどろむ。

 次の決勝戦は恐らく激戦になるだろう。

 ボクの限界の限界、それこそ秘技や奥の手と呼ばれるような技も惜しみなく使うつもりでいる。

 狙うは優勝、そして仮面の傭兵の首。

 イザークほどではないが、殿下があの男にしか心を開いていないのは少し癪である。

 ……。


「……しかし」

 チラリと自分の体を見下ろす。具体的には女性の象徴といわれる脂肪の塊。

「……むう」

 同じ女性であるフィーリア姫やリルカ姫の過去を思い出す。

 具体的には私と同じ歳の頃を……。

 彼女達は中々に立派な物を持っていた。

 特にリルカ姫のそれなどはもはやスイカ……。

 それに対し、ボクはブラすら必要のないほど貧相な……。

「………………なぜ」

 心の中で納得できない何かが湧きあがってくる。

 それはもう後から後から、後から後から、と。

 これが幼少の頃から武芸に打ち込んできた結果だというのなら、死ぬほど泣きたくなる。

 そっと手を体と床の間にもぐりこませ、触る。

 しかしそこには柔らかさなど微塵もない。

 あったのは鍛えに鍛え上げられた大胸筋の感触。

 触った感触はモニュッ、ではなくグッ。

 ……。

 不覚にも視界が涙で滲んだ。






 髪を結い上げ、鎧を着込み、双剣ともう一本の剣を腰の後に括りつける。

 結い上げた髪に括りつけた鈴のアクセサリーは真珠で作られた護符(タリスマン)。そして鎧自体は最上位の特殊鉱で作られた特注品。そして、今回は奥の手として宝剣『獅子皇の心臓(レグルス・ハート)』を投入している。

 準備は万端だ。

「……」

 しかしそれでも僅かな安心も出来ない。

 仮面の男の実力は正直なところ人間離れしている。

 その機動は勿論のこと、その生身とも思えない防御力。

 そして身一つで繰り出す破壊力の数々。

 今大会を通してあの仮面の男が傷を負った事はただの一度もない。

 剣で斬られようと、爆発の熱衝撃を受けようとかすり傷一つ負っていないのだ。

 凡そ、あの男がダメージらしいダメージを受けるヴィジョンが思い浮かばない。

 しかも先程の試合の最後に見せた不可解な一撃……。

 あまりにも非現実じみていた。


「これより、第九十七回精霊武闘祭個人戦、決勝戦を開始します! 両者入場してください!」

 審判の声が響き渡り、同時に決勝戦への会場へと足を進める。

 見れば反対側からも仮面の御仁が進んできていた。

「来たね」

「おう。ま、一つお手柔らかに頼むよ」

 ボクの言葉にアッシュ・グレイが気軽に手を上げて応じる。

 黒のズボンに黒の上着、そして黒の軍靴に黒の手袋。そしてトレードマークともいえる黒の仮面。

 正に黒一色。

 自身の髪も黒色なのがそれに拍車をかけている。

「両者構え……」

 審判の声が響く。

 スラッと腰の双剣を引き抜き構える。

 右手はそのままに、しかし左手は逆手に。

 しかし。

「おおう、気合が入ってるな」

 お気楽な声を出しながら、アッシュ・グレイは構えようとはしない。

 ……そういえば前の三試合も構えらしい構えはしていなかったな。

 そんな事を思う。

 まぁ、ボクには関係ないか。

 僅かに脳裏に浮かんだ思考を破棄し、すぐさま別の思考へと切り替える。

 ……レグレグ、お願い。

 ボクの願いと同時に双剣の表面へと雷膜が展開される。

 これで準備は整った。

 そして、後は戦うのみ。


 ……。


「……………………はじめッ!」


 審判の声が響き、同時に手元に大きな衝撃が奔った。




 ◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆



「……………………はじめッ!」


 審判の声と同時に一瞬でリミエラとかいう小娘の背後に移動する。

 『縮地法二式・天翔翼』。

 俺が習得している縮地法の中で最速の移動法。そして、その様はともすれば空間転移に匹敵するモノである。唯一にして最大の難点は移動距離が極端に短い事である。

 ともあれ、一瞬で少女の背後に移動すると、すれ違いざまに双剣の刃を握り潰した。


「――シッ」

 僅かな踏み込みから、少女の背に向けて拳を打ち込む。

 具体的に言うのなら少女の肝臓に衝撃を通す打ち方で、その一撃を捻り込む。

 いくら雷精獅子といえども流石に金匠鍛精のように、鎧を強化するなどということは出来ないはず。

 これが通れば、それで俺の勝ちである。

 が。

「ま、流石に早々には勝てねえか」

 苦笑一つ、拳を寸止めし背後に跳躍した。


 少女の体から黄金の光が漏れ出ている。

 そしてそれが外殻を作るかのように体全体を覆っているのだ。

 雷の鎧、表現するならこんな感じだろう。

「……人間離れしていることは、十分に分かっていたつもりだったんだけどね」

 リミエラが強張った顔のまま呻く。

「おいおい、お兄さんは人間だよ」

 失礼なやつだ。

 ……。

 いや、まぁ、先日ルーナに同じ事を言われたような気もするが……。

 ため息一つ。

「まぁ、いいさ」

 降り立った場所で、間髪いれずにそのまま震脚。

 大地を砕き割ると、跳ね上がった瓦礫の飛礫に拳打を加え、弾丸として撃ち出した。

 ……。

 まぁ、決勝戦であることだし、一回ぐらいはアクティブに攻めてもいいだろう。


 撃ち出した飛礫の弾丸は全部で二十六。それぞれの角度やタイミングをずらし、かつ相手の回避行動まで計算して撃ちだしたのだ。

 しかも。

「くッ!」

 少女が苦悶の呻きを上げる。

 飛んだ飛礫の弾丸は、雷の鎧と実物の鎧の両方の防御を貫き少女の身を穿ったのだ。

 実は拳打で撃ち出した瞬間に、飛礫に硬気功を通しておいたのだ。

 流石に俺本体と接触していないから長くは持たないが、弾丸として使う分には十分すぎる。

 そのまま、飛礫で四肢を、より言えば脚を集中的に撃ち機動力を奪う。

 次いで。

「あーらよっと♪」

 再度の縮地法。

 しかし今度の縮地法は先の天翔翼と違い、大気に鈍い轟音を轟かせる。

 『縮地法八式・嵐蹄』。

 強大な衝撃波の嵐が少女を雷の鎧ごと噛み砕いていった。




「かはっ、はっ、ぐっ…………げほっ」

 少女が蹲りながら全身から血を流す。

 とりわけ口からは大量の血を吐き出している。

 嵐蹄の生み出す衝撃波の嵐に体の内外をズタズタに引き裂かれたのだろう。

 むしろ、意識を保っていることにびっくりである。

「とりあえず、降参しとけって。その体じゃ、もう無理だろう?」

 投了(リザイン)を勧めてみるが。

「ぐ、まだッ! ボクは、まだ、まだ戦える!」

 痙攣したかのように震える四肢を動かしゆっくりと立ち上がる。

 ……おいおい。

 これが男なら追撃の嵐蹄でも叩き込むのだが、流石にいたいけな少女相手にそんな鬼畜な所業は勘弁願いたい。

 雷の防御さえなければ首に手刀を叩き込み、それで終わりなのだが。

「さて、どうすっかねぇ……」

 困ったように頭をかきながらポツリと呟いた。




 ◆◆◆【リミエラ・フォン・バール】◆◆◆



 試合開始一分もしないうちにこの様である。


 自慢の双剣は砕かれ、用意した鎧は拉げ、全身は裂傷により血まみれである。

 四肢を動かそうにも、何故か力が入らない。

 かはっ、苦しげな息を漏らしながら再三と血を吐く。

「おいおい、動くなって」

 頭上から心配したような声が落ちてくるが。

「まだっ!」

 叫び、強引に体を動かす。

 私とて騎士の端くれ! こんな体たらくではボクを応援してくれている全ての人に申し訳ない!

「っ! はぁ!」

 血なまぐさい息を吐きながら、自らの足で立ち上がる。

 力の通らない足に無理矢理力を通し、凍りついたかのような腕を強引に動かす。

 視界は安定せず、全身は寒風に吹かれているかのように寒い。

 ともすれば今にも意識が無くなりそうである。

 だが、私は生きている。生きて立っている。

 けほっ、軽い咳と同時に口元から紅い飛沫が飛ぶ。

 けれど、立ち上がる。

「ボクは、そう簡単に負ける分けにはいかないんだ!」

 激痛に苛む腕を動かし、腰部に括りつけていた宝剣を引き抜く。

 獅子皇の心臓と名づけられた宝剣。

 バール家の持つ神宝。

 そして、精霊の力を引き出し増幅する、唯一無二の宝具。

 体内で雷精獅子――レグレグが反対の鳴き声を上げる。

 今の体では反動に耐え切れない! やめろ! と。

「レグレグ、駄目だよ。ここで頑張らないと」

 僅かに笑み、宣言する。

「さあ、アッシュ・グレイ、戦はまだまだだよ!」

 一喝。

 宝剣『獅子皇の心臓』の力を解放した。




 ◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆



 突如、リミエラの体が黄金に輝き始める。

 ……お?

 と、内心で首を傾げたのもつかの間。

 ガガガガガガガッ!

 甲高い音が連続して響き、同時に小さくない衝撃が俺の体を連続して穿った。


「……驚いた」

 ダメージらしいダメージは一切無いが、感心した様に呟く。

 見ればリミエラの全身が黄金の雷光と化していた。

「……ふむ」

 首を傾げ考察一回。

 精霊との擬似融合による、全身の完全雷化。

 答えとしては、これが正解だろう。

 しかし。

「たいしたものだな」

 精霊との心身合一は精霊術の極致の一つ。

 いくら宝具らしき術具の助けがあったとはいえ、歳若い身でその境地に至るなど、中々に出来る物ではない。

 リミエラという少女が非凡であるか、もしくは術具の力がよほど優れているか。

 どちらにしろ、たいしたものである。


「……今の一瞬で斬られた回数は凡そ三千以上」

 正確な数で言えばもっと多いだろう。

 全身が雷になるという事は、文字通り雷速で動けるということ。

 しかも雷速で動ける以上、気の流れや動きを察知して行動を先読みするという回避技が使えない。

 たとえ気を読んでみも、回避する前に攻撃されるのがおちだ。

 ギャギャギャリィンッ。

 再度衝撃が走る。今度は首筋。

 硬気功を破るほどではないが、一瞬のうちに連続して加えられる衝撃は正直鬱陶しい。

 と。

 ……おや?

 気づけば周囲の空気が微妙に重い。濁っているかのようにも感じられる。

 何というか、これは落雷が落ちる寸前のような……。

 カッ! ドォォオオオン!

 次の瞬間、一瞬の閃光と轟音が発生し、同時に天から巨大な落雷が降り注いだ。




 ◆◆◆【リミエラ・フォン・バール】◆◆◆



 大気に通り道を作ることでの、落雷の完全誘導。


 イザークの時とは違う。

 雷の一部を誘導したのではなく、落雷として本物の雷を導き落とす。

 並みの人間なら一瞬で消し炭になるほどの一撃。

 威力としては、今ひとつ戦略級に及ばないものの戦術級としては充分以上な代物である。

 精霊の力と自然の力の共演。

 ボクの持てる技の中でも最大級の威力と攻撃範囲を誇る、文字通り奥の手。

 今までの相手でこれの直撃を受けて倒れなかったものはいない。

 ……。

 ……。

 ……。

 倒れなかったものはいない。

 そう、そのはずだった。


「おおう、バチバチする。落雷の直撃とか流石に焦ったわー」

 巨大なクレーターの中央からお気楽な声が聞こえる。

 そこにはやはり、掠り傷一つ負っていない仮面の傭兵が佇んでいた。


 っ!

 殆ど反射の領域で間合いを詰めると、高速で宝剣を振るう。

 だが。

 ガキィンッ。

「当たらない!?」

 そう、振るった宝剣はまるで不可視の鎧に阻まれるかのように、男の体表面で当たることなく弾かれたのだ。

 気を取り直し、雷を編み、槍を無数に生成すると。

「奔れ!」

 それを仮面の男目掛けて撃ちだす。

 しかし。

 バシィンッ!

 軽い破裂音を立て、雷槍は当たることなく砕け散る。

 ――おかしい!

 マチルダ姉さんの風刃や水弾も体の体表で弾かれていた。

 弾かれてはいたが、その身には接触していた。

 だが、ボクの雷撃は当たることなく体表近くで弾かれている。

「――くっ!」

 理解不能な現象が焦りを生む。

 この思考はまずい、それが分かっていながら止められない。

 宝剣を握ると雷速で斬り込む。

「やああああああっ!!!!」

 無我夢中。

 そんな言葉を体現するかのようにただひたすらに仮面の男を斬りつけ続けた。




 ◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆



 鎧気功。

 これが、今回の種明しでの正体。

 硬気功が練り上げた気を全身に張り巡らせるのなら、鎧気功は練り上げた気を鎧のように纏う技。

 硬気功はあくまで肉体を強化する技だが、鎧気功はそもそも肉体を護る技。

 その根底にある思想が違う。

 全身に展開された鎧気功は熱・衝撃・電気・毒・圧力などありとあらゆる攻撃に対して高い耐性と防御力を誇る。

 昨日戦った精霊術師の水素爆鳴気を防いだのも、実はこの鎧気功である。


 ……ふむ。

 硬気功を鎧気功へと切り替え、リミエラの攻撃に耐える。

 正直、雷速で動く相手を捕らえるのは、現状不可能に等しい。

「……しかし、これはまた」

 困ったように呻き声を上げる。

 実際には先程から絶えず斬撃を浴びている最中であり、その回数は既に万単位にいっている。

 ダメージは受けないが、ある意味これはキツイ。

 ……。

 しかし、アクティブに攻めると決めた以上、やられっぱなしといのも悔しい気がする。


 ふと、自問自答する。

 なぜ精霊術を使わないのか、と。

 魔導術は確かに師への恩義を考えると使わないのは当然だ。

 だが、精霊術は自ら得た力でもある。使えば現状の打破など一瞬だ。

 そして、それを使わない道理はない。

 ……なぜ?

 僅かに思考し、やがて小さく息を吐き、笑った。

 決まっている、そんなものは――。

「皇国に弾かれた人間の意地って奴さ」


 片目を閉じると、精神を集中させた。




 ◆◆◆【リミエラ・フォン・バール】◆◆◆



 既に斬りつけた回数は万の単位の後半。

 だが、アッシュ・グレイの不可視の防御は突破できない。

 突破が出来ていない以上、傷一つ付けるのは不可能である。

 ……ボクでは勝てないのか?

 そんな弱音がついぞ脳裏を過ぎってしまう。

 攻撃を防がれたり捌かれたりするのならまだ納得も出来よう。

 しかし、そも攻撃が通らないというのはおいそれと納得できるものではない。

 なにより、雷化する以前に受けたダメージが今になって大きく響いてきている。

 精霊との心身合一。

 だが、それはある意味、外法の理。

 理の外側にある業は、時として大きな代償を支払わねばならないことがある。

 ……長くは持たない、ね。

 限界が近い。これ以上は精神が持たない。

 だが、歯を食いしばる。

 一撃。たった一撃でも通れば、希望はある。

「う、く、あああああああああああああッ!」

 決死の覚悟を持ち、雷速で宝剣の刃をその胸に突き出した。


 甲高い音がして、宝剣が不可視の護りに弾かれる。

 だが、今回の結果はそれだけではなかった。

 ドクンッ。

 胸が大きく脈打ったかと思うと。

「っっ! ……っ! っ!」

 突如、体中に激痛という激痛が奔った。

 全身の神経を引きずり出し火あぶりにし、かつその身を少しずつ毒蛇に貪られているような苦痛。

 正常な精神では到底耐えられないような地獄。

 思考が暴走し、精神に亀裂が走る。

 結果として、雷精獅子との合一が解除されてしまった。


「……。……。」

 仰向けに倒れ付し、その口からはヒュウ、ヒュウという虚ろな呼吸音が漏れる。

「同調した気を操作することで相手の生体機能を操作・破壊・阻害、果ては暴走させる幻楼の発展技な」

 霞んだ視界を動かせば、仮面の男が此方を見下ろしていた。

「元々は拷問や処刑などにも使われた使用法だぜ」

 仮面をかぶっているからその表情は想像でしかないが――。

「ま、まだまだだって事だな。要修行だぜ」

 ――恐らくは苦笑しているのだろう。

 ドクンッ。

 再度胸が大きく脈打ち。

「……あ」

 何かを喋る前に、その意識が闇に閉ざされた。


 ……。


 ……。


 ……。


 ……………………カチタイ。




 ◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆



 勝った! 第三部・完!


 ……。

 あー、ごほんっ。

 意識を失ったのを確認して、幻楼で止めていたリミエラの心臓を再活動させる。

 ……流石に殺すつもりはないしな。

 と、俺と小娘(リミエラ)の様子を観察していた審判がどこか釈然としないような素振を見せながらも、大声で宣言した。

「第九十七回精霊武闘祭個人戦優勝者! アッシュ・グレイ!」


 審判の宣言を聞き、大きく伸びをする。

 いやー、久しぶりにドキドキしたぜ。

 開会式では、どうにもテンションが乗らなかったが、蓋を開けてみれば意外にも楽しめた内容だった。

 反応装甲を持つ騎士や、雷化する騎士など早々に戦える相手でもない。

 存外にいい経験だった。

 ……人生縛りプレイってもたまにはいいもんだな。

 などと、極めてどうでもいいことをつい考えてしまう。

 まぁ、いろいろとあるが、自らの得た力で自らを疎んだ皇国の頂点に立ったのだ。

 こんなに胸のスカッとすることはない。

 ……久しぶりに酔い潰れてみるかねぇ。

 仮面の下で唇の端を上げて小さく笑う。

 馬車に積んであった秘蔵の酒を開けてもいいだろう。

 つまみ類はルーナとアイオライトの姐さんに食い尽くされたが、それでも最後まで隠し通した物が何点か残っている。

 今日ぐらいはいいだろう。

 浮かれ気分のままに理論武装を固め。

「今晩は飲むべー!」

 声高にそう宣言した。


 宣言した瞬間に、背後で黄金の爆発が起きた。






「おいおい、これは流石に無いぜ」

 口元が盛大に引き攣る。

 俺の目の前、僅かに離れた空間には一体の精霊が実体化(・・・)していた。


 目の前には黄金の毛並みの獅子がいる。

 その威圧感はまごうことない本物。

 勇壮な鬣に、竜の鱗すら引き裂いてしまいそうな爪牙。そして、何より戦を生業とするもの特有の鋭い瞳。

 雷光を纏い、実から放たれるそれは精霊の力そのもの。

 その身に天雷を纏い、地を駆け、天を翔け、ありとあらゆる戦に勝利を飾る大精霊。

 其は天雷と戦を司る大精霊、精霊王の臣、皇国十二精霊の一、雷精獅子。




 ……。

「……馬鹿が」

 先程の浮かれ気分など既に消滅している。

 そして、俺はこれを知っている。ソフィアから伝聞として聞き知っている。

 これは禁術、自らの命と引き換えに発動する禁術。

 術者自らの生命そのものを喰わせて、本来は契約の門の内側にある幻想世界と、精霊使いの内側にある心象世界にしか存在できない精霊を、現実世界で実体化する禁術中の禁術。

 以前、城で元皇妃が使った生命力を力に変える禁術とは、比べ物にならないほどの禁忌。

「……」

 周囲も騒然となっている。

 当たり前だ、精霊の実体化など早々に起きることでもないし、何より目の前で十二貴族の次期後継者が死出の旅路に足を踏み出したのだから。


 ……。

 正真正銘の困惑声で久方ぶりに呻いた。



「……ええと、マジでどうしよう」

ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


暫く更新が不定期になります、申し訳ないです、ハイ。

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