21話 - VS 騎士ハンス
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「これより第九十七回精霊武闘祭個人戦の開催を宣言します!」
コロシアムに並んだ俺たち選手一同に周囲から盛大な拍手が送られる。
現在コロシアムの舞台に並んでいるのは全部で十六人。
今回の選手一同である。
因みに俺以外の全員が精霊使いであるのだが。
……これは楽勝かなぁ。
思わず呆れ果ててしまう。
四年に一度の精霊武闘祭に出場するのは皇国でも大変名誉なことであり、推薦権を持つ貴族も自らの手元にいる中で、最も強い実力者を出すのが通例だ。
しかし、あまりのレベルの低さに思わず笑いを通り越して呆れがこみ上げてしまった。
ここに出場している選手の中には中々のレベルの者も少なからずいるが、一国を代表する戦士としてはあまりにもお粗末過ぎる者も多数いる。
正直な話、俺と相対するにはお話しにならない、と評しても良い状態だ。
おそらくは、今日この場に並んでいる者の中には金銭で推薦枠を買った者もいるだろう。
……だるっ。
テンションが急降下していく音が聞こえる。
無常にもストップ安は無いようだ。
はぁ。軽く鬱なため息を一つ。
……精々派手に引っ掻き回すとするかね。
何とも斜め前向きな決意を固めた。
精霊武闘祭は貴族推薦枠十五名、一般出場枠一名の計十六名からなるトーナメント方式である。
誰と当たるかは完全なランダムであり、また審判を務める者も完全中立を謳うアイオライト卿直下の正規軍人である。
勝敗のつき方としては、対戦者の投了か審判が続行不能と判断した場合のみ。
反則行為や禁じられた行為は特にはない。
あくまである種の実戦形式をとっている。
故、に過去を遡れば大会中や大会で負った傷が元でこの世を去った者もいる程だ。
ともあれ、後は対戦者の組み合わせの発表と実際の試合の開始だけである。
「第一試合、騎士ケーリアスVS騎士リミエラ」
並んだ選手の頭上に決まった組み合わせが発表される。
全部で十六名だから優勝までに戦う相手の数は全部で四回。
周りの皆は既に自分と戦うことになる相手の観察を始めている。
そして。
「第八試合、騎士ハンスVS一般出場枠アッシュ・グレイ」
おっ、俺だ。
見れば少し離れたところに立っていた騎士風の青年が此方を睨むような視線で見ていた。
……ほう、あいつか。
ま、精々楽しむとしよう。
僅かな間が空き、再度頭上から声が掛かる。
「では、第一試合以外の選手は退場してください」
合図に従って十六名のうち、十四名が控えの部屋に戻っていく。
舞台に残されたのは濃紺の髪をした騎士の青年と黄金の髪を頭上に結った美しい少女騎士だった。
「では、…………………………はじめッ!」
審判の開始の合図と同時に二人の騎士が疾走する。
青年騎士は長剣を少女騎士は双剣を。
ともに常人にしては中々の速度だ。おそらくはそれなりの鍛錬は積んでいるのだろう。
やがて。
ガキィンッ!
刃と刃が接触し、火花を散らした。
青年は長剣によるリーチと重量で一撃に重きを置いた戦法を、少女は速度と手数で相手を休ませないことに重きを置いた戦法を取っている。
技量的には少女が上であり、事実徐々にだが少女が押し始めた。
おそらく少女は今回の貴族推薦枠の中でもトップクラスの一人だろう。
やがて、その予想通りに時間を置かずに少女のワンサイドゲームとなる。
舞うような軽やかな体術から繰り出される縦横無尽の双剣乱舞。
威力こそ劣るものの、その手数と速度はたいしたものである。
そして。
ザシュッ。
そんな音が響き、青年の腕が双剣の刃で抉られ。
ギィンッ!
次いで流れるように放たれた一閃が青年の長剣を弾き飛ばした。
「勝負あり!」
長剣を弾き飛ばされた青年が蹲ったのを見て審判が声をあげる。
……ふうん。
恐らくは刃になんらかの仕掛けでもあるのだろう。
そしてそれが少女の攻撃力の不足を補っているのだろう。
「勝者、騎士リミエラ!」
やがて審判の声が響き、それに応じるかのように周囲の観客から大きな歓声が上がった。
「……?」
あれれ、と首を捻る。
何やら歓声の中に「リミエラ様~!」や「きゃー! 素敵―!!」「結婚してくれー!」などという何やら毛色の違う声が聞こえた。
まるでアイドル扱いである。
……はて?
と、俺が首を捻る横で。
「どうやら、バール家のリミエラ姫が勝ったようだな。流石は剣姫と名高いリミエラ姫だ」
などと呟く出場者が一名。
……。
……なるほど、バール家の次期当主か。
バールはアイオライトやクォーツ、カーリアンと並ぶ軍部の名門。
その娘が剣を持っていたとしても、別段驚くことではない。
それに眼下の少女はソフィアやローゼと違い、どちらかというなら活動的、もしくは活発という言葉が至極にあいそうな少女だ。
リミエラと呼ばれた少女は笑顔で周囲に手をふると自分の足で退場していった。
……ただまぁ、雷精獅子を見られるかもしれないのはちょっとだけ楽しみだな。
少女の体内に感じた精霊に少しだけテンションが上がった。
その後も続々と試合が消化されていく。
一応精霊武闘祭は個人戦と団体戦の二つに分かれており、団体戦の方には俺は登録していない。
メンバーを集めるのもめんどくさかったし、いざ集められなかったとなると、最悪メンバーは月守る古き獣と黒き焔の末裔の人外二匹になる。
……流石にそれはチート過ぎるしなぁ。
実際には反則や卑怯なんて可愛いものではないのだが。
ともあれ、個人戦は全部で三日間行われる。
初日に八試合、次の日に四試合。そして最後の日に準決勝、決勝の三試合。
……。
でもって、次が俺の試合になる。
……行くか。
ゆっくりと立ち上がると控え室の出口に向かった。
「第八試合、近衛騎士ハンスVS一般出場枠アッシュ・グレイ」
闘技場の中央に立つ。
「両者構え……」
騎士の青年が長剣を正眼に構える。
やがて僅かな間が空き。
「……………………はじめッ!」
審判の声が響き渡る。
同時に。
「覚悟ッ!」
ハンスと呼ばれた青年騎士が剣を構えて突進してきた。
ちなみに今回は魔導術を使用しない方針だ。
俺が外法魔導師だとばれると厄介だし、ハルモニアにいる俺の師にも迷惑が掛かる。
そして、そもそも精霊術は最初から使わない方針である。
故に、今回俺が使用するのは武法術のみ。
まぁ、それでも十分すぎるのだが。
……よっとっ。
軽いステップから上体を逸らして剣をかわす。
ルーナの爪の速度に比べれば、月と鼈どころか月と一粒の砂利である。
比べるのも失礼に値するだろう。
ともあれ。
「いよっと」
刀身の真横にそっと手を添えてその斬撃軌道をずらす。
「まだまだッ!」
懲りずに再度剣を振ってくる、が。
……ふむ。
これまた軽いステップでかわす。
その剣先は掠りもしない。
「何ィッ!」
俺の連続回避に騎士が驚愕の声を漏らす。
別段驚くことではない。
この程度のことなら目を瞑っていたって可能だ。
それに、俺に武法術を叩き込んだ師であれば回避などせずに気当たりだけで相手を戦闘不能にするぐらいは余裕だろう。
ブゥンッ。
僅かに空気が震える音が鳴り。
「覚悟ぉぉぉッ!」
いきなり剣速が跳ね上がる。
……お? 精霊術か。
恐らくは肉体強化か、もしくは熱に関する精霊だろう。
青年騎士の体から陽炎が立ち上がる。
ついでその口から白い蒸気が漏れる。
ヒュンッ。
高速から超高速へ。
ローからセカンド、サードと宛らギアチェンジを行ったかのようにいきなり加速する。
緩から急へ。突然の加速。
並みの人間であれば、その緩急に一瞬虚を突かれた事だろう。
尤も。
「……おいおい、この程度かよ」
高速の剣撃をゆったりとした動作でかわしていく。
高速の攻撃が来たからといって、最速の回避を行う必要はない。
いくら早くなろうと、それを動かすのは人体だ。
故に、最速より最適の回避があれば充分過ぎてお釣りがくる。
それに、気の流れを把握し相手の動きを先読みするのは武法術の基本。
「鬼さん此方、手の鳴る方へ、ってね♪」
宛ら暴風の如く繰り出される剣の連撃を全てかわした。
「ぐぅ!」
精霊術が発動して暫く、ハンスと呼ばれた騎士が苦悶の吐息を漏らす。
恐らくは体に使用した精霊術の反動だろう。
肉体強化というのは単純ゆえに強力で、単純ゆえに反動も大きい。
故に、肉体強化を使用する際は限界の見極めが最も重要なのだ。
だが、目の前の青年はそれが出来ていない。
いや、もしかして出来ているかもしれないが、無理をして限界以上に行使している可能性もある。
ハンスは苦痛の表情を浮かべながらも精霊術を止める気配がない。
「……馬鹿め」
猫に小判。豚に真珠。
いくら強力な精霊をつれていようと、本人が活用できていない。
これで近衛騎士というのだから、この国のレベルが知れる。
精霊使いというのは精霊の力を借り、行使する存在である。
自らが精霊の力に振り回されるとは愚者の極みだ。
「……」
またこれは精霊使い全般に言えることであるが、精霊使いは自らの精霊に頼りきる傾向がある。故に純粋な戦士としての技量が未熟な事が多いのだ。
そして、目の前の騎士も残念なことにその例に漏れなかったようである。
「……」
加速していく剣先を易々とかわしていく。
周囲からもブーイングらしき野次が飛ぶが、知らん。
と、相手方本人からも絶叫が迸った。
「くそっ! 避けてばかりで! お前は戦う気がないのか!」
「……お?」
唐突な言葉。
「お前も戦士なら逃げてばかりじゃなくてかかって来い! この臆病者!」
……ふむ。随分と安い徴発だこと。
あまりにも安い徴発に、逆に冷めてくる。
「おらぁッ!」
体を半身に動かし上段からの斬り下ろしを避ける。
そのまま斬り上げに変化しようとするが――。
「――うりゃっ」
ハンスの腕に一撃蹴りを加える。
「がっ! あっ!」
手の骨が折れたか?
鈍い音が鳴ったから間違いなく骨折だろう。
剣を落とし、腕を押さえる。
……おいおい、戦場で固まるなよ。
ため息一つ。
これだから騎士様は上品過ぎていけない。
再度ため息。
……ま、そろそろ飽きてきた頃だし、一回ぐらい付き合ってやるか。
足を止めると掌を自分へと向け、何度か指を曲げる。
つまりは挑発のジェスチャー。
「き、貴様ああああああッ!」
流石はお上品な騎士様。
もとより俺の回避にストレスが溜まっていたのだろう。
一瞬で逆上すると、片手で剣を振りかぶり叩き下ろしてきた。
……。
「……軽いな」
つまらなそうにポツリと呟く。
俺は上段から振り下ろされた剣先を人差し指の先で受け止めていた。
曰く、硬気功。
極限まで練り上げた自らの気を全身に張り巡らすことで、肉体そのものを鋼のように変化させる武法術の一つ。
そして熟練の武法術使いが使うそれは、名刀の斬撃すら防ぎ、竜の爪牙ですら傷一つつかないという。
コロシアムが静まり返る。
それはそうだろう。
精霊術の加護を受けた近衛騎士の全力の一撃を、指一本で受け止めたのだから。
「な、あ――」
「……ま、こんなもんか」
予想通りの期待はずれにため息をつきつつ、青年騎士の剣に気を流し込んだ。
すると剣全体に皹が奔り。
ピシィ、ピシピシッ。ピシピシッ。
やがて。
パリィィィンッ!
気を流し込まれた剣はその奔流に耐えられずに粉々に自壊する。
「詰みだ」
トン。
そのままゆったりとした動作でうごかした人差し指で青年騎士の額を小突く。
――指突勁。
小突いた指先から送り込んだ勁力で青年騎士の脳を揺らす。
結果として。
ドサッ。
青年騎士は白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
「勝者、アッシュ・グレイ!」
審判の声を聞き、入り口へと踵を返した。
「アッシュ様、一回戦突破おめでとうございます!」
「おうよ」
控え室に戻った俺を待っていたのはローゼの抱擁だった。
甘えたように抱きついてくる少女の頭を撫でる。
「随分と遊んでいたな、我が君よ」
此方はルーナ。
「まぁね。俺も少しぐらい遊ばないとあまりにもつまらなくてやってらんないのよ」
「まぁ、我が君の実力が人間離れしているだけだろうに」
ルーナの苦笑に、此方もまた苦笑を返す。
「ま、今日のところはこれで終わりだ。さっさと帰ろうぜ」
「うむ。反対する理由はない」
「おうよ。途中、どこかで飯でも適当に食ってくか?」
一回戦突破の打ち上げでもいい。
お酒が飲みたいお、うまー!
「良い! ならば我は新鮮な生肉を所望するぞ」
……。
ローゼと顔を見合わせて一瞬の沈黙。
「……生は駄目だろうに、生は」
「……ルーナちゃんワイルド過ぎ」
ルーナのずれた宣言に俺とローゼが突っ込んだ。
因みにどうでもいい話だが、ウルカヌスは今もおじさんの出店を手伝っていたりする。
本人曰く、武闘祭は怖いからあまり見たくない、らしい。
……やれやれ。
ともあれ後は帰るだけだ。
「んじゃ帰るか」
「うむ」「はい」
俺の言葉に、少女二人が頷いた。
……。
……のだが。
「おい、待てよ」
何やら険の篭った声が俺を呼び止めた。
振り返ると、色素の薄い砂金色の髪が麗しい青年が立っていた。
整った顔立ちの青年だ。女性百人に聞けば百人が美青年だと評する顔だろう。
……こういう奴をイケメンというのだろうな。
まぁ、俺にはどうでもいいことだが。
「……あう」
そして、なぜかローゼが俺の背に怯えたように隠れてしまった。
……?
首を捻る。
確か、開会式にも居た様な気もするが、周りを見ていなかったので定かではない。
「誰だ、お前?」
「雑魚であろう」
俺の疑問に即答したのはルーナだ。
そして、その声音には興味という感情が微塵も篭っていない。
もとより、その者の実力で善し悪しを判断している獣だ。目の前の青年を見て、言葉通りの意味で雑魚と判断したのだろう。
「ま、違いないね」
そして俺もその意見には大いに肯定だ。
「そうだ。それより、我は肉が欲しい。さっさと行くとしよう」
「反対する理由もないな」
頷き一つ。
「良い。では、行くとしよう」
「おう」
ルーナに頷き返し、踵を返した。
しかし、それを見て青年が怒りに上擦った声を出す。
「待てって言ってるだろ! この俺を無視するのか!?」
「「……」」
もちろん無視しますとも。
ああいう手合いは相手にしないに限る。
止まる気配を見せない俺達に青年がキレる。
「この俺を! カーリアン家次期当主の俺を無視するとはいい度胸じゃないか!」
……。
「ところでローゼ、お前は何かリクエストはあるか?」
「肉だ!」
「ルーナには聞いてないっていうの」
「ぬう、なんと言う不公平」
俺の背にしがみ付いていたローゼがここでようやく会話に参加する。
「ええと、私はルーナちゃんに合わせても……」
「…… ( ̄Д)=3」
「おお! 流石だ、娘! 人間が出来ておる! まこと見事!」
「……ローゼも人がいいねぇ」
苦笑いしながらローゼとルーナの頭を撫でる。
「ほんじゃまぁ、ジュリサから聞き出した美味いステーキの店にでも行くか?」
「おおう、愛しているぞ我が君!」
「はいはい」
俺の首に抱きついてきたルーナを受け止める。
そしてそれを見たローゼが柔らかく微笑した。
「ルーナちゃんって本当にワイルド」
「違いないな」
ローゼの言葉に苦笑を返す。
そのままウルとジュリサにお土産でも買ってくかと笑いながら控え室を後にした。
因みに、部屋を出て一分もしないうちに突っかかってきた青年のことなど忘却の彼方に押し流した。
◆◆◆【リミエラ・フォン・バール】◆◆◆
結局最後の最後まで無視されたイザークが顔を真っ赤に染めて怒りを堪えていた。
この国で十二貴族の次期当主をあれほど豪快に無視するとは、いっそ見事と言っていい。
「イザーク、まあ、元気だしなよ。殿下が男の人を苦手とするのはいつものことじゃない」
「――っ!」
だが、ボクの言葉もそっちのけでぞんざいな足取りで控え室を出て行った。
……ま、これは仕方ないかな。
自らが好意を寄せている相手が目の前で他の男に甘え、なのに逆に自分に対しては怯えたように隠れたのだ。
これで苛立つな、というほうが無理だ。
今頃イザークははらわたが煮えくり返っていることだろう。
もとよりプライドが山と高い、純血の貴族様だ。
しかし。
「たいした武人だな、あの仮面の御仁は」
近衛に選ばれるほどの騎士の剣を指一本で受け止めたのだ。
しかも精霊術で強化された斬撃を、だ。
さらに言うのなら、それより前の一連の回避行動・回避技術はほぼ芸術的とすら評しても文句はない。
少なくとも現在出場している選手の中では、頭一つ抜けた存在である事は間違いないだろう。
「ボクとかの御仁が当たるとしたら決勝戦になるかな? 是非とも一つやり合ってみたいな」
弾む声で、宣言する。
「陛下とアイオライト卿に認められたその実力、是非とも味わってみたいものだ」
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。