19話 - 黒焔の王
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
うまー!
何? 開口一番で何を言っているかって?
そりゃ決まっているじゃないですが、あんた。
……。
いや、わかんない?
しょうがないなぁ、説明してやろう。
目の前には、メイド服を着た見目麗しい少女が二人!
男なら叫ぶでしょ!
うまーって。
何やら、見た目が十五歳程度に変化したルーナが首を傾げる。
「ほう。これが、あの娘の着ていた衣装か。随分と見た目重視だのう」
「そりゃあんた、メイドは見た目が最重要でしょうに」
「そうなのか? まぁ、構わぬが」
頷き一つ、横でジュリサが何やら変な顔をしていたが、知らん。
ちなみに幻想種が人の姿に変化する時の姿は、自らの意思である程度変えられるらしい。
故に、ルーナに普段の姿+三歳程の姿になってもらったのだ。
「……ふむ」
ルーナが華麗にターンをして黒のスカートと銀の髪をふわりと翻す。
黒地のワンピースに白いエプロンドレス。
僅かにフリルとレースを増量しているそれは正に一輪の華のようである。
「っっっ!」
その艶やか過ぎるほど艶やかな仕草を前に、頭が湧く。
「ルーナ!」
「む? なんだ、我が君よ」
「押し倒していいか!?」
「ぬっ、む……。その、なんだ、うむ、まぁ、うむ、その、構わぬ、が///」
俺の突然の宣言にルーナの氷の美貌に朱がさす。
銀髪碧眼と雪原のような白い肌、そこが見る間に染まっていく。
「……その、な、わ、我は初めてなのだ。出来れば優しくしてくれると、嬉しいのう」
「任せろ! 責任は取るから!」
可愛くどもってしまった少女を押し倒す。
まくれ上がったスカートから覗く黒の下着と、僅かに見える柔らかそうな白い肌が実に扇情的である。
押し倒されたまま抵抗をしない少女を前に合掌する。
「全ての食材に感謝を…………いただきまー――」
ゴッ。
俺の宣言を突如後頭部に奔った痛みが中断させた。
見ればおじさんがいかつい顔を顰めていた。
「何をやっているんだお前は!」
「いや! おじさん! ここは男なら通さねばならない意地が――」
「いいからお前は店の前で掃除でもして来い」
そのまま襟首を掴まれると、店の外に放り出されてしまった。
うえーーーんっ。すん止めなんてあんまりですーー! (ノД`)
◆◆◆【ルーナ】◆◆◆
……むぅ。
まくれ上がったスカート、乱れた上着を整える。
…………我としてはこのまま勢いに任せても……。
と、ご店主がなんとも言いがたい微妙な表情で言って来る。
「お前もうら若い娘さんなんだから、もうちっと体は大切にしなきゃだめだぞ」
「だが、店主よ。我も否というわけでは……」
「なら、せめて場所を弁えろという」
ふと視線をずらせば、衣装を身に纏い顔を真っ赤にしている歳若い娘――ジュリサと言ったか?――とご店主の奥方が顔を赤くしていた。
「……ふむ。これは申し訳ない」
とりあえず温度が上がってきた顔のまま、頭を下げておいた。
どうやら近々この国では精霊祭と呼ばれる国を挙げた祭と、その期間中に精霊武闘祭と呼ばれる闘技大会が催されるらしい。
でもって、祭が三度の飯より大好きな我が君がそれに参加しないわけがない。
おかげで我が君が以前世話になったというこの店を手伝うことになったのだ。
……。
ご店主と奥方、それにジュリサと我で当日に使うものを準備しながら言葉を交わす。
「しかし、あんた、私は婦人会の出し物があるから当日は手伝えないよ」
奥方が困ったように言葉を紡ぐ。
「アシュレイとあんたは店の中、ジュリサとルーナは店の外で。しかし、外は出来れば三人ぐらい欲しいんだけどね」
「そうはいうがな、家に人を雇う余裕なんてないぞ。アシュレイとアシュレイが連れてきた娘さんが手伝ってくれると言っただけでも大助かりなんだ」
奥方の言葉にご店主が眉をしかめる。
「だけどねぇ……」
「むう……」
共に黙り込んでしまう。
「私が頑張るよ、ね」
娘のジュリサが元気付けるように声を出す。
我としては精霊祭とやらがどれほど混むかは知らぬが、どうやら四人では若干の不安があるしい。
と、いきなり店の扉がパシンと開く。
「話は聞いた、なら俺がもう一肌脱ごうじゃないか!」
律儀にも掃除をしていたらしい我が君が竹箒を片手に、再度店の中へと登場した。
「アシュレイ、お前掃除は?」
「えと、はい。あらかた掃き終わってます。後は集めたゴミを……じゃなくてですね。人手ならもう一人ほど当てがありますぜ」
店主の言葉に、一瞬畏まった我が君が応じるが、直ぐに話題の修正を図る。
「……本当か?」
「ええ。俺の住まいでメイドをやっている奴なんです、優秀ですよ」
店主の言葉に我が君が快く応じる。
「炊事に洗濯と、家事という家事なら万能を誇るやつですよ。ついでに用心棒代わりにも! 一家に一匹ならぬ、一家に一人の万能メイド!」
「……だが、お前の住まいは暁帝国だろう? 今から来ても大丈夫なのか? 精霊祭の開幕は明後日だぞ」
「No Problem ! 今からでも呼びます! Just Now !」
我が君がハイテンションで宣言する。
「つーわけで、カモン! ウル!」
我が君の身から膨大な魔力が迸る。
……この構成、召喚系の魔導術か。
恐らくは契約を結んだ相手を自らの元に召喚する魔導術だろう。
そして、予想通り。
我が君の目の前の地面に漆黒の魔法陣が展開された。
僅かに浮き上がった魔法陣はやがて高速で回転を始める。
魔法陣上の空間が僅かに歪み始める。
同時に、一瞬だけ。それこそほんの刹那。
幻想種として、力ある種として、召喚が実行する寸前に禍々しい気配を感じ取った。
……この気配、まさかなぁ。
我の本能が、召喚されるモノの存在に対し甘く疼いた。
魔法陣から漆黒の光が迸り、やがて静まる。
かくして、そこには。
「……えと、あの、ここは?」
妙におどおどした少女が現れていた。
我が君がそんな少女に対して声を掛ける。
「おう、ウル」
「あっ。アッシュ兄!」
戸惑っていた少女はそんな我が君を見て、パッと顔を明るくする。
そのまま頭にポンッと手を置き優しく撫でる、そして。
「ほれ、挨拶だ」
少女の肩を掴み、その体を半回転させる。
「え? あっ! ……その、は、始めまして、ウルカヌス、です」
今ようやく我らの存在に気づいたのだろう。
少女は僅かに混乱するかのように戸惑うが、我が君に言われたままに挨拶をする。
なんというか、庇護欲をそそる少女であった。
新たに現れた少女に悪戯をしようとした我が君だが、「お前はゴミを片付けて来い」と再度外に放り出される。
酷い! と叫んでいたような気もするが、ご店主も実になれた対応である。
ともあれ。
ウルカヌスと名乗った少女にご店主が事情を説明したところ、少女は僅かに苦笑を滲ませながら快く応じた。
曰く、「アッシュ兄のお手伝いを出来るなら」との事らしい。
どうやら我が君は随分と慕われているようである。
……。
また我が君が優秀と評しただけはあった。
ご店主とその奥方の教えを直ぐに理解し、自らの役目を理解した。
一応、厨房での仕事、店の外での仕事。一通りやらせてみるがとても中々に手馴れた見事な動きである。
よほど普段からこのような仕事をしているのだろう。
奥方も、これなら大丈夫ね、などと笑っていた。
……ふむ。
夕方、店での打ち合わせが終わると、我が君に我、そしてウルカヌスと呼ばれた少女の三人で宿に戻る。
ご店主の店で夕食を頂戴した為、我が君は宿に戻ると「Gute Nacht !」などと叫び、そのままベッドにダイブし一足先に夢の世界に旅立ってしまった。
……やれやれ。
苦笑一つ。
我とて数多く人間を見てきたが、ここまで自由奔放に動く人間は始めてである。
流石は我が君である。
月明かりが辺りを照らす。
周囲の世界は静まり返り、灯りが作る光も絶えて久しい時間。
月を見上げて息を吐く。
吐いた息は周囲の気温のせいか僅かに白く濁る。
「……」
ここは泊まっている宿の屋上である。
そして、待つこと暫く。
待ち合わせの相手である少女がおずおずと現れた。
墨のように艶やかで長い黒髪を腰辺りまで伸ばした非常に美しい少女だ。
年のころはローゼと同じくらい、つまりは現在の我と同じ程度。
ローゼのウェーブの掛かった髪と違ってストレートに伸びたサラサラとした髪である。
烏の濡羽と評しても良い髪と処女雪のような白い肌が、月の光に煌めき非常に美しくある。
だが、その美しさは生物的な美しさではなく、一種の芸術品や大自然の光景がもつ人智を超えた美しさに似ている。
そして此方を気弱そうに見つめる瞳は、まごうことなき真紅。
……やはりな。
少女の瞳の色、そして瞳に宿る眼力。
何より少女の吐く息から濃い炎の力を感じ、確信した。
「……あの――」
「始めまして、になるかな。我が名はルーナ。生誕折、時の長老から賜った名だ」
「……あう」
少女の言葉を遮り、続ける。
もし、少女が我の予想通りのモノなら、我と少女はこの場で直ぐに殺し合いを演じてもおかしくはない。
そして、それは我の望むところではない。
故に、気勢を制す。
「…………お主、人ではあるまい。……お主の吐く息からは炎の気配を感じる」
「……」
しかし我が言葉に、少女は怯えたように頷く。
……おや?
予想と大きく違う相手の反応に内心首を傾げるが、続ける。
「幻想種は人の姿を取るとその力の殆どが制限される。しかし、制限されたその上で、お主の吐息からは禍々しい炎の気配を感じた。火属の幻想種でそれほどの力と、それほどの禍々しさを持っている者は限られている」
「……」
「……よくまぁ生き残っていたものだな。神殺しの一、黒き焔の末裔よ」
「――っ」
少女の呼吸が止まった。
怯えから恐怖へと、その瞳に映る感情の色が変わる。
だが続ける。
「それに我が君が言っておったわ。お主をウルカヌス、と」
「……」
「……ウルカヌス、古の火の神の名だ。我が名と同じく太古の神の名を持つということは、お主も真祖に連なる血統であろう」
太古の神の名を冠するということは、幻想種にとっては特別な意味がある。
我が君はおろか人間が知るところではないが、同じ幻想種、同じように太古の神の名を冠している我は、理解できる。
「本当によく生き残っていたものだ。黒き焔の末裔はとうの昔に絶滅したと思っていたのだがなぁ……」
「……なんの、こと、でしょう、か?」
「…………我が君の身内でなければ我がおぬしと死合いたいものよ」
ぼそりと呟く。我の偽りなき本音。
我が君と行動を共にしてからというもの、もてあましていた殺し合いへの衝動が疼く。
「黒き焔の末裔、さぞかし面白かったであろうに。真に残念よ」
だが、自らの内にふつふつと沸きあがってくる衝動を、押さえ込みながら嗤った。
「末裔よ、聞け。我は貴公へ提案が……――」
しかし言葉は続かなかった。
なぜなら。
「……ぐすっ」
……うむ?
見れば何やら少女は怯えたように泣き出してしまったのだ。
……おやや?
あまりの予想外の反応に深い困惑が包み込む。
……当てが外れたのう。
黒き焔の末裔といえば、幻想種最凶の戦闘狂にして最悪の破壊魔である。
その身から放つ炎の吐息はありとあらゆる生物、ありとあらゆる存在を灰燼と帰し、神々さえも殺す力を持っている。
表して曰く、神殺しの黒き焔。
過去を遡れば、黒き焔の末裔の手によって滅んだ国や神は数多く存在する。
さらに言うのなら、この少女はその力を最も色濃く受け継ぐ真祖の血統。
故に、我と少女で殺し合いにならないように協定を結ぼうと思ったのだ。
月守る古き獣と黒き焔の末裔。
殺し合いなどしたら、こんな国など一晩も待たずに文字通り消滅する。
……。
だが、少女の身からは一切の戦意は感じない。
それどころか、逆に此方に対して怯えたように泣き出してしまったではないか。
……我の推測が間違っておるとは思わんのだがのう。
あまりの困惑を前に途方にくれた。
泣きやまない少女をあやすこと暫く。
少女は落ち着いたのか、涙交じりでぽつぽつと語りだす。
「たしかに私は黒き焔の末裔です。でも、戦うのはあまり好きじゃないんです」
「…………は?」
黒き焔の末裔の口から飛び出したとは思えない言葉に目が点になる。
「……痛いですし、……怖いですし」
「いや、だが……。……むむ?」
我の混乱を前に少女を続ける。
「だから、アッシュ兄の元に身を寄せたんです。黒き焔の末裔が生き残っているのが分かれば人間さん達が殺しに来るから」
「……むう」
黒き焔の末裔は確かに絶滅を認定されている幻想種だ。
事実、永い時を生きた我ですら既に滅んだ種と思っていたのだ。
だが。
……もしや我の早合点だったか?
「アッシュ兄は死に掛けていた私を助けてくれましたし、ソフィア姉や睡蓮姉はこんな私を受け入れてくれましたし」
「……」
ソフィアというのは我が君の細君であろう。
何度か話に出てきている。
睡蓮というのは知らん。
しかし。
「お主、戦いたいという欲求はないのか? 黒き焔の末裔なら多少はあるだろうに」
「……いえ」
「………………。……なんと」
少女の返答に思わず絶句する。
実際に殺意を向けても、怯えたように硬直するだけでそれ以外の反応はない。
「……なるほどのう」
幻想種有数の戦闘種族とは思えないその振る舞いに、別の意味で感歎の息を漏らす。
「……それほどの力を持ちながら…………勿体ない」
嘘偽りのない本音がポロリと漏れるが。
「私、日向ぼっことか花を育てるのとか好きですし、戦うのはあまり……」
「……」
どうやら、完全に我の早合点だったようである。
戦闘を主としない種族に生まれながら戦闘を是とする我。
戦闘を主とする種族に生まれながら戦闘を是としない少女。
……なんともはや。
あまりの正反対さに思わず苦笑いの表情が浮かぶ。
「ではお主は、一切の戦闘行為はしないのか?」
「出来れば避けたいです。…………アッシュ兄のためとかだったら頑張りますけど……」
目をぎゅっと瞑り声を絞り出す。
「……」
我が君の名を呟くとき、少女の声音に温かい物が混じるのを感じ取るが。
……なるほどのう、そういうことか。
言葉に出して問うのは無粋というものだろう。
少女の勇気と一途さに小さく笑む。
やがて納得し、苦笑のため息をつき、詫びた。
「怖がらせたようだ、すまんかったのう、ウルカヌス。我の早合点であったわ」
ふと、ウルカヌスが尋ねてくる。
「……あの、貴方も人じゃありません、よね?」
「当然であろう」
「……あう」
僅かに怯んだ後、おずおずと尋ねてくる。
「貴方の魔力からは幻属性の波動を感じます。それも、人の魔力とは違う私と同じ幻想種の魔力。貴方はいったい?」
……ふむ。まぁ、構うまい。
「……我は月の神に仕えし、太古の獣よ。尤も、我は群れを飛び出した異端児だがの」
「月の神、太古の獣…………、…………月神狼!?」
ウルカヌスが再度、恐怖に震えたかのように後ずさる。
「そう怯えることでもなかろうに」
後ずさった少女の手を取り引き戻す。
そのままにやりと笑いながら告げた。
「改めて名乗ろう、名をルーナと言う。宜しく頼むぞ、ウルカヌスよ」
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。
新キャラ登場、コンセプトは『小動物妹系破壊魔』です!
ルーナと二人で人外コンビのストーリーも書きたいなぁ、と。
さて、最近ですが、正直忙しい!
内定先の課題が多々あって更新がちょっと不定期になる可能性があり;;
就職できても楽にはならんのですよ……
まぁ多少は書き溜めてありますから、問題はないと信じたいです、ハイ。