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18話 - 旅の終わり

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 査問会はそのまま解散終了となった。

 まぁ、一応の目的である皇妃の罪を問えたのだからいいのだろう。

 ついでと言ってはなんだが、皇王アテリア陛下も復活した。

 皇王が復活した以上、後継者問題は先延ばしに出来る。

 ガート卿が何やら納得できない顔もしていたが、そんなことは知らん。興味もない。

 ともあれ、皇国の政変は一応の決着を見た。

 勿論、渦中の精霊王ノアが未だ行方不明のままだが皇王は何かしら知っているようで、特には気にすることはしなかった。まぁ、何処にいるかは教えといたしな。

 ……。

 というより問題は、心に小さくないダメージを受けて伏せってしまった皇女である。

 食事は咽を通らず、その瞳はまるで人形のように生気が薄い。

 父皇や周りの侍女が話しかけても反応がない。

 御殿医などの医者も、さすがに本人の心の問題ゆえお手上げ状態だった。




「というわけで、アフターケアに来たぜ」

 夜、ローゼの部屋に忍び込んだのだ。

「…………アッシュ……様」

「おう」

 虚ろな瞳のまま小さく俺の名を呼ぶ。

 ……これは反応があっただけましなのか?

 どうにも苦笑いする。

「……一応、これでもアフターケアに関しては厚くする方なんでね」

 苦笑の表情のまま続ける。

 それと――。

「……預かっていたものを返しに、ね」


 俺の言葉に反応し、背後のルーナが近づいてくる。

「ふむ。では我が君よ、精霊王(ノア)を娘に返すのだな?」

「まあな。だが、その前に渡さなきゃならんもんがあるがな」

 ルーナを背後に残し、ローゼの前で膝をつく。

「……?」

 俺の言葉にローゼが僅かに首を傾げる。

 その表情を優しげな瞳で見つめ。

「……中にユスティーツアさんがいるよ」

 ポケットから取り出した銀の指輪をローゼの手にそっと握らせた。

 ……。

 それはいつか、とある少女がとある青年に自らの護衛の代償として渡した指輪だった。




 反応は劇的だった。

 瞳の焦点が戻り、顔に僅かばかりに生気が蘇る。

「あ、アッシュ様? それはいったい? お母様が?」

「落ち着け、このアンポンタン娘」

 此方に混乱したようにしがみついて来る少女を苦笑で見ながら、その額を軽く小突く。

「今から説明してやるから」

「え、あ、あ、……はい」

「…………ったく。世話の焼ける娘だこと」

「あう……」

 ……現金なやつだ。

 その頬を両側から引っ張りながら深い苦笑を滲ませた。


 ローゼの横に腰掛、その頭を優しく撫でる。

「簡単に言うなら、冥界に行こうとしたユスティーツアさんの魂をその途中でとっ捕まえてきて、この指輪に封じたんだ」

「お母様の魂を……」

 ローゼが目を閉じ、指輪を愛おしそうに握る。

 ……。

「ああ」

 一つ、頷き続ける。

「死者を現世に黄泉がえらすのが俺の業なら、人の魂を器物に封じ込むのも、また俺の秘たる業」

 精霊術と魔導術の競演。

 本来はけして交わることのない業の結晶。

 握りこんだローゼの手に、自らの手を重ねる。

「でもって、今は眠っている状態だ。魂が(リング)に馴染めば意思の疎通も出来るようになる」

「っ!」

 ローゼの瞳が揺れる。

 意思の疎通が出来る。

 それはつまり、また母親と言葉を交わせるということ。

 俯いたローゼが涙を流す。

 その涙はかつてのものと正反対の涙。

 別れと出会い。そして、本来なら叶わぬ願いの成就。

 溢れた想いは涙と変わり、歓喜の嗚咽と共に外へと零れる。

「どういうわけか知らんが、本人曰く、少し未練が出来た、らしいぜ」

 次元の狭間で交わした最後のセリフが耳に残っている。


 ……さてはて、一体どんな未練なのかね。




 ……。




 指輪を握り締め涙を流すローゼを横目に、ルーナに言葉をかける。

「ルーナ、お前の中に(・・・・・)封印しといた(・・・・・・)精霊王(・・・)をローゼに返すぜ」

「うむ。これでようやく荷が降りるというものだ」

 ――移動・実行。

 魔導術の発動と同時にルーナの体から光の珠が飛び出したかと思うと、ローゼに向かって一直線に奔った。




 これは、ラグネにつく前夜の会話である。



 ◇◇◇


「ローゼ、じゃあ、まず最初にやってもらうことがある」

「なんでしょう?」

「ああ。まずはお前の中にいる精霊を隠す」

「えっ!」

 真紅の髪の少女は驚いたように絶句した。


「お前が今、こうなっているのは中に問題の精霊がいるからだろう」

「そ、それは……」

「安心しろ、取り上げるわけじゃねぇ。隠すだけだ」

 僅かに笑みを浮かべながら続ける。

「まずは、他の貴族連中や皇妃にとってのお前の価値を変える。そして、一番いい方法が、ローゼの中にいる精霊を隠すことだ」

 ローゼの中に精霊王がいる。

 そう信じているから、皇妃はローゼをラグネに呼びつけ、また他の貴族たちは刺客を放ってきた。

 だからこそ、まずは「ローゼの中には精霊はいない」、これを周知の事実とするのだ。

 たとえそれを信じなかったとしても動揺を誘うぐらいは出来る。

「……た、確かにそうですけど」

「精霊使いなら相手の体内に精霊がいるかどうかは直ぐに分かる。だからこそ、俺がローゼの精霊を預かる」

「……出来るんですか? そんなこと」

「くくく。俺は魔導師だぜ」

 隠したり、誤魔化したりするのはお手の物だ。

 ……なんせ、現在進行形で精霊を隠し通しているのだから。

 ……。

「…………つっても俺の中は満員なんで俺は預かれないがね」

「え?」

「何でもない」

 小さく呟いた言葉を誤魔化し、ルーナを呼んだ。


 ……。

「と、いうわけでローゼの精霊を預かってくれ」

「まぁ、それは構わぬのだが、いろいろと説明が略されすぎておらぬか?」

「知らん、そして気にするな」

「…………はぁ」

 ルーナがなにやら諦め顔でため息を一つ。

「良い。その話、承った」

「よしっ。後は、ローゼ、どうする? 強引に引き剥がすのは魂と精神に負担が掛かるからな、本人の同意が必要なんだ。お前が是といえばそのまま処置に移るが」

「……ええと。アッシュ様」

「お? どした?」

「その、隠すのはいいんですけど……」

「おう」

「顔が随分と悪人顔になってもますよ」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……………………気のせいだ♪」


 ……。

 因みに補足しておこう。

 俺はこっそりと何かをやって、気に入らない誰かを盛大に貶めるのが大好きだ。


 うまー!


 ◇◇◇




 奔った光はローゼの胸に沈み、やがて見えなくなった。

「…………お帰り、ノア」

 自らの胸に手を当て、嬉しげな顔で呟く。

 分かれたと思っていた母との形を変えた再会、そして自らを常に見守ってくれていた精霊との再会。

 ローゼの傷ついた心を癒す助けにはなったようである。


「……後、こいつもプレゼントだ」

そして、そんなローゼに髪飾りを手渡す。

「……これは?」

「そいつには欺瞞の魔導術が仕込まれている。そいつを身に着けてれば中の精霊の存在を誤魔化せるぜ。尤も、直に触られたり体内を探られればばれるが、今の皇女(ローゼ)にそんなことする奴なんかいないだろう」

 一応、ラグネに着く前に用意はしておいたのだが、政変中であれば皇妃や他の貴族が強引に調べてしまう。

 故に、持たせても意味がなかったのだ。

 だけど、政変が落ち着き、皇女として正式に認められた今ならそんな無礼なことをする輩もいないだろう。

「皇女様万歳、だな」

「うむ。良かったな、娘」

「……はい」

 ローゼがまるで宝物を貰ったかのように胸に抱きしめると、そっと自らの髪に添えた。






 ローゼの私室となった部屋の床に座り込むと、辺りに酒とつまみを広げる。盛大に。

「一応、これでお前の依頼と願いは果たしたぜ」

「……はい。ありがとうございます」

「おう。お疲れ様」

 ローゼの謝辞に笑顔を返し、杯を掲げる。

 チィンッ。

 俺とルーナ、そしてローゼの三人で杯をぶつけ、祝った。


 楽しかったこと、ローゼが恥ずかしさで泣きそうになったこと。

 様々な思い出を、笑い話として語る。

 俺とローゼ、そしてルーナで作り上げた、三人だけの思い出。

 そして、俺とルーナ、ローゼの三人の旅は今日で一旦の終わりを告げる。

 十八日間という短い時間であったが、それは確かに一つの旅の物語。

 ……ローゼ、お前には助けられたよ。本当に。

 そんな事を思う。

 だからこそ、今日ぐらいはいいだろう。

 ふと笑うと、小さな声で呟いた。

「お疲れ様、楽しかったよ。――――ありがとう」

 俺に寂しいという感情を思い出させてくれた少女に、静かに感謝を捧げた。


 お互いに笑い、騒ぎ、時間は直ぐに過ぎていく。

 光陰矢の如し。

 楽しい時間は過ぎるのが早い。

 やがて、ローゼがふと尋ねてくる。

「あの、アッシュ様とルーナちゃんは、この後は?」

「うん? ああ、この後か……」

 僅かに考え込み。

「……そうだな。知り合いが出店(でみせ)を出すって言うから精霊祭を手伝った後、精霊武闘祭で大会荒しをして、そんでもって暁帝国に帰るさ」

「……そう、…………ですか」

 ローゼがしゅんとした顔で俯く。

「ふむ。元気がないのう、娘」

 ローゼのその表情にルーナが心配そうに声を掛ける。

 ……確かに。

 と、突然顔を上げたかと思うと詰め寄ってくる。

「あの、アッシュ様とルーナちゃん、皇国に残りませんか? 私がお父様にお願いして、住まいを用意しますから……」

「…………。……いや、遠慮しておくよ」

 ローゼの言葉をありがたく感じながらも、それを辞退する。

「っ!」

「……俺はこの国とは、ちょっと肌が合わなくてね。それに、暁帝国には俺の嫁さんの墓もあるんだ。後、メイドも残してきてるし」

「……」

「そんな顔するなって。これが今生の別れという訳じゃないんだ」

 悲しげに俯いてしまったローゼの頭を撫でる。

「そうだぞ、娘。ここから暁帝国などは走れば二日も掛からずに着くではないか」

「あーただけだっつーの」

 とりあえずルーナの額にハリセンのフルスイングを叩き込み黙らせた。


「生きてりゃまた会える。だろ?」

「……」

「ローゼはこの国の皇女、そして俺は流れ者の無法者(アウトロー)。本来なら接点なんて欠片もない。けど、俺たちは出会った」

「……はい」

 そう、何の縁もゆかりもない二人。

 皇国の中心に位置する者と、皇国より追い出された者。

 対極に位置する二人。

 けど――。

「出会った」

「……はい」

「そして出会って、縁を繋いだ」

「……はい」

「覚えておくといいぜ」

 覚えておくといい。

 ローゼよ、縁ていうものはな――。

「縁ていうものは、そう簡単には切れないもんなんだ」

「……」

 もう何度目になるか分からない、だが、そっと艶やかな真紅の髪を撫でる。

「この世界は繋がっている。本人達が――俺たちが望めば、また会えるさ」

「……」

 やがて、何も言わなくなったローゼをそっと抱きしめる。

「もしも、俺に用事があったなら暁帝国の白澤っつー医者を尋ねて来い」

「え?」

「イシュタリア皇国の人間には教えるつもりはなかったけどな」

 そう。本来は俺の住まいなど教えるつもりはなかった。

 しかし。

「…………ローゼは特別だ」

「……アッシュ様」

 俺に人並みの感情を蘇らせてくれた少女に、僅かばかりの愛しさを込め、呟いた。

「……いつでも歓迎するよ」

「はいっ。はい……」



 その晩、泣き出したローゼが泣き止むまで頭を撫で続けてやった。

ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


第一章完(笑


次の更新まで少し長くなります。


もし、待ってくださる方がいるのならわずかばかりのお付き合いを m(_ _)m

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