17話 - 二度目の別離②
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
雪華の予約掲載で25日の0時に設定しておいたのですが、何故か上がっていませんでした。
確認しなかった此方の手落ちです、申し訳ないです m(_ _)m
俺の目の前でローゼがユスティーツアさんに抱きつき泣き叫んでいる。
ユスティーツアさんの未練が消えたのだろう。
魂の固定がゆっくりと解けていく。
今回はあくまで固定していただけ、縛ってはいない。
故に、本人が望んだのならその固定は自然と解ける。
「お母様、お願い! いかないでえ!」
ローゼの絶叫が心に突き刺さる。
……っ。
やはり最悪の事態になったか。
ため息一つ。
こうなるからこそ、顔見知りの蘇生はしたくなかったのだ。
……ユスティーツアさんにも注意しといたんだがな。
二度目の別れというのは、一度目の別れよりも辛い。それが死者相手ならなおさらだ。
しかしやってしまったのなら後始末までつけるのが、責任というものだろう。
それに最近のことでローゼは弱りきっている。
このまま行くとローゼの心が壊れる可能性も出てくる。
……。
……やれやれ。
ふと、俺の中の精霊が鳴く。
…………お前……。
再度、鳴き声を上げる。
精霊は俺に訴える。
あの娘の涙を止めてあげて、と。
……やれやれ。
苦笑一つ、腹を括る。
……お前にそう言われては、やるしかないなぁ。
……臨床試験になるね。
相変わらず体内で踊り狂っている精霊に矢継ぎに命令を送り、準備を整える。同時に体内の奥深くに溜め込んでいた魔力を解凍していく。
ユスティーツアさんの魂が解放され冥界に引っ張られる前に、俺が回収するのだ。
そして今から行うのは精霊術と魔導術を融合させた俺の秘術。
……。
……しかし、人妻に手をだすっつーのは何かしら燃えるな。いや、萌えるのか?
あー……、ゴホンッ。
脳裏に浮かび上がった桃色妄想を振り払う。
ともあれ。
「……核はこれでいいか」
外套のポケットから銀色に輝く指輪を取り出す。
純銀の輪に、母娘の髪と同色の真紅の宝石が輝いていた。
◆◆◆【ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア】◆◆◆
お母様の輪郭が崩れていく。
まるで基の全てが塵芥であったかのように。
行かないで!
何度泣き叫んだことか。
でも、お母様は微笑んだまま何も言わない。
行かないで!!
どうか私を一人にしないで。
しかし。
「……じゃあね。ローゼちゃん」
その言葉を最後にお母様の体が消滅した。
「――――――――――ッ!! !! !! !! !!」
言葉にならない叫びが咽の奥から漏れた。
◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆
全てが黒に塗りつぶされた漆黒の世界。
そこで、苦笑いを浮かべながら待つ。
やがて。
「来たかい。まったく、世話を焼かせる」
一面の黒から、真紅の髪を揺らしたユスティーツアさんが現れた。
ここはいわゆる、現世と冥界の狭間。
もっと分かりやすくいうのなら、世間一般で言うところの「死出の旅路」とも言われる世界である。
本来はここを含めて、ここより下の世界は死した人間しか存在することは許されないのだが、俺はその理に対する唯一の例外。
ユスティーツアさんの魂が現世から解放された瞬間にこの世界に潜り、冥界へと向かう彼女の魂を待っていたのだ。
「あら? 見送りですか?」
「本気で言ってるんなら張った押すぞ」
いい笑顔でそんな事を言ってくる彼女に、苦笑しながら返す。
「冗談です」
「……ったく」
「…………。……甘いのね」
「……まぁな」
「……」
「……」
共に黙り込む。
やがて。
「私をどうするつもり?」
「ああ」
ユスティーツアさんの問いかけに答える。
「口車に負けてあんたをこの世界に呼び戻したのは俺だ。だが、あんたとてこの世界に戻ってきた以上、多少以上の責任がある」
「……」
「悪いがもう一度現世に連れて行くよ」
「……」
「……」
「……ローゼちゃんのため?」
「……さて、ね」
ユスティーツアさんのにやけ顔がなんか気に食わない。
「ローゼちゃんも随分といい男をつかまえたわねぇ」
「つかまってねぇ!(怒)」
……。
あの手この手でからかってくるユスティーツアさんをハリセンで引っぱたいて黙らせる。
ともあれ。
「あんたを連れて行くぜ」
「……」
「まぁ、本人が現世に対して未練を失った以上、手段は限られているがな」
「……」
いぶかしむユスティーツアさんに説明する。
「一番簡単なのは魂を固定するのではなく、縛り付けることだ。だが、この方法は魂に掛かる負担が大きいし、下手をすれば人格や記憶の崩壊なども招きかねない」
「……そんなのはいやよ」
「分かっているさ。だから、そこを魔導術で補う」
そう。呼び戻した魂を現世で固定・安定させるのに魔導術を使うのだ。
「魔導術の中に、自分の精神の一部を物に封じ込めるという秘奥がある。そして、幸か不幸か俺はそれを習得している」
「……」
「そして、その術の応用で呼び戻した魂を用意しておいた触媒を核に、括る」
死という概念に踏み込むことが出来、同時に精霊術と魔導術の両方を修めている俺だからこそ可能は離れ業だ。
「準備は整っている。後はあんたを連れて行くだけだ。……できれば力ずくは避けたいから同行してもらえると助かるね」
「ねぇ、一つだけ聞いていい?」
真顔でユスティーツアさんが問うて来る。
「なんだ?」
「なんでここまでするの?」
疑問。どこまでも純粋な疑問。
「……」
「『人の魂を完全な状態で呼び出し固定するのは莫大な力を使う』、アッシュ君が私に言った言葉よ。今アッシュ君が用意している手段だって、楽なものじゃないんでしょう」
「……」
「なのに、なぜ? どうしてローゼちゃんにここまでするの?」
「……」
「どうして?」
「……」
「……」
奇妙な沈黙が場を支配した。
……さて、どう答えようかね。
「『だって、目の前で困っている人が居たら見捨てられないじゃない』」
「……?」
「俺の大切な人の言葉だ。今はもう居ないけどな」
「……」
「今でこそこんな俺だが、昔は実の親に捨てられたこともあってね……」
「――っ!」
ユスティーツアさんの顔が歪む。
――自らの子を捨てる。
娘を愛し、娘のために冥界から這い戻ってきた彼女としては信じたくもないだろう。
「そこで死に掛けた俺を拾ってくれた人がいた。損益なんて考えず『ただ、見捨てられなかった』、それだけを理由に俺を助けてくれたんだ」
「……」
「嬉しかったよ」
そう。
嬉しかったのだ。
「彼女は俺に言ったんだ。『だって、目の前で困っている人が居たら見捨てられないじゃない』って」
「……」
「今はもう居ない。でも、もし彼女がここに居たら絶対にローゼを見捨てなかっただろう」
「……」
「だから俺もローゼを見捨てない。見捨てたくない」
所詮は真似事かもしれない。
でも……。
「目の前で泣いている人が居たら、手の届く限りで助けよう。そう決めたんだ」
……。
「……いい人なのね」
「偽善者さ」
俺の冗談めかした答えに、ユスティーツアさんがくすりと笑う。
「出来ればアッシュ君のような人がローゼちゃんと結婚してくれると嬉しいわ」
「おいおい。俺は既婚者だぜ」
「あら、暁帝国なんかじゃ重婚が可能よ」
「…………………………………………。……睡蓮みたいな事を言わんといてくれ」
「……?」
「なんでもない」
手を振り、脳裏から恐怖の大魔王像を振り払う。
ともあれ……。
「答えとしてはそんなもんさ。上手く答えられた自信はないがね。それでも、出来うる限りでまじめに答えたつもりだよ」
「……」
「……」
やがて。
「……少しだけ未練が出来ちゃったみたい、だから、連れてかれて上げるわ」
優しい笑顔で、娘の母は、答えた。
ユスティーツアさんの手を取る。
――実行。
脳内で、用意しておいた魔導術の撃鉄を叩き落す。
すると、ユスティーツアさんの身を淡い銀色の光が包み込む。
「括った魂が安定するまでの間は眠ることになるが、まぁ大人しくしといてくれ」
「……任せるわ」
「ああ」
やがてユスティーツアさんが光にとけたかと思うと、光は一筋の流星となって漆黒の世界を翔け昇っていく。
「……また、会いましょうや」
呟き、精神を次元の狭間から引き上げた。
目を開ければ、先程と変わらぬ風景。
背後には巨大な銀狼、周囲には様子を見守っている貴族達。
そして、少し離れたところには泣き崩れているローゼ。
……。
俺が次元の狭間に潜ってから瞬き程の時間も経っていない。
元々、次元の狭間には『時間』という概念が存在しない。
故に、そこでどれほどの時を過ごそうと現実世界では刹那程の時間も経っていないのだ。
「……」
握った右手を開く。
……。
そこには小さな指輪があった。
指輪に向かって小さく呟く。
「早く起きて下さいね、ユスティーツアさん」
俺の言葉に反応して、指輪が仄かな光を放った気がした。
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前話の後書きで機竜に追いついたといいましたが、間違えました。
今回でようやく追いつきました。サーセン。
実はこの今回のシーン、母親を現世に連れ戻すか、冥界に送るかで凄い悩みました。
何度も書き直した結果が今回です。
また、今回で見送ったシーンは雪華のエピローグで書く予定となりました。
そこまで続けられれば何れ皆様にお見せできる機会もあるでしょう。
それでは、今回はこれにて。
次話で一応、第一章完になる予定です、はい