16話 - 二度目の別離①
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
場が静まり返る。
そして、誰一人として言葉を発せない。
当たり前である。
なぜなら、死んだはずの人間が動いていたからだ。
ゴッ!
再度光条が放たれた。
皇妃様が放ったのだ。
「この! 泥棒猫がああああああああっ!!」
しかし。
「リピル!」
お母様の声と同時に足元に火噴蜥蜴が顕現する。
ベリドットの血筋が光の精霊と相性がいいのなら、アイオライトの血筋は炎の精霊と相性がいい。
お母様の呼びかけの下、リピルと名づけられた火噴蜥蜴が放った熱線と光条が激突し、巨大な衝撃を発生させた。
「死ねぇええ!」
「……くっ」
皇妃様の放つ光弾が、私とお母様に雨霰と降り注ぐ。
「リピル、お願い!」
お母様の声が響き、同時に私とお母様を炎の壁が包み込んだ。
炎の防壁。
だが。
「お母様!!」
「――っ! やっぱり陽光精相手じゃきついわね」
炎の防壁を貫いた光の一撃がお母様の腕を吹き飛ばした。
陽光精も火噴蜥蜴も共に中位以上の精霊である。
しかし、その二体を比べてみると陽光精に軍配が上がる。
炎の防壁を張り巡らし、光弾を防ぐ。
そして、防壁を貫いてくる攻撃はお母様が身を挺して防ぐ。
私達を閉じ込めている光の結界はなにやら強力な力が込められているらしく、中々破れないようである。
「大丈夫。ローゼちゃんには傷一つつけさせはしないから」
「……お母様」
かつてと変わらない優しげな声に涙が流れそうになる。
お母様が病に倒れ亡くなった。
そして、それを見取ったのは私だ。
お母様が棺に入れられ埋葬されるのも見届けた。
もう二度と会えないと思っていたお母様との邂逅に。
「うふふ。相変わらず、ローゼちゃんは泣き虫ね。でも駄目よ、女が涙を見せていいのは大切な相手だけよ」
「……お母様」
気づけば涙が流れていた。
と。
ゴウッ!
一際強力な攻撃が防壁を完全に消し飛ばす。
そして。
「消えろ! 泥棒猫!」
ザンッ!!!!
皇妃様の手に握られた光の刃がお母様の胸を貫いた。
光刃は確実に心臓を貫いている。
間違いなく致命傷だ。
しかし。
「リピル!!」
轟ッ!
強力な炎が皇妃様の腕を焼いた。
「い゛っ、いぎゃあああああああっ!」
まさか反撃されるとは思っていなかったのだろう。
甲高い悲鳴を上げて、腕を押さえる。
「お、お母様?」
今の皇妃様の一撃は確実に致命傷だった。
普通なら死んでいるはず。
……なのに、なぜ?
「私は既に死んでいる身。故に、どのような傷を受けようと私が死ぬことはありません」
私の疑問に答えるようにお母様が言葉を紡ぐ。
……死んでいる?
お母様の言葉に促されるようによく見れば、刺された傷口も先程吹き飛ばされた腕も、塵が集まるようにして、ゆっくりと修復されていた。
「こ、この化け物があ!」
「あら、知らなかったの? 母親という生物はね、自分の子供のためなら例え悪魔にだって魂を売るのよ。今更化け物といわれようと、痛くも痒くもないわ」
皇妃様の光弾を受けて多大な傷を負ったはずなのに、見ればお母様は既に傷一つついていない。ただ、傷を受けた箇所の衣服が破れているだけだった。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ねええ!!」
突如、皇妃様の背後にいた陽光精が一際大きく輝いたかと思うと爆発的に力を増していく。
対照的に皇妃様の顔が真っ青になっていく。
……あれは、禁忌の!?
自らの命を喰わせて、それを力に変える精霊術の禁術。
そして、王妃様はそれを今まさに行おうとしているのだ。
だが。
「馬鹿か、お前は?」
そんな声が場に響いたかと思うと、光り輝いていた陽光精が鋭い爪に引き裂かれた。
私達を閉じ込めていた光の檻が粉々に砕ける。
光の結界を砕き、陽光精を引き裂いたのは巨大な銀狼。
そして、言葉を放ったのはその背に乗っている仮面の人物だった。
「悪いな、遅れたわ。まぁ、こいつの護衛が思いのほか手ごわくてな、数も多かったし」
そう言ったのは仮面の人物。
聞き間違えるはずがない。今度こそ間違いなくアッシュ様である。
そして、アッシュ様は抱えていた何かを放り出す。
見れば……。
「れ、レオ!?」
皇妃様が息も絶え絶えに悲鳴を上げた。
そう。
イシュタリア皇国第一皇子、レオナルド殿下だったからだ。
「あー……。何やら愛妾と一緒にエンデラ王国に亡命しようとしてたから、適当にボッコして捕獲してきたぜ」
「そ、そんな……」
お気楽なアッシュ様のセリフとは対照的に皇妃様の声は沈んでいく。
「レ――」
「とりあえずは、っと」
ゴッ。
一瞬で移動したかと思うと、なにやら喋ろうとしていた皇妃様の延髄に蹴りを叩き込み昏倒させる。
「邪魔者は寝とけや」
鬼だった。
アイオライト卿の手のものにより皇妃様……元・皇妃様と元・第一皇子が連行されていく。
まぁ、皇王陛下への毒殺未遂、そして第一皇女への殺人未遂。
完璧に、まごうことなく誰がどう見ようと完璧にアウトだった。
そして、皇妃様の罪がばれると、同時に亡命を企てていた皇子もその皇位継承権を失った。
今では、二人揃ってただの罪人とただの人である。
「OK。これで一仕事終了だぜ」
アッシュ様が仮面をつけたまま大きく伸びをすると、そのまま銀色の毛に埋もれるように、巨狼の体にもたれかかる。
「おおう。睡魔が……」
だが。
「貴様は何者だ!」
何やらおもいっきり近衛兵に囲まれていた。
尤も。
GAAAAAAAAAAAAA!!!!
巨狼がアッシュ様を守るように咆哮する。
なんというか、囲んでいる近衛兵の方たちが恐怖に震えているのが実に哀れであったと言っておきましょう。
「彼は協力者だ。身元は私が保証するよ」
近衛兵たちを抑えるようにアイオライト卿が声を出す。
そしてそれに重なるように、父皇も声を出す。
「その者はわしも保証する。剣を下げなさい」
軍部の長と、この国の長の二人に言われては流石に誰も何も言えなかった。
……と、いうより。
アッシュ様にどうしても尋ねたいことがあって飛びつく。
「アッシュ様!」
思い余って、腹部を強打してしまったような気がするが気にしない。
アッシュ様も、かはっとか言う息を漏らして動かなくなってしまったが、それも気にしないことにする。
「アッシュ様、あのお母様は本人なんですか!? 一体何が――」
「……(ぐてー……)」
「あ、アッシュ様?」
(落ち着け、娘。我が君は現在悶絶中だ。しばし待ってやれ)
頭上の巨狼から念話飛んでくる。
「…………え? ……もしかして、ルーナちゃん?」
(いかにも。この姿で合うのは始めてかのう?)
「……驚きました」
巨大な銀狼はにやりと笑った。
……あ、この笑い、間違いなくルーナちゃんだ。
と。
「痛いわ、ボケー!! ( ゜Д゜)♯」
パシィンッ!
何処から取り出したのか、悶絶から復活したアッシュ様が私の頭をハリセンにて華麗に強打一閃。
周りの貴族達や近衛兵、お母様、お父様が口をあんぐりと開けて絶句した。
大衆の目の前で皇女の頭を引っぱたいたのだ。
それも力いっぱい。
何というか、思いっきり不敬罪確定である。
言い逃れは出来ない。
本人曰く、「ついカッとなってやった、反省はしていない」だそうである。
アッシュ様らしいといえばアッシュ様らしくあり、ついつい笑ってしまう。
まぁ、とりあえずのところは。
「えと、皆さん、どうか落ち着いてください。私は別に構いませんから」
はたかれた本人がお咎めなしと言ったので、周りも落ち着いている。
尤も、厳格なガート卿などはアッシュ様を睨み付けているのだが。
「アッシュ様、お聞きしたいのですけど」
「おう、何だ?」
私の問いかけに、いつもの如くフランクに返してくる。
まぁ、ガート卿などの貴族の方々が「無礼者めっ!」と睨んでくるが、巨狼と化したルーナちゃんの一睨みで黙り込む。
「えと、お母様は、本人なのですか?」
「……間違いなく、君の母であるユスティーツアさん本人だよ」
「……」
「信じられないかい?」
「……いえ。ただ、どうして? お母様は既に……」
「……」
今度はアッシュ様が沈黙する。
やがて、ため息を一つつき言葉を紡ぐ。
「魂を冥界から呼び出して現世に固定、そして固定された魂に沿うように塵芥が集まり、生前の姿をかたどる。また、蘇った本人は生前と変わりない人格、記憶、能力を持つ。……俺の秘術だ」
「……あの――」
「なぜ、ユスティーツアさんなのかは本人に聞いてくれ。それは俺が語ることではない」
「……」
アッシュ様の言動にやはり周りが色めき立つが、これまたやはりルーナちゃんに睨みつけられて黙り込む。
「さあ、行ってやれ。魔法が解けるにはまだ時間があるぜ。少なくとも俺は灰かぶり姫に出てくる魔法使いよりは良心的なつもりだよ」
ぱちりとウインク。
次いで、私の背をそっと押した。
「……うん」
「……お母様」「……ユスティーツア」
最初の言葉は私、次の言葉はお父様だ。
「……久しぶりねローゼちゃん、アテリア様」
「お母様……なんだよね? 私のお母様」
「そうよ。ローゼちゃんのお母さんよ」
お母様は愛おしそうに私を抱きしめる。
「アッシュ君に頼み込んでね、少しだけ時間を貰ったのよ」
「時間?」
「そう。この世界に戻ってこられる時間を、ね」
アッシュ君本人は私の蘇生には反対だったんだけどね、と笑う。
「「……」」
それはつまるところ、お母様は――。
「そんな顔しないで。本来なら私は既に死んでいる人間。こうしてもう一度言葉を交わせるだけでも奇跡なんだから、ね」
――本人その人ではあるが、同時にその身は死者である証。
と。
「……ユスティーツア」
「……お久しぶりです、姉さま」
アイオライト卿――伯母様――だった。
「……本当にお前なんだな?」
「ええ……。まさか死後に顔を合わせることになるとは思ってもみませんでしたけど……」
「……私もだよ」
お母様と伯母様の顔は共に泣き笑いのような顔になっている。
「ともあれ、もう一度お前と話せて嬉しい限りだよ」
「……姉さま」
「ローズレットが生まれた時にお前を守ってやれなかったこと、今でも悔いている」
「……」
「もし、お前に会えたのならそのことについて謝りたい。そう、思っていたからな……」
「……」
「……ユスティーツア、すまなかった」
「……」
やがてお母様は、優しく微笑する。
「いいんです、姉さま。私は姉さまを怨んではいません」
「……」
「中立を謳うアイオライト家としては、仕方なかった」
「……」
「それに、今回の事で姉さまが尽力してくれたと、アッシュ君が教えてくれましたよ」
「……あいつ」
「私は姉さまを怨んではいません。むしろ、私が居なくなった後もローゼちゃんを気にかけてくれる人が居ると分かっただけでも、救われるわ」
「……。……そう言ってくれるか」
「はい」
伯母様の泣き笑いに、お母様が優しく応じる。
……。
カルディエ伯母様とお母様は双子の姉妹。
お母様の死別により、姉妹は二度と言葉を交わすことは出来ないはずだった。
しかし、誰の気まぐれか、本来ならけして言葉を交わせるはずのない姉妹は今言葉を交わした。
そして。
「すまない。……ありがとう」
十数年の時を経て凍りついていた心が融けていく。
伯母様の瞳から雫が零れた。
再びお母様が此方を向く。
「ローゼちゃん、ちゃんと食事はとってる? 髪やお肌はお手入れをしてる? 女の子にとって髪やお肌は大切なんだから大事にしないと駄目よ」
「……うん」
「困ったことがあったらカルディエ姉さまに言うのよ。絶対に力になってくれるから。後、問題が起きても自分で抱えていちゃ駄目よ」
「……うん」
「後、ローゼちゃんはこれからの未来苦労するかもしれない、そしてそこに私はいないけど挫けちゃ駄目よ」
「……うん」
「後は……、後は……。…………駄目ね。いざ言おうとすると言葉が纏まらないわ」
「……お母様」
私を抱きしめる腕に力が篭る。
「……愛しているは、私の愛しいローゼ。この世界の誰よりも」
「……うん」
顔は上げない。
だって、今私は泣いているから。
お母様を見送るときは笑顔でいたい。
……早く止まって、私の涙。
「……アテリア様」
「……ユスティーツア、壮健か? という言葉は、合わないな。ははっ」
「ふふ。もう死んでいますからね」
「……そうだな」
僅かな間があき、お父様がポツリと言葉を紡ぐ。
「私のような者が、妃でもない者にいうのはいささか拙い気もするが、既に死んでいる身が相手だ。構うまい」
僅かな間があき、やがてお父様がしっかりとした口調で言った。
「生前には言えなかったな。だから今言おう、……お前を愛しているよ、ユスティーツア。今も昔も、そして此れからも」
「ええ。私も死した身となった今なら許されるでしょう。貴方を愛していますアテリア様。ローゼを授かったことは、私の生涯の誇りです」
――っ!
お母様髪や皮膚から色が抜けていく。紅から白へと。肌色から白へと。
「時間、ね」
お母様が穏やかに笑う。
見れば、その手の指先からゆっくりと崩れ塵に還っていく。
「ローゼちゃん、アテリア様、それに姉さま。私は……ユスティーツアは幸せな生涯を送りました」
「お母様行っちゃやだ!」
母の宣言を聞き、思わず抱きつく。
もう、我慢できない。
ちっぽけなプライド、僅かばかりの虚勢、そんなものはとっくに消えてしまった。
「お願い、いかないで。ここに居て、ローゼを一人にしないで!」
涙で視界が滲む。声も情けなく震える。
「いや! いやぁ……」
「ローゼちゃん。人はいつか死ぬのよ。そして、死んだ人は生き返らない。私は、ほんの少しだけ時間を貰っただけ。死者は潔く大地に還るだけ……」
抱きついた母の体は軽かった。
まるで空気に抱きついているみたいで。
それが怖くて、まるでお母様が消えているみたいで……。
「いやあ! いやだあ!」
駄々っ子みたいに泣き叫ぶ。
「ローゼちゃん……」
「いや、いや、…………いやぁ」
腕の中で消えて行く感触。
嫌だ、と。
ただそれだけを繰り返した。
泣きながら。
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話数がどうにかこうにか機竜に追いつきました!
この駄文を読んでくれている全ての方に感謝です!
そして、卒論が終わった…………眠い。
……予約掲載万歳。