15話 - 愚者の結末
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
その日、イシュタリア皇国はまるで終焉が訪れたかのように静まり返っていた。
理由はただ一つ、現在皇城で行われている皇妃様への査問会である。
それを起こしたのは、皇国軍部の頂点であり、監察機関の総帥たるアイオライト卿。
そして、皇妃エルレナを弁護するのは実家であるベリドットをはじめとする他二家だ。
政治の頂点であるガートを始めとし、残りの十二貴族は完全に様子見である。
だが、早朝に始まった査問会は午後を待たずに決着する様子を見せていた。
「ここに証拠は揃っている。エルレナ様が使用された毒物の入手経路など、全て」
「わ、私はそんなものは知りません!」
「ほう。一切知らないと申しますか?」
「え、ええ。し、知りませんとも」
黄金の巻き毛を揺らしながら、自らの罪を否定する。
査問会の開始当初こそ、ベリドット卿も娘を庇っていたが、アイオライト卿の並べる物証の数々に庇うのは無理と判断したのか、既に黙秘状態である。
皇妃様本人のみが未だに無駄な抵抗を続けている状態だ。
残りの貴族も既に皇妃様が皇王陛下に毒を持ったと確信している。
ただ、それを口に出さないだけ。
ともあれ、アイオライト卿の詰問は続く。
「ある商隊が、貴方の依頼で暁帝国に行ったというのは、商業ギルドの発行する通行許可証で記録が残されている。また、そこでその商隊が今回使われたであろう毒物を購入したというのも調べがついている」
「……」
「確かに商隊のリーダーを始めとする主要人物は軒並み死んでいたが、たまたま別行動をとっていた商隊の生き残りから、皇妃の使いと名乗る者から依頼された、という事を証明してくれた」
「……うく」
「勿論、その者が商業ギルドで消された商隊のメンバーだということも確認したし、ギルドの方でも間違いがないということを証明してくれた」
「……」
誰がどう見ても完全に詰みな状態だ。
だが、それでも皇妃様はそれを否定する。
「では、此方もあまり言いたくありませんが、さらに物証を並べましょう」
「――! 何を!?」
「皇妃様、此方をご存知ですか?」
「そ、それをどうして! それはちゃんと仕舞っておいた…………あ」
「仕舞って? 私はこれをご存知か? そう尋ねただけですよ?」
「……あ、う」
「……」
「……う、うう」
「皆様、ご注目下さい。此方は、今回アテリア陛下に盛られたと思われる毒物です。御典医に調べさせたところ、陛下の血中にこれと同じ物が検出されました」
「……」
黙りこんだ皇妃様とは反対に周囲に座していた十二貴族の当主や、次期当主たちがざわめきだす。
まぁ、当然だろう。
目の前に使ったと思しき毒物まで並べられたのだから。
当然父皇の代理として出席していた私も驚いた。
……まさか、こんなことが起きるなんて。
アッシュ様より、私を自由にするために行動を起こす、とは聞いていたが……。
まさか、こんなことが起きるなんて。
正に、青天の霹靂そのものであった。
「エルレナ様、既に状況はもう決まっております」
「……」
「まだ、お認めになられませんか……」
「……」
「……」
「……」
「そうですか、これ以上のことはしたくありませんでしたが。仕方がありません。止めを刺させていただきます」
「――っ!!」
「――陛下、宜しくお願します」
アイオライト卿の言葉が響き。
かくして、毒に伏せっていたはずの父――皇王アテリア・ハイリッヒ・ダ・イシュタリア二世――が、仮面の人物に支えられるようにして議場に姿を現した。
◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆
これは査問会が起こる数日前の出来事である。
◇◇◇
魔導術で光学迷彩を纏い、気配を消しながら、皇城の廊下を進む。
とりあえず、まずは件の皇王陛下の状態を見ようと忍び込んだのだ。
途中腕が立ちそうな近衛兵の近くを通り過ぎたが、上手く気づかれずに進むことが出来た。
一応、探索の魔導術で一帯は完全に調べつくしてあるので、皇王の居る場所までは迷うことはない。
後は、俺の腕次第である。
「……ここか」
荘厳な扉の前に辿り着く。
一応、ドアノブなどに罠や感知用の仕掛けがないことを確認して、そっと開く。
「お、いたいた」
開いた扉の奥には大きな部屋。そして、その奥に一人の老人が伏せっていた。
辺りに何もないことを確認すると、扉をそっと閉めて近づく。
そして。
「……ふん。やはりな」
噴き出た不快感に思わず、舌打ちが漏れそうになった。
皇王の顔は青を通り越して茶色、そして呼吸は不自然に安定している。
明らかに、人為的に眠らされている者の症状だった。
「まずは、検診だな」
一応、暁帝国にいる飲んだくれの爺さんから一通りの医術は仕込まれている。
簡単な検診程度なら可能だ。
目蓋を押し上げると、その瞳の状態を確認。後に脈と呼吸を確認する。
そして。
「ちょいと失礼」
指の先を切ると噴き出た血を、真新しい布地に染みこませる。
そのまま。
――治癒・実行。
治癒して傷を消す。
「……ふむ」
僅かに思考し。
「……やってみる価値ぐらいはあるか」
魔導術で呼びかけてみることにした。
――接続・実行。
(あー……。アテリア陛下、まずは聞こえていますかー?)
念話の魔導術を起動し、皇王の精神と接続が確立されたのを確認し、呼びかけてみる。
(此方は、まぁ、ローゼの使いみたいなものですわ。聞こえているのなら、お返事くださいな)
……。
(あー、もしもし!)
……。
(もしもーし!)
……。
……無理っぽいかな?
どうにも、駄目のようだな。
苦笑し、接続を切ろうとしたその瞬間。
(…………わしを……呼びかける…………者は……誰……だ?)
お。
(…………誰……だ)
途切れ途切れでは在るが、反応があった。
(俺はあんたの娘であるローズレット・ハートに雇われた傭兵だ)
(傭……兵? 傭兵……が……何のよう……だ)
(ああ。まぁ、簡潔に話すなら、あんたは毒を盛られたんだよ。皇妃様にな)
(…………………………)
(まぁ、最初から話そう)
ため息をつきつつ説明する。
(現在、ローズレット・ハート……つまるところローゼ、あんたの愛娘が皇妃様に軟禁されているんだよ。理由はローゼが精霊王ノアを持っていたからだ)
(……)
(でもって、その過程で調べて行ったら。あんたが、皇妃様に毒を盛られたことが分かったんだ)
(……)
(思い当たる節はあるかい?)
((…………))
僅かな沈黙。
やがて。
(…………ある……)
(……)
(……私の…………最後の記憶……は、エルレナと…………晩酌をした……記憶……だ。……エルレナ……が……持ってきた…………酒を……口に含んだ…………瞬間、…………意識が……遠のい……た)
(……)
(……今…………思え……ば、…………その酒に……何かしら……仕込まれて…………いた…………の……だろう……な)
(……そうかい)
思わずため息が漏れる。
(……エルレナ……は…………私を…………愛して……は……居な……かった)
(……)
(………………あの者は……常に…………皇の……座のみ……見て……いた)
((……))
再度の沈黙。
皇の精神からは悲壮な想いが伝わってくる。
そして、それがより一層やるせなさを誘った。
……。
(近いうちに皇妃を罪に問うつもりだ。もしかしたらあんたの力を借りるかもしれない。相手はあんたの妻かもしれないが、これもローゼのためだ、出張ってくれないか)
(……なぜ、…………娘の……ために…………動く……。…………お前は……誰だ?)
(俺が動くのはローゼの涙を見たからだ。まぁ、見捨てられなかったというのも大きいな。後、俺はただの流れの傭兵だ。それ以上でもそれ以下でもない)
(…………)
(信じろとは言わないが、信じていただけると嬉しいね)
(…………)
(ともあれ、協力はしてくれ。現在、ローゼは皇妃に軟禁されているし、先日はレオなんとかとかいう皇子に犯されかけた。流石に、このままにはしたくない)
(…………なん…………だと……! ………………………………わ……かった、……協…………力…………しよ……う)
娘が息子に犯されかけた。
流石になにもせずには居られないのだろう。
(……一応聞くが、あんたの妻と息子を追い詰めるんだぜ?)
(…………良い。お主の……よきに…………はから……え)
(……協力感謝するぜ、皇様)
礼を言い、念話を切ろうとする。
だが、それを制する声があった。
(…………待……て…………!!)
(お? どした?)
(……ユス……ティーツア…………は……どう……し……た? なぜ…………、娘が…………ラグネ…………に……居る……?)
(ユスティーツア……。……ローゼの母親か?)
(…………そ……う…………だ)
(……。……ローゼ曰く、既に大地に還ったそうだ)
(………………………………………………そ…………う……か)
(んで、あんたの命を人質にして、皇妃がラグネに呼びつけたんだよ)
((……))
再三の沈黙、やがて。
(…………何処の……誰……かは……分から……ない……。…………だが……、……お主に……任せ……る。……どうか…………娘……を……助けて……く……れ)
(任せろ)
請け負ったと返し、念話を終えた。
宿に帰ると、ルーナが軽い寝息を立てていた。
口から涎をたらし、寝言を呟いているその姿は、なんというか高位幻想種としての威厳とかカリスマとか、その他諸々がいろいろと台無しである。
……はぁ。
ため息一つ。
「うらっ」
げしっ。
「むあっ! 何事!」
とりあえず、ベッドから蹴り落としてみた。
手早く書いた手紙と、皇王の血が染み込んだ布。
その二点を、巨狼と化したルーナの首に括りつける。
「……とりあえず」
――転写・実行。
俺の記憶領域から必要な記憶をルーナに与える。
対象の精神に干渉する術も、時間をかけて丁寧に行えば、副作用は抑えられる。
「この白澤っつー飲んだくれの爺さんに届けてくれ。後は手紙を読んだ爺さんが全てをこなしてくれるはず、だと思うから」
(なんとも言葉に自信がないのう)
「あー……、まぁ、頼むわ」
……あの爺さんだしなぁ。
一応ガリアーナに居るときに既に手紙を送ってある。「もしかしたら、解毒を頼むかもしれない。だから準備しておいて欲しい」と。
あの爺さんも普段はエロ爺で飲んだくれだが、真面目とおふざけの境は理解しているはずだ。恐らくは大丈夫だろう。
後は、ルーナの移動速度を信じるだけだ。
イシュタリア皇国と暁帝国はかなり離れているが、月神狼の健脚なら問題ないだろう。
「お前が解毒剤を持ってきてくれればそれでことが起こせる。そして、それでローゼを縛る鎖を一気に砕ける。頼んだぜ」
(任せよ、我が君。それに我もあの娘が嫌いではない。一つ奮起するとしよう)
ルーナは力強く頷いた。
◇◇◇
◆◆◆【ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア】◆◆◆
アイオライト卿以外の全ての者が呆然としている。
当然、私もだ。
「エルレナ、このような再会になって残念だ」
「な、あ、……あ、あ、貴方」
「アイオライト卿よ、私はエルレナが持ってきた酒を口に含み、意識を失った。私が証人になろう」
「……な、あ、あ。……ま」
「ご協力感謝します、陛下」
絶句して言葉を紡げない皇妃様を他所に。
「では、エルレナ様。貴方を陛下への毒殺未遂と王権簒奪の罪で拘束させていただきます」
監察機関総帥は宣言した。
……。
一瞬だった。
場に光の結界を作り上げられ、同時に私以外の人が結界の外にはじき出されたのは。
……。
そして、その原因である王妃様はゆらりと幽鬼のように立ち上がった。
「お前さえ居なければ! お前さえ! 居なければあああああ!!!!」
目を血走らせ、口角から泡を飛ばしながら皇妃様が私に向かって絶叫する。
王権簒奪への失敗、自らの失脚。
その全てが憤怒へと変換され、皇妃様を突き動かしたのだろう。
皇妃様の背後には光り輝く光球が浮かんでいる、恐らくは陽光精。
「死ねぇええええっ!」
皇妃様の目の前に光が集束したかと思うと、強大な光条が放たれた。
私の中に精霊王がいれば防ぐのも難しくはなかっただろう。
しかし、その精霊王も今はいない。
そして、突然の事態に、私は目を瞑ることすら出来ないでいた。
キュボッ!
轟音が発生するが、私に痛みはない。
なぜなら光は私には当たらなかったからだ。
だけど、私は悲鳴を上げた。
「アッシュ様!」
そう。
父を支えていたはずのアッシュ様が光と私の間に割り込み、一撃を代わりに受けたのだ。
恐らくは結界は展開される寸前に内部に入り込んだのだろう。
「アッシュ様、だいじょう――」
咄嗟に、その黒い外套にすがりつきその是非を問う。
しかし、その言葉は続かなかった。
代わりに、女性特有の柔らかな声が聞こえた。
「…………あらら、ばれちゃいましたね」
仮面が砕け、その素顔が露になる。
しかし、仮面の下にあったのは、ここ最近で見慣れた傭兵の物ではなかった。
時が止まる。
我を忘れるほどの激情に身を任せていた王妃様も、結界内に突入しようとしていたアイオライト卿も。そして、結界の周囲にいた他の貴族達も。
……。
そして、私と父も。
サラリと、私と同じ真紅の髪が揺れる。
それはそうだろう。
私の髪の色は目の前の人物から受け継いだのだから。
私は、ただ一言だけ呟いた。呆然と。
「――お母様」
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