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14話 - 前日譚

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 くああ、と口を大きく開けて欠伸をする。

 あの後、カルディエの姐さん愚痴に付き合わされて晩を明かしてしまったのだ。

 とりあえず、明け方にようやく沈黙したウワバミは自宅のベッドの上に放り投げてきた。

 何だかんだで面倒見がいい自分に、思わず苦笑した。

「まぁ、必要経費と割り切ろう」

 カルディエの姐さんは監察機関の長だ。

 これから俺が行うことには姐さんの協力が必要不可欠。

 条件が整い次第、ことを起こす手はずではあるが、その先駆けは姐さんである。

 俺のような怪しい輩に協力してくれるのは嬉しい。

「……くく、姐さんも何だかんだで人がいいな」

 いや。

「身内に甘いのかな?」

 俺が「貴方の姪の為」だと言ったら態度を百八十度変え、協力的になった。

 カルディエの姐さんと同じ、真紅の髪(・・・・)をした少女に思いを馳せる。

 真紅の髪は十二貴族が一つ、アイオライト家に連なる者の証である。

「……くく」

 思わず苦笑がこみ上げる、が。

 ぐらっ。

 足元が不安定にゆれた。

 ……。

「…………もう、寝よう」

 とりあえず、全ての思考を閉鎖し、宿のベッドにダイブした。


 Gute Nacht .






 ……。


 寝て起きたら、既に日が沈んでいた。

 誤字に在らず(笑)。


「やべ、やっちまったわ」

 歓楽街を歩きながら後頭部を掻く。

 アルコール+愚痴は思った以上に大きなダメージだったらしい。

 口元に苦笑いを貼り付ける。

 ……やれやれ。

 ともあれ。

「晩飯にでもするかねぇ」

 ぐきゅるるる~。

 我に晩飯を寄越せ、とばかりに主張する胃に苦笑しながら歩みを速めた。




 俺はガート家の失敗作として烙印を押されていた。

 家では家人すらも俺をいないものとして扱った。

 結果として、俺は日々の食事すらままならない日々を送ったのだ。

 そんな俺がどうして三年間も生き延びたかというと。

 答えは簡単。

「おじさん、いるかーい?」

 こんな俺でも手を差し伸べてくれる人がいたからだ。


 帝都(ラグネ)の大通りを外れた裏路地。

 そこに古びた大衆食堂がある。

 古びた外見に、古びた雰囲気。だがどこか温かみを感じさせる何か。

「へい、お待ち」

 店の奥から逞しい腕をした親父さんが出てきた。


「おじさん、久しぶり! 俺を覚えてますか?」

「…………?」

「あらら。まぁ、最後にあったのが三年前だから仕方ないかもしれないけど」

 苦笑を一つ。

「ガート家の不肖の息子ですよ。よく余り物を恵んでくれたじゃないですか」

「…………。……おお!」

 暫くの間が空き、ポンと手を打つ。

「アシュレイ! アシュレイか!?」

 どうやら思い出すことに成功したらしい。

 それを嬉しく思いながら、頷く。

「ええ、そのアシュレイ・ガートです。まぁ、今はアッシュって名乗ってますけど」

「よく来たな! おおい、お前らも来い! 懐かしい顔が来たぞお!」

 おじさんは厨房に声を掛けると、俺を奥の席に案内してくれた。


「あらあら、まあまあ。久しぶりだねぇ。元気にしていたかい?」

「久しぶり、アシュレイ君」

 最初の言葉は女将さん、次の言葉はこの店の娘さんだ。

「ええ。中々に波乱万丈な人生だったけど、元気でやってましたよ」

「波乱万丈の人生とは言ってくれる、若いのにねぇ」

 バンバンと逞しい掌で背を叩いてくれる。

 この感触も懐かしいな。

 僅かに笑いながら言う。

「ええ、波乱万丈ですよ。これでも傭兵業兼行商ですからね」

「傭兵? 戦争屋をやってるのかい?」

「いえ。俺はモンスターや害獣の討伐、それに護衛業が主ですよ」

「なるほどねぇ」

「昔の文無しと違って、今はちゃんと文有ですよん」

「わははは。あの洟垂れ小僧が言うようになったわ」

「げほっ、痛いですって」

 背を叩く手に苦笑しながら文句を返した。

 と。

「おら、久しぶりの焼肉サンドだ」

「おお! この食欲をそそる匂い! 実に久しぶり! いただきまーす! うまー!!」

 俺の前に大きなサンドイッチが置かれる。

 こんがりと焼けたパンに、いい匂いのする揚げた豚肉。

 お手軽に残り物で出来るメニューであり、俺の大好物だった。


「うまー、うまー!」

「その食いっぷりも懐かしいねぇ」

「うまー、うまー!」

 見れば、他にもスープやジュースも置かれている。

 恐らくはおじさんがサービスしてくれたのだろう。

 正に、うまーである。

 ……。


 食後は温かい茶を啜りながらの会話だ。

 三年ぶりの再会である。

 積もる話は山ほどある。

 特に、この店の娘――ジュリサ――が面白い話をリクエストしてきたのだ。

「そうですね。面白い話というなら、南方諸島連合で商船の護衛をしたとき、うっかり誤って海に落っこちましてね、しかもそのままどこをどう間違ったのか鯨から求愛されたんですよ」

「……うわあ」

「しかも、そこに巨大な烏賊が乱入してきて、この世の地獄を味わいましたよ。俺の嫁さんは笑い転げていたが、当事者としては実に笑えなかったなぁ。うん」

 鯨と烏賊の求愛から必死こいて逃げ回ったのは実にいい思い出である。

 もちろん悪い意味で、だが。

「そうだな、他には。…………グルジア同盟体から暁帝国に向かう最中に、病気で死に掛けのドラゴンに出会いましてね、嫁さんの方針で何故か助けることになったんですよ」

 ……しかもよりにもよって黒焔龍(ヴァリトラ)

「治療の痛みに暴れるまわるドラゴンを押さえるのに手を焼いた覚えがあるなあ。…………あ、文字通り焼かれましたけどね、五回程」

 黒焔龍とは月神狼(ルーナ)と同ランクの数少ない高位幻想種であり、大陸有数の力の持ち主である。分かりやすく言うのなら、つまるところ伝説のドラゴンと呼ばれる存在である。

 口外は出来ないが、治療が終わるまでに七回程殺されたのは実にいい思い出である。

 当然の如く悪い意味で、だが。

 ……。

 見れば、娘さんは笑っているが、店主ご夫婦の顔は引き攣っていた。

 ですよねー……。


 と。

「おやじー! いるかー!!」

 扉のほうからやかましい怒声が聞こえた。

 何事かと、目を向けると。

「地上げ屋だよ。ここを売れって五月蝿いんだ」

 ジュリサが説明してくれた。

 ……地上げ、ね。


「また、お前達か。いい加減に諦めろ」

「そういう訳ににゃいかねーんだ。こちとら待っているお方が居るからよ」

「俺はここを売るつもりはない。ここは先祖代々の土地だ。諦めろ。そして帰れ」

「それで、はい分かりました、っつーわけにゃいかねーんだって」

 失礼な男の背後に翠妖精(シルフ)が現れる。

「営業妨害か、いい加減訴えるぞ?」

「無理だな。以前警邏に訴えても無理だっただろ。うちのボスが意外にやり手でね」

「くっ」

 にやにやと笑う男の言葉を聞いて、納得する。

 今は丁度夕飯時だ。

 それなのに、この店には客が少ないと思ったのだが、そういう事情があったようだ。

 おばさんとジュリサの方を見れば、共に暗い顔をしている。

 ……ふむ。

「おらっ」

 ブォンッ!

 暴風が辺りを支配したかと思うと、室内にあった机や椅子をバラバラに切裂いていく。

「や、やめろっ!」

「大人しくしてろ!」

「がっ!」

 おじさんが衝撃で吹き飛ばされる。

 精霊にもランクや力の強弱がある。

 翠妖精は中位の精霊であり、それなりに力がある。

 一般市民の、それも非戦闘用の精霊では抗うのは難しいだろう。

「じゃあ、今日も頑張ります!」

 いやらしい笑顔で男はそんな宣言し。

 轟ッ!

 此方に向かって風刃を放ってきた。


「キャアアッ!」

「やめろぉおお!」「ジュリサ!」

 ジュリサの悲鳴。そしておじさん、おばさんの絶叫。

 けして死にはしない、けど無事でもすまない。そんな威力だ。

 尤も。

 パシィンッ!

 ジュリサに当たる前に風刃が砕ける。

 否。

 風刃が砕かれた、俺の拳で。


「なんだ、お前? 邪魔するのか?」

「……」

 ――転移・実行。

 無言で空間を渡ると、男の頭上に転移する。

 そのまま。

 ゴキィッ!

 重力落下と全筋運動を利用し、鋭く重い踵落しを男の右肩に叩き込む。

 ……いい音がしたな。折れたか?

「ぎ――」

「――フッ」

 悲鳴を上げるが、無視。

 そのまま降り立った反動で、全身を持ち上げるように動かす。

 足の裏、足首、膝、太腿、股関節、腰、脇、肩、肘、手首、掌。

 震脚からの掌底打ち。

 間接や筋を瞬時に連動させ、力を爆発的に練り上げていく。

 形としては発勁に近い。

 そして。

 ズドンッ!

 おおよそ人体と人体の接触が立てるには不似合いな轟音を立て、男が建物の外に叩き出された。

 ……内臓破裂多数に胸部の複雑骨折多数。死んだな。

 つまらなそうに男の結末を見届け、そしてどうでもいいかと、その思考を閉鎖した。


「おじさん」

「な、なんだい?」

「地上げは何時頃から?」

「…………半年前ぐらいからだ。だが、知ってどうするつもりだ?」

「……」

 黙ったまま、机に代金を置く。

 恐らくここで多めの代金を置いてもおじさんは受け取らないだろう。

 おじさんはそういう古いタイプの頑固な人間だ。

 故に。

「ご馳走様でした。この後、ちょっとばかりゴミ掃除に行ってきますよん」

「こ、こらアシュレイ。お前、どこに行くつもりだ」

「内緒ですぜ」

 片目を瞑り、ウインク。

 おじさん達からは今まで返せないほどの大きな恩を貰っている。

 だからこそ。

「ちょっとした、恩返しですよ」

 笑い、手を振って、食堂を出た。


 ――干渉・実行。

 男の死体に手を振れ、その記憶領域より必要な情報をまとめて引きずり出す。

 そのまま。

 ――分解・実行。

 男の骸を原子分解し、目に見えぬ程の塵に還した。

「俺の聖域に手を出すとは無礼な輩どもだ。その罪、その命で贖えや」

 唇の端を吊り上げ、嗤った。

 その嗤いは、宛ら悪魔ですら裸足で逃げ出すほどに歪なものだったと言う。




 その日、一つの裏組織が人知れず消えた。

 構成員も誰一人見つかることなく行方知れずになり、その組織を統括していたボスは、惨たらしい死体で見つかった。また、辺り一体を買い占めようとしていた貴族は自室にて植物状態で見つかった。

 曰く、自業自得、因果応報。






 そして、深夜遅く。

 窓辺に腰掛け、静かに酒盃を仰ぐ。

 そして。

「――来たか」

 嗤う。

 その背後に、音もなく巨大な銀狼が表れた。

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