13話 - 深夜の密会
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「あ゛~…………。…………ちかれた」
宿のベッドに倒れこみながら呻いた。
ローゼが貞操の危機にあってから凡そ一週間。
情報を集めたり、ばら撒いたりするため皇国中を駆け回ったのだ。
一応、あれ以降は部屋に思考操作の結界を張ってあるから問題は起きていない。というより起こさないように注意している。
ともあれ、着々と準備は整ってきているのだ。
アイオライト卿やガート卿に情報をそれとなく与えたり、王城内やベリドット邸内で情報を収集したりと、ローゼを縛る鎖を解くための鍵は徐々に揃いつつある。
後は……。
「ルーナが戻ってきたのなら、全てが揃うな」
現在この地を離れ、遠く別の国に赴いている番犬に想いを馳せた。
夜空に輝く黄金の月が辺り一体を照らす。
「……」
約束の刻限まではまだ時間がある。
窓辺に腰掛け、静かに酒盃を仰ぐ。
ここには番犬も、弄るべき対象もいない。
「…………くく」
思わず苦笑がこみ上げた。
「……静かだな。…………寂しいなんて感情は久しぶりだ」
ソフィアと別れてから暫くの間は一人旅だった。
しかし。
「どうやら、俺にとってあいつらは多少以上の救いだったんだな」
寂しい。
孤独に恐怖し温もりを求める、人の感情。
……。
だが、その感情を覚えるのは本当に久しぶりだった。
ソフィアが亡くなった直後の俺は、正直自分で言うのもなんだが、まるで抜け殻のような状態だった。
喜怒哀楽の全てが抜け落ちた、と言ってもいい。
本音を言えば、ソフィアを追って自殺しようとも思った。
だが、ソフィアとの約束で、後を追う事はできなかった。
しかしおれ自身がこの世界に対して生きる意味を失ったのだ。
虚無
心の中にぽっかりと穴が開いた。
……。
そのぐらい俺にとってソフィアは大切だった。
そして、そんな俺が今ようやく寂しいという感情を思い出した。
「……」
……やれやれ。
表情と内心、その両方で苦笑いをした。
トンッ。
軽い音を立てて大地を蹴る。
――設置・固定。
そして、そのまま宙に設置した足場を軸に、さらなる上空へと駆け上がっていく。
トンッ。トンッ。トンッ。――タンッ。
最後に降り立った場所は、真横を雲が流れていく遥か天空。
吐く息は白く濁り、肌を刺す暴風はまるで身を斬るかのような痛みを伴う。
「……いい景色だ」
下には広大な光の海、上には雄大は星々の海。
そこには人の思惑の全てを嘲笑うかの如きすばらしい光景が広がっていた。
そして。
「ああ、全くだな」
背後から僅かに怒り半分、苦笑半分といった声が聞こえた。
「草木も眠る丑三つ時にこんなところに呼び出すとはな。…………まったく、十二貴族を何だと思っているんだ」
待ち合わせの相手――皇国十二貴族、アイオライト家当主カルディエ・フォン・アイオライト――はぼやいた。
真紅のドレスと背から生えた緋焔の翼が夜空に映える。
また、ローゼと同じ真紅の髪が、より一層それを引き立てていた。
「悪いね。今の皇国内で密会する場所を探すというのは、意外に難しいんだ」
「……ふん」
「まぁ、怒らないでくれって」
思わず仮面の下で苦笑する。
……相変わらず気難しいなぁ。
「まぁ、誘いに乗ってくれたということは、そちらの調査で進展があったと見ていいのかな?」
「ああ。どうやら、皇妃様が毒を持ったというのは真実らしいな。此方の手の者が証拠を押さえた」
思わず、感歎の声が漏れた。
「……ほう。購入ルートは既に潰されたと聞いていたのだが」
「ああ。だが、そこに携わった人間全員が消されていた訳ではない。此方もその道のプロだ。いくらでも調べる方法はある」
「優秀なこった」
「まぁ、お前の正体は調べきれなかったがな」
「…… ( ´・ω・`)」
意地悪そうに笑い、続ける。
「さて、皇妃様が下手人である証拠だが、皇妃様の装飾品を納めている宝石箱の中からこんなモノが見つかったんだ」
「――へぇ」
カルディエは懐から取り出した小さな袋に目をやり、嗤った。
皇城内には派閥ごとにかなりの数の密偵が居るのは知っていたが、皇妃の私室にまで忍び込めるほどの手練を飼っているとは、正直たいしたものである。
「あとはこれの成分と、皇王陛下の血から検出した毒の成分が一致した」
「……」
「有罪だ」
……ご愁傷様。
ラグネが一望できる丘で二人だけの宴会。
場には俺が取り出した肉やチーズ、各国の著名な酒が並んでいる。
夜遅くに呼び出した代金として要求されたのだ。
……やれやれ、高いんだけどなぁ。
「様々な男と酒の席を共にしてきたが、ここまで胡散臭い男と共にしたのは初めてだよ」
「言ってくれるなぁ。俺だって、ここまで年――」
「あ゛あ゛?」
「――妙齢の美女と飲むのは初めてだよ? うん」
声が震え、微妙に挙動不審になったが、場を極寒の暴風の如く荒れ狂う殺気の前ではしかたないだろう。
「口は災いの元。肝に銘じておきたまえ」
「ハイ、キモにメイジテオキマスデス。ハイ」
逆らってはいけない。
俺の本能という本能の全てが、そう訴えていた。
……。
酒が進むと口が軽くなる。
俺にそう教えたのは、俺に酒を教えた暁帝国に居る飲んだくれの爺さんだった。
そしてその教えは、どうやら目の前にいる鋼鉄の淑女にも当てはまったようである。
「私はけしてもてないわけではない! 見合う相手が居ないだけなのだ!」
「……ああ。はいはい」
「まったく! 世の男共は皆腰や胸、顔ばかりに目を向ける。女の魅力はそこだけではないというのに!!」
「……ああ。そうですね」
「この前など、お父様の勧めで見合いをしたら、その晩にベッドに押し倒されたのだぞ! レディ相手になんて失礼な! 浪漫の一つでも理解しろと言いたい! 返り討ちにしたが!」
「……ああ。その通りですね」
「皆見るのは、十二貴族としての私だ! 少しは私個人として見て欲しい! そう願うのは間違いなのか!? ああ、もう腹立たしい!」
「……ああ、全く持ってその通りですね! チクショウ!」
「何か言ったか?」
「…………いえ、何も」
「私はけしてもてないわけでは――」
以下エンドレスリピート。
……誰か助けて?
深い深い、それこそ奈落の底のように深いため息をついた。
◆◆◆【ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア】◆◆◆
深いため息をつく。
今日もまた、義母がノアの行方を詰問してきたのだ。
尤も、アッシュ様に受けた精神操作の結果か、以前のように蛇のようしつこく問うことはせず、途中で諦めたように帰ってしまったが。
とはいえども、好んでいない人との会話は疲れる。
「ふう、疲れました」
ため息を一つつき、ベッドに腰を落とす。
と。
ポンッ。
黒い手袋に包まれた手が私の頭の上に置かれた。
(お疲れ)
「アッシュ様」
仮面の男は苦笑の気配を放ちながら、頷いた。
どうにも、アッシュ様は最近仮面を取らないし、口で喋ることもしない。
曰く「まぁ、いろいろと」らしい。
まぁ、元々が変人の極みであるし、本人が「いろいろと」というなら、それこそいろいろあるのだろう。こちらも気にしないことにする。
ともあれ。
(近いうちに、ことを起こす。まぁ、正直宰相がうざったいけど、大丈夫だろう)
「分かりました。お願します」
(おう)
軽く手を振ると、そのまま備え付けのソファーに座り込んで読書を始めてしまう。
……?
どうにもアッシュ様らしくないような気もするが。
まぁ、いいです。
軽く一息をつき。
「おやすみなさい、アッシュ様」
枕元の明かりを消し、ベッドに横になった。
まどろみに沈み行く中。
「……おやすみなさい、ローゼちゃん」
懐かしい母の声を聞いた気がした。
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