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12話 - 皇妃様と宰相様

誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。

 ……完全に俺の失態だな。

 あまりの自己嫌悪に、握った拳に血が滲む。

 いくらなんでも実際に手を出すはずが無い、そう思っていた自分を殺したくなる。

 権力の亡者が何をしでかすか分からない。そんなのは当然のことだった。

 ……くそがっ。

 俺の膝を枕に寝ている少女に目を落とす。

 まるで、父親に甘える少女のようだ。

 ……目を離す分けには行かなくなったか。

 深い、深い、奈落のように深いため息を、一つ。

 虚空に視線を走らせる。

 ……しょうがないな。

「ま、一つ奮起してみるかね。……出番だぜ、タナトス(・・・・)




 ◆◆◆【ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア】◆◆◆



 乳白色の雲に包まれているかのような感触。

 靄が掛かった思考と体内時計で現状を判断する。

 ……朝?

 しかし、少し疑問が浮かぶ。

 王城に来て以来起きるたびに感じていた不快感を、今朝に限っては感じない。

 むしろ、使い込んだ毛布にくるまれているみたいな安心感がある。

 ……はて、何でしょうか?

 僅かに考えるが、回転の上がらない頭でそれを考えるのは無理っぽい。

 ともあれ、起きましょう。


「……ん」

 身を起こし、目をこする。

 と、頭の上から声が降ってきた。

「よう。起きたかい? いい朝だぜ」

「…………………………………………………………え?」

 そっと顔を上げると。

「よ!」

 そこには、ここ最近見慣れた無礼者の顔があった。

 反射的に手を振るった。

 パァンッ!


「酷くね? 酷くね?」

「ご、ごめんなさい!」

 完全に此方に非がある。

 昨日の記憶を思い出したのは、腕を振りぬいた後だ。

「え、何? 微妙に喧嘩売られてる?」

 その頬には赤い手形。いい音が鳴った結果である。

 その表情は怒りのせいか微妙に引き攣っている。

「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

「ぶー! ぶー!」

「本当にごめんなさい」

「横暴だー! 横暴だー! 我ら労働者にもっと労わりをー!」

「あの、その……。ご、ごめ、ごめんな……」

 思わず、視界が涙で歪む。

 怒りに引き攣っている表情を見て怖くなったのだ。

 ここで捨てられたら私は壊れてしまう。そんな予感がしたから。

「あ、あらら。いや、ちょっと待て。な、泣くなって。な、怒ってないから」

 その後、暫くアッシュ様の焦ったような声が続けられた。


「ごめんなさい、ごめんなさい」

「ったく。泣くなって」

 逞しい手が頭を撫でてくれる。

「……ごめんなさい」

「ま、置き抜けだししかたないさ」

 苦笑している。

 と。

「それに、俺としてもいい目見させてもらってるしな♪」

「え?」

 自分の状況、正座を崩したような女座り、アッシュ様の目の前、因みに二人揃ってベッドの上。

 でもって自分の状態、黒いショーツ一枚のみ。他、一切無し。

「……」

「……」

 僅かな間。

 やがて。

 パシィンッ!


 アッシュ様の反対側の頬にも赤い手形が刻まれた。




 ◆◆◆【アッシュ・グレイ】◆◆◆



 両の頬がひりひりと痛む。

 現在ローゼはシーツで体を隠して此方を睨んでいる、涙に滲んだ目で。

「うー……」

「あー、悪かったって」

 なにやら、納得できない気もするが。

 ……まぁ、いいか。

 内心で苦笑し。

「俺は行くぜ。このあといろいろと暗躍せにゃならんからな」

「え? …………行っちゃうんですか?」

「あー……。直ぐに戻ってくるって。だから、そんな雨の日に捨てられた子犬のような目をするなって」

「でも……」

「大丈夫だ。な」

 僅かな間、そして。

「…………嫌、です」

「は?」

 ぎゅっ。

 力いっぱいに抱きしめられる。

「いっちゃや、です」

 えー。

「お願いです、ここに居てください。……………………一人にしないで……」

 ……。

 ……あー……。


 ……。

 とりあえず、フルフェイスの仮面を被る。

「十分だけ出掛ける。直ぐに戻ってくるよ」

 ローゼが俺を放さないので、十分限定で出掛ける許可を取ったのだ。

 ……あー、やれやれ。

 ………………………………疲れる。

「お願いです。……直ぐに戻ってきてくださいね」

 ……上目遣いのお願いとは、レベルがたけえな、おい。

「ああ。安心しろって」

 ……まぁ、乗りかかった船だ。最後まで付き合うさ。

「直ぐに戻るよ♪」

 心配げに見つめる真紅髪の少女の頭を一撫でし。

 ――展開・同調。

 透過の魔導術を自らの身に重ねた。






 因みに。


「……えと、アッシュ様」

「およ? なんだい?」

「……あの、何ゆえに仮面などを?」

「HAHAHA!! 決まっているじゃないか」

「?」

「影でコソコソ暗躍するのなら、やっぱり黒ずくめで仮面、と」

「……」

「さあ! 今日も頑張って暗躍や謀略に励んじゃう☆ZE♪」

 なぜかローゼの目が、痛い人を見る目だった。


 失礼な!




 ◆◆◆【エルレナ・ベリドット・イシュタリア】◆◆◆



 オープンテラスで優雅に紅茶を啜る。

 空は晴天。風も温かく心地よい。

 しかし、その心の内は曇天の空の如く曇っていた。

「……あのっ、雌猫っ!」

 此方を怯えたような目で見てくる少女に苛立ちが募った。


 皇国の掌握はベリドットの悲願だった。

 軍事はアイオライトが、政治はガートが、それぞれ掌握している。

 故に、皇王の座と精霊王(ノア)を手に入れることが何よりも重要だったのだ。

 だからこそ、私以外の妃候補をあらゆる手段を用いて貶めてきた。

 謀略や謀殺。文字通りにあらゆる手段を用いて排除してきた。

 結果として妃となり、子を儲けた。

 だというのに。

 だというのに!


「……」

 皇王は私に内緒で子を作り、そして精霊王を継承させた。

 全てが台無しである。

 愛してもいない男と閨を共にし、子供を産むという屈辱にも甘んじたというのに。

 その、全てが台無しだ。

 しかも、呼び戻してみれば、その身には精霊王は宿っていなかった。

 精霊王が手元にあると主張するからこそ、ジェイドとトルマも賛同してくれているのだ。

 それがないとわかると、いつ掌を返されるかわからない。

 それに、目障りな宰相(ガート)も「それ見たことか!」と騒ぐだろう。

「……くっ」

 全てはあの雌猫とその母である泥棒猫のせいだ!

 ふつふつと湧き出す憎悪と憤怒が止まらなかった。


「……あの雌猫、娼館にでも売り飛ばしてやろうかしら」

 ……いや、それはまずい。

 他の貴族どもはあの雌猫に精霊王が宿っていると思い込んでいる。

 どこかに売り飛ばしても、即行身請けされるのが、オチだ。

 それに、なんだかんだで皇王の直系である。

 雌猫を擁しての皇位継承権など騒がれても面倒である。

「やはり、レオのペットにするのが一番かしらね……」

 そのまま愛玩具として使い潰し、適当な所で処分するのが一番だろう。

 大きく深呼吸をし、胸の内に渦巻くどす黒い感情を押さえ込んだ。




 予想通り、直ぐに宰相であるガート卿が面会を申し込んできた。


「相も変わらず見目麗しいですな、皇妃様」

「ありがとうございます。して、何用ですか」

 はい、と頷くと。

「まずはアテリア陛下のご息女にお目にかかりたいのですが、合わせて頂きたいのです」

 ……やはり、そう来たか。

 これで、既に三度目だ。

「なりませぬ。ローズレットは長旅の疲れで伏せっています。今は合わせるわけにはいきません」

 そうですか、と頷き言葉を続ける。

「では、何時頃なら許可をいただけますか? 私も皇国を支える臣民の一人として、陛下のご息女には挨拶をしたいのですよ」

 好々爺と微笑む宰相。しかし、その瞳の奥には冷徹な光が灯っている。

 ……狸め。

「ええ。その心意気は立派です。しかし、伏せっている女に強引に会おうというのは、少々頂けませんよ」

「おっと、これはわしとしたことがうっかりしておりましたな。まこと、申し訳ない」

「ほほ、構いませんよ。…………そうですね、復調し次第知らせることとしましょう」

 僅かに考える仕草を見せた後に言った。

「分かりました。お待ちしております」

「はい」


 ……。

 それから他愛ない会話で時間を消費する。

 しかし、宰相が思い出したかのように、ふと問いかけてきた。

「ところで、皇妃様。少し気になることを耳にしたので、お聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」

「ええ。 ……なんでしょうか?」

「実は、ローズレット殿下の中には精霊王ノアは存在しない、と」

「っ!!!!」

 一瞬呼吸が止まった。


 ……何ゆえ、それを知っているのです!?

 その情報は、絶対に知られてはいけない情報ゆえに注意深く秘匿したのだ。

 王宮の中には様々な派閥の密偵が居るのは理解していた。

 そしてそれを理解したうえで、注意深く隠した。

 除法操作には自身があった。

 しかし、だれよりも知られては困る相手が、それを知っていた。

 ……どこから漏れた?

 わからない。

 わからないが、今はそれどころではない。


「皇王陛下には既に精霊王はいない。それは互いに事実として認識していたこと。そして、皇妃様はローズレット殿下の中に精霊王が居るとおっしゃられた」

「……」

「しかし、私の耳にはローズレット殿下は精霊王を持っていないと入ってきている。はて、これはどういうことなのだろうか? と」

「……」

「皇国皇王の座を継げるのは十二精霊の主たる精霊王ノアを持ちし者。皇妃様の言い分ではレオナルド殿下がローズレット殿下を娶ることで、皇王たる資格を得るというもの。しかし、そのローズレット殿下が精霊王を持たないのでは、それ以前の問題なのではないかと……」

「……」

 そう。

 憎たらしくもアテリアがレオナルドに精霊王を継がせなかったから、あの雌猫を娶るという変則的な方法で皇王たる資格を得ようとしたのだ。

 しかし、現実としてあの雌猫が精霊王を持っていなかったので、それも難しくなってきたのだ。


「あらあら、宰相殿ともあろう者が、そんな与太話をしんじるのですか? 問題ありません。ローズレットの中には、ちゃんと精霊王はおりましたよ」

「……」

 ……それに、ローズレットの中に精霊王が居なくて困るのは宰相殿のほうではありませんか?

 暗にそう訴える。

 宰相は、レオナルドではなく、皇王より直接精霊王を賜った雌猫を次期皇王にしようとしている。雌猫の中に精霊王がいなくて困るのは宰相殿の方が大きい。

「……そうですか、それは安心しました」

 微笑みながら続ける。

「では、ローズレット殿下と面会できる時をゆるりと待つこととしましょう」

「……」

「……では失礼します」

 ……。


「くっ!」

 緩やかに去っていく背中に思いっきり塩を振りかけてやりたくなったのは言うまでもなかった。

ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。


皇国編が終わるまでシリアス分が増加傾向にありますです、ハイ……。

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