10話 - 僅かな勇気、そして信頼
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
これはまだガリアーナの街に居たときに交わされた会話。
◇◇◇
「ラグネに向かうのかね? 若いの」
「ああ」
「そうかい」
好々爺とした店主の仮面を取り外し、情報屋は告げる。
「……現在、首都ラグネでは政変の真っ最中だよ」
「……なんだと!」
「現皇王のアテリア陛下がお倒れになったのさ」
「しかし、次代の後継者、皇太子がいるだろう。それに宰相も。なぜ政変なんか?」
「その宰相と皇太子、というより宰相と王妃様が争っているのさ」
「馬鹿な!」
「理由は簡単。皇王の証たるモノ、つまり『精霊王ノア』が行方知れずになったからさ」
「っ!!!!」
「王妃様が気づいたのさ、皇王の中に既に精霊王が居なかったのをね。それで、宰相であるガート卿が王妃様とそのご実家であるベリドット卿と争っているのさ」
「……」
「精霊王が幻想世界に帰ってないというのは判明している。故に、皇王様が既に誰かに継承したということなんだろうさ。そして、その継承者を手に入れれば万歳。あわよくばその継承者と自らの血筋とで子を作り、継承させれば、めでたく王家を自らの物に出来る」
「……」
「上の連中というのは権力に目がくらむと、やることも派手だからねぇ」
ローゼの馬車を襲っていた連中。
あれは賊の格好をしていたが、けして賊などではないだろう。
全体が連携していたし、なにより、その体つきだ。
あれは正規の訓練を受けた者の体だ。
故に、情報屋に来たのだが……。
……おいおい。洒落になってねーぞ。
背に冷たい物が流れた。
もし、この情報が本当なら、ローゼの正体は……。
「今回の騒動に対して十二貴族の動きは? 出来れば正確に知りたい」
「高いよ、若いの」
爺さんが笑う。
……。
このようなヤクザな世界では相手の足元を見るというのは常識だ。
俺とて、足元を見たことも見られたことも数え切れない。
だが、正確な情報というのはそれを理解したうえで、なお求める必要があるのだ。
苦笑する。
「なら、交渉の前に一つ質問だ。俺も急いでいるのでね」
「応えられる範囲ならな」
まさに狐と狸の化かしあいである。
「情報屋、あんたは、今回の事を何処まで知っている?」
僅かな間が空く。
「なるほどなぁ、そう来るか」
情報屋は感心したように笑う。
つまるところ、俺は「お前の情報の価値を教えろ」と問うたのだ。
「最初に言っておくが、これはわし独自の経路から仕入れた情報だ。他は知っていない」
「御託はいい。情報は鮮度と信用が付加価値だ」
「言うね。まぁ、鮮度はともかく、信用に関しては大丈夫だ」
しばし、無言で目をかわす。
やがて。
「……続けろ」
「全体の八割」
俺の促しに短く応じた。
……。
八割。
……。
僅かに思考する。
現段階で八割。
幾つか不満があるが、及第点だろう。
故に。
「いいだろう」
懐から取り出した大粒の宝石を机の上に置く。
「豪儀だな、若いの」
「分かっていると思うが…………」
「安心しろ、わしとて命が惜しい。変な欲は出さんよ。それにこれだけもらえれば十分だ」
「けっこう」
俺は誠意を見せたし多少は高く出した、これ以上求めるなら命を出してもらう。
暗にそう警告したのだ。
高く、より高く、そう思ってしまうのは人の心だ。
引き際を知るのも生き残る重要な要素である。
「ガート卿に協力しているのはアメシスト卿にコーラル卿、シリン卿だ。ベリドット卿に協力しているのはジェイド卿とトルマ卿。軍部の名門であるアイオライト卿とクォーツ卿、それにバール卿とカーリアン卿は中立さ。もとよりアイオライト卿は永世中立を謳う監察機関の総帥でもあるからな。残りの一人、ラピス卿は仲間はずれさ。三年前に氷精白鶴を失ってからはその発言力を失って久しいからな。政変には関わらずに領地で大人しくしているよ」
「……ふむ」
「表向きはガート卿と王妃様の対立だが、裏じゃこんな感じさ」
「………………件の継承者は?」
「王妃様とガート卿がなにやら知っているようだが、流石にそこは分からないな。お互いそこだけは協力して隠しているんだろうよ。他国に入ってこられても困るしな。特にお隣さんにはね」
「……エンデラ王国、か」
「そうそう」
さらに爺さんは言葉を続ける。
「件の継承者が、現皇王の血筋であり、かつ文字通り継承しているならその者が次期皇国皇王だ。まぁ、皇王の座に興味丸出しな貴族には、美味しいネタだろうさ」
まぁ、手に入れられれば儲けものだねぇ、そう言って笑う。
「ああ。後、これは裏づけのない話だがね。若いのの気前がいいからサービスしとくよ」
そう、前置きして言葉を続ける。
「現皇王のアテリア陛下はどうも毒を盛られたみたいだよ。王妃様に、ね」
「――っ」
「流石に裏づけは取れないから何とも言えないけど、王妃様が商会を通じて暁帝国から毒を購入したという話しがあるんだ。それも、一度眠りについたら死ぬまで起きなくなる危険な奴を、ね」
「……流石に冗談だろう」
「毒物を購入したのは本当さ。既に購入ルートは潰されていたけど、わしの手の者がタッチの差で調べられた。でもって、その事実と皇王様の症状をあわせると、状況証拠的にその可能性が高くなってくるのさ」
「……」
「……」
ため息を一つ。
「状況証拠のみ。故に、裏づけは取れていない、か」
「そうそう。どうだい、これがわしの知っている情報の全てだよ」
なるほど、と立ち上がる。
「おや、もう行くのかい?」
「世話になったな。これから少し手紙を書かなきゃならん。だから行くよ」
「そうかい? まぁ、またのお越しを♪」
「ああ」
◇◇◇
苦笑を浮かべ、酒杯を仰ぐ。
「ローゼ、俺を信用するかい?」
「因みに、ローゼというのは私の愛称ですよ? ばれてしまっている以上は本名でも構いませんが……」
「さてね。俺にとってローゼはローゼだよ。弄ると中々に面白娘さ」
「もうっ」
困ったように、それでも嬉しそうに笑う。
……よかった。
本当にそう思う。
蹲って泣きじゃくっていた彼女の心は文字通り壊れそうになる寸前だった。
故に、予定より早めに話を持ちかけたのだ。
ともあれ。
「どうする?」
「信用しますよ」
即答だった。
……。
「いいのかい? 俺は流れの人間だぜ」
「大丈夫です。確かに困った人ですが、根はいい人だと思うので」
「…………ったく」
頭をかきながら苦笑した。
「じゃあ、俺のことを信じていろ。必ず現状を変えてやる」
「はい。信じています。アッシュ様。そして信頼しています」
ふわりと穏やかに笑った彼女は、ほうとうに美しく。
「貴方から頂いた勇気と共に」
まるで美の女神のようであった。
そして気づいた。
……出会ってからようやく、ローゼの笑顔を見れたな。
そう、彼女が心から微笑んだのは今が初めてだった。
……。
ったく。ますます気合が入るじゃないか。嫌じゃない面倒ごとというのも、困るね。
「ローゼ、じゃあ、まず最初にやってもらうことがある」
「なんでしょう?」
「ああ。まずは―――」
「――っ!」
翌日、イシュタリア皇国首都ラグネで一つの、いや二つの騒動が起きた。
一つ目は現皇王アテリア・ハイリッヒ・ダ・イシュタリア二世の隠し子の発覚。
二つ目は、隠し子ローズレット・ハート・ラ・イシュタリアの体内に存在していると思われていた精霊王ノアの不在。
民には前者のみが発表され、大いに驚かれた。
そして後者は、ローゼを待っていた皇妃に相当の驚愕を持って迎えられた。
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。
本来、この話は1月1日に投稿しようと思っていた話です(笑)
実家に戻る際、データを持ってくのを忘れましたww