09話 - 令嬢メイド
誤字・脱字・文法の誤りがあったらごめんなさい。
「ローゼ、これが今日からのお前の私服だ」
胸を張って宣言する。
そして、目の前には石化したように固まっている令嬢。
「安心しろ、他の服は俺が隠しておいた! もちろん全部!」
……うむ、我ながらいい仕事をする。
自画自賛。額に尊い労働の汗が煌めく。
ともあれ。
「では、ご着用を、お嬢様」
優雅に一礼する。ほれぼれしい程に。
が、件の令嬢は。
「な、な、な、…………なな、な、……なんですかー! これはー!!」
俺が差し出した衣服――黒のワンピースと白いエプロンドレス+その他諸々、つまるところメイド服一式――を手に絶叫した。
「いや、なに。最近生活に彩が足りないと思ってね、ここらで一つ嬉はずかしのイベントおこしてみようかと」
ローゼはまさに言葉が出ないのか、顔を真っ赤に黙り込んでしまう。
「安心しろ! そいつは暁帝国の誇る裁縫技術を惜しみなく使った一品! 着心地、付け心地、その他諸々にも安心と自信を持ってお届けできる自慢の一品! さあ、皆さん、今ならお安いですよー!」
この一式を作るに当たって全面協力をしてくれた親父さんの顔がキラリと青空に映える。
……親父さん、俺は今から美少女にメイド服を着せます!
「……アッシュ様、私のドレスや他の服は?」
「はて、何のことだね? 記憶にないのう♪」
「…………く、う」
「君はこれを着る運命だったのだ!!」
テンション高く宣言する。
正に頭上に、ふははははーという書き文字が見えそうな勢いであった。
「これもですか!?」
渡された黒い衣類一式を手に顔を真っ赤に染める。
「That's right! ガーターは正装☆SA!」
「う、うう///」
悔しそうに呻くが、はてさて。
……。
結局。
「わ、わかり、ました」
頬を紅く染め、目に大粒の涙をためながら、哀れな少女は折れた。
「おほ、おほほほほほほ!」
小躍りしながら奇声を上げて笑う。
「我が君よ」
「何かね? ルーナ?」
「まぁ、あれだ。……自重、という言葉を知っているかね?」
「自重? なにそれ? 食えんの?」
「……………………………………。……そうか」
長い年月を生きた狼は、何かを悟った表情で茶を啜った。
◆◆◆【ローゼ・ダリア】◆◆◆
陽が沈み、辺りに夜の気配が訪れる。
今晩は私が料理を作ることになったのだ。
アッシュ様曰く、メイドよ、料理を作るが良い! だそうである。
「……もう」
ため息をつきながらお玉でスープを掬い口に運ぶ。
……少しお塩を足しておきますか。
こうして文句を言わず料理を作っている辺り、自分も大概である。
「……。でも……」
体の中にいる精霊が笑った気配がした。
……分かってます、もう。
いじけたように答え。
お鍋に蓋をした。
「お料理が出来ましたよ」
「お! ようやくか。丁度此方の作業もひと段落したところさね」
アッシュ様が笑う。
「? 何の作業をしてたんですか?」
「おう。ルーナが鹿を仕留めてきたから燻製肉を作っていたんだ」
「燻製肉ですか?」
「旅のお供だぜ♪ 一応今は燻している最中」
「へぇ」
「出来上がった肉は料理に使ってもよし、そのまま食べてもよし。何より長持ちする」
そういえば、アッシュ様から煙のにおいがする。
「俺のような流れの民にとって保存がきくといのは、有難いからな」
再度笑うと、私からスープの器を受け取った。
スープを一口。
「おお! 中々に美味いな」
「うむ、大した物だ、娘」
アッシュ様とルーナちゃんが感歎の声を漏らす。
「貴族の令嬢というからには、なんか失敗した感じの料理を期待していたのだが」
「……一応、お母様からは一通り仕込まれましたので」
全く、何を期待していたのでしょうか。
「ふーん。料理ベタなメイドという案が崩れたな、やれやれだぜ」
こっちのほうがやれやれです!
此方の表情を察したのか、アッシュ様が悪い悪いと謝りながら。
「実際の所。まぁ、大した物だよ」
穏やかに笑い、此方の頭を撫でてきた。
……もう。
食後、食器を洗う。
アッシュ様は燻製作業の続き、ルーナちゃんはその手伝い。
故に一人である。
「…………ふう」
思わず、ため息が出た。
別に疲れているわけでも、アッシュ様達になんらかの思いがあるわけではない。
私が考えていたのは別のことだ。
「…………うん。わかってる」
体内の精霊が私を気遣うように身じろぎしたので、笑いかける。
だが、その微笑には力が入らない。
「明日には、ラグネに着いちゃうんだよね」
自分で依頼していたことにも関わらず、思わず後悔の念が混じってしまう。
正直な話、この五日間は楽しかった。そう思う。
心に多少以上の傷が残ったような気もするが、それでもそれ以上に楽しい一時だった。
そしてこれが、私という人間の人生で最後の一幕になるのかと思うと、思わず涙が流れそうになる。
私も貴族の端くれである。
今後、自らの身に待ち受けている事については予想できてしまう。
――自由になりたい。
アッシュ様に愚痴を漏らしたときから、自分の心の中で蠢いている言葉だ。
だが、それを実行に移すわけには行かない。
私の最後の肉親。実の父を見捨てるわけには行かないから。
「うん、大丈夫。貴方のせいじゃないわ」
体内にいる精霊が、自らを責める。
前の主人――即ちお父様から私に継承されるとき、お父様は精霊に「私と母を守って欲しい」と頼んだらしい。
そして、それを了承したのにも関わらず、今自らのせいで苦しんでいる私を見て、精霊自身が悲しみの念を発しているのだ。
自らの境遇を悲しむ私。自らのせいで主人が悲しんでいるのを悲しむ精霊。
「気にしないで。…………ただ、運がなかっただけ」
そう、運がなかった。運がなかったのだ。
……。
……。
……。
気づけば、作業していた私の腕は動きを止めていた。
そして。
「……え、あ」
自分の頬に伝う涙に気づいた。
……泣いている?
触ると、僅かに指が濡れる。
なぜ?
自問自答。
答えは直ぐに見つかる。いや、見つける必要もない。目の前にあるのだから。
「……行きたくない」
言葉にする。
途端に私の中に渦巻いていた想いの全てがいっせいに動き出す。
……。
まるで溜められた水が、開いた穴から噴き出すように。
「……行きたくないよぉ」
思わず膝が落ちる。
……ラグネになんか行きたくない。
母様と過ごした家に戻りたい。
王族になんかならなくもいい。
ただ普通の少女として生きていたい。
「行きたくない、行きたくなんかない。う、うああ、あああ……」
一度口から出たのならもう止められない。
逃げたい私、でも逃げられない私。
私の中で精霊が必死に私に語りかけているが、それも耳に入らない。
泣き声を聞かれたくなかった。
両の手で顔を必死に押さえるが、意味を成さない。
開いた指の間からぽろぽろと涙が零れていく。
まるで、涙を流すたびに私の覚悟が融けて流れていくかのようである。
閉じた瞳の裏に映るのはお母様と過ごした日々。
年に僅かしか会えない、優しいお父様。
そして、無礼だけど気のいい青年と、尊大な態度の少女だ。
青年の仕打ちや行動には何度も泣いたが、それも私個人を見てくれた結果というのなら、そこには感謝の想いがある。
許せない行動や、デリカシーの無さには閉口してしまうが、それでも、そこに一切の悪意は無かった。
アッシュ様が悪人や人を想う気持ちが無かったら、私は今頃奴隷にでもなっているか、娼館にでも売られていただろう。
しかし、アッシュ様は私との約束を守ってラグネまで守ってくれているのだ。
昨晩の事。
私の身を狙って刺客が来たことには気づいていた。
私の中にいる精霊が外の状況を教えてくれたのだ。
アッシュ様とルーナちゃんが私を守ってくれた。
アッシュ様が知らん顔をしていたので、私も気づいていないふりをしたが、本当は気づいていた。
食事の最中、何度「ありがとうございます」、そう言いそうになったことか。
でも、アッシュ様はただ笑っているだけだった。
「……行きたくない、…………行きたくないよぉ」
まるで壊れたスピーカーのようにその言葉だけを繰り返した。
「ローゼ」
蹲っていた私はその言葉にビクリと体を震わせる。
「おいで。話しがあるんだ」
「……アッシュ様」
優しげな声、涙でくしゃくしゃになった顔を上げた。
焚き火が焚かれていた。
隣には煙くさいアッシュ様。
そして、お互いの手には作ったばかりの燻製肉と、酒杯。
「アッシュ様、いったい」
何を? そう聞こうとした。しかし、私の言葉を上書きしてアッシュ様が言葉を紡いだ。
「明日の昼にはラグネに着く」
「っ!」
体が震える。
「ローゼ、君は重要な話がある」
「な、何でしょうか? アッシュ様……」
震える声で問う。
だが、アッシュ様は酒盃を仰ぐと唐突に語りだした。
「…………。一歩を踏み出すのには勇気がいる。俺も同じだった」
「え?」
私の正体や体内にいる精霊について聞かれるのかと身構えた。
しかし、そのどれとも違っていた。
「そこは、まるで暗い夜闇の中にいるみたいだった」
「……」
「俺は強制的に放り出された。しかし、一人の女性が俺の手を取り、言ってくれたんだ。『大丈夫だよ』って。嬉しかった」
「……」
「生まれを自ら選ぶことは出来ない。でも、進む人生を選ぶことは自分でも出来る」
「……」
何を言いたいのか分からない。
でも、これがとても大切な話だということはわかる。
「決まっている明日より、決まっていない明日を求めるというのは一見愚者の選択に見える、だがその実、それこそが賢者の選択。人が人として生きていくのには、時にそのような選択も必要だ」
「……」
アッシュ様の瞳は真剣だ。
……。
「俺はだれにも求められることも無ければ、顧みられることも無かった。俺という存在はただの空気と変わんない。何もない闇の中で、ただ漂っているだけだった」
「……」
「でもある日、突然現れた彼女が俺の手をとり、引っ張ってくれたんだ。闇の中へと。怖かった。でも、闇を越えたら、そこは太陽の下だったんだ」
「……」
「そこで俺はわかったんだ。人は自由に生きられる。必要なのはほんの僅かな勇気でいい」
「……」
「歩こうと思う、進もうと思う、ただそれだけ。ただそれだけの、ほんの僅かな勇気」
「………………」
私にはその小さな勇気すらない。
アッシュ様のお話は、もしかしたらアッシュ様ご本人の過去のことかもしれない。
「彼女は何の益もないのに、俺の手を取り、導いてくれた。ほんの僅かな勇気をくれたんだ。そして、『よかったね』って笑ってくれたんだ。だから……」
アッシュ様が私の顔を見る。
「だから、かつて彼女がそうしてくれたように、俺も手をとり導こうと思う。泣いている小さな少女のために、僅かな勇気をあげようと思う」
そして、私の手を取る。
大きく、温かい手だ。
アッシュ様が言った。
「ローゼ……いや、ローズレット・ハート・ラ・イシュタリア。俺は君が望むのなら、その未来のために協力しよう。君が勇気の一歩を踏み出すために、その身を支えよう」
呼吸が止まった。
「君は、どうしたい?」
アッシュ様が問う。
私は混乱していた。
しかし、なぜ? とも、どうして? とも言わない。
代わりに、私はどうしても言いたかった言葉を、ただ一言だけ紡いだ。
「――自由に生きたい」
アッシュ様はまるでお母様のように優しく、そして穏やかに微笑んだ。
「分かった」
ご感想・ご意見・各種批評・間違いの御指摘などをお待ちしております。
昨日の晩に更新しようとして、寝過ごしたwwww
さて、謀略モノを書いているわけだが。
正直なところ、初めての分野で手間取ることが多々ある。
機竜の戦略モノや、雪華の謀略モノといい、奥が深いなぁ(汗ッ