クズ男、守銭奴メスガキ獣人と出会う
獣人で褐色肌の少女は頭の横で長い髪を括っている。
頭部には二本の角が、腰辺りからは獣らしい尻尾が生えており、人間ではないことを主張している。
恐らく年齢にしてヒマリちゃんよりも少し下、13、4歳くらいだろうか。
少し薄汚れた衣服を着ており、スラム街の子供という印象が強かった。
しかしまさか亜人と話すことになるとは。
探索者を志望していた時には亜人と交流することを想像したこともあるし、ギルドでバイトしていた時は探索者から亜人の話を聞いたこともあった。
まさか実際に話せるなんて。
なんだか少し嬉しい気持ちになってしまった。
「あんたら新人でしょ? 伝手ないんじゃない?」
俺とヒマリちゃんが逡巡していると、少女は矢継ぎ早に言葉を繋げた。
「その反応……もしかして何も知らないんじゃないだろうね」
「えと、実は――」
俺たちは簡単に事情を説明した。
「はあ、末端の仕業か。事情も説明せず放置する輩が増えてるって聞いたけど、マジだったとはね」
「あの……ここはどこなんでしょうか」
「ここはダンジョン内の街。『迷宮街アルフヘイム』さ」
「ダンジョン内の街!?」
ありえない。ダンジョンの中に街を作るなんて正気の沙汰じゃない。
ダンジョンはボスが倒されてしばらくするとリセットされる。
リセット時に内部に残された人間は消えていなくなり、未帰還者となる。
そんな危険な場所に街を作ったのか!?
「非合法な施設だらけの街で、裏ギルド、違法カジノ、闇スロ、闇医者、違法風俗、違法探索装備や道具、希少動植物の違法売買、富豪向けの非合法サービスなんてのもあるくらいだよ。ここにはあんたらみたいな債務者や問題を抱える奴。犯罪者や社会不適合者、ダンジョン内生物である亜人。一獲千金を夢見て足を運んだ探索者までいる。表世界とは違って制限はない。警察もいないし、なんだって叶えられるわけ」
「ここがダンジョンの中だなんて……」
ヒマリちゃんは信じられないと言いたそうに目を白黒させていた。
「実感がないだろうね。しょーがない。ついてきて」
俺たちの返答を聞かず、獣人少女はさっさと移動を始めた。
俺とヒマリちゃんは慌てて彼女の後をついていく。
路地を進み、不清潔そうな店のキッチンを素通りして、人を避けつつ、暗い路地の階段を上がった。
どうやら高層施設らしいが、骨組みは建造時に組む金属の足場みたいに見える。
中身がスカスカなので不安定だ。かなり怖い。
ヒマリちゃんも怯えているらしく俺の服の袖をぎゅっと掴んでいた。
およそ、五階くらいの高さまで来る。屋上らしい。
「見なよ」
高所の恐怖から目を細めていた俺だったが、思い切って目を見開く。
そこに現れたのは巨大な街だった。
しかし都市部とは違って高層建築物があまり存在していないようだ。
「ここは旧中央監視塔。あたしたちがいるのは下層さ」
周辺には建築物がずらっと並んでいるがどれも簡素で雑多な作りだった。
スラム街、という呼称がぴったりくる見た目だ。
下層の周囲をぐるっと絶壁が囲んでいる。自然の岩壁のようで登るのは不可能だろう。
一部の絶壁に沿って巨大な床が上昇しているのが見えた。
絶壁を上った先に何があるのかはここからは見えなかった。
「下層から中層に行くにはあのエレベーターを使うしかない。条件は色々あるけど、まず借金がないこと、下層の管理官から許可をもらうこと。まあ、別ルートもあるけどね」
「もしかして、下層からは外に出られないんですか?」
「当たり前だろ。あんたらここに落とされたんだから。出るにはそれ相応の対価が必要になる」
外に出られない、と九頭竜が言っていたのはこれが理由か。
「下層にいるのは犯罪者やら債務者やらがほとんど。中層は富裕層や一般探索者が出稼ぎに来たり、交易とかにも利用されてたりするけどね」
つまり下層は監獄ということだ。
俺たちは囚われの身で、下層から出るには借金を返すしかないと。
疑問はいくつも浮かんだ。
だが動揺が激しいせいで言葉にならない。
俺たちを無視して獣人少女が階段を下り始める。
俺とヒマリちゃんはすぐに彼女の後を追った。
階段を下り終えると、獣人少女が手を差し出す。
ヒマリちゃんと顔を見合わせた。
「じゃあお金」
「は、はあ!? な、なんで金を払わなきゃならないんだよ!」
「さっきの情報料に決まってんでしょ。それともなに、ただで教えてくれると思ったの? あんたらバカ? まともな情報をくれる奴がどれくらいいると思う? 通りで聞いて回ってみれば? さっき追いかけられてきた奴らに捕まらないといいけどね。言っとくけど、ああいう奴らばかりだよここは」
確かに街中にはやばそうな奴らばかりが目についた。
獣人少女の情報は信憑性がありそうだし、もっと情報が欲しい。
かなり気が進まない。本当に進まないが仕方がなさそうだ。
「……わかった。頼む。安全な場所も教えてくれ」
「オッケ。じゃあさっきの情報料も込みで50万ね」
「50万!? 高すぎだろ!?」
「下層だと情報が命だからさ。安全な宿なんて誰も教えちゃくれないよ。下手すれば誘拐されて、やりたい放題されるだけ。払いたくないならあたしはいいけどね。あんたたちが野垂れ死んでも困らないし」
獣人少女は肩をすくめて、心底どうでもよさそうに話している。
本心だ。本当に俺たちのことなんてどうでもいいと思っている。
く! この守銭奴! 守銭奴メスガキめ!
納得はいかないが彼女以外に頼れる相手がいるのかわからない。
さっき追いかけてきた連中ばかりの可能性もあるし……ってかまともな人間がいるのかここ。
50万は高い。高すぎる。
でもここで断ったら情報が得られないかもしれない。
でもただの情報料でこんなに払うのはどうなんだ!?
「あ、あの! 払います!」
俺がうんうん唸っている中、ヒマリちゃんが一歩前に出た。
一回り若い女の子が先に決断したという事実に俺は情けなさを感じる……わけもなくほっとしてしまった。
だって50万だぞ!?
全体平均月収の2倍だぞ!
パチンコ、パチスロし放題だぞ!
一日中負け続けても20万くらいなんだぞ!
ヒマリちゃんすまない。俺は金が惜しい。
借金人生を歩んできたから、金が惜しくて欲しくてたまらないんだ。
しかしわずかな大人のプライドもある俺は、迷っていたが実は払うつもりだったという体裁を保つためにわざと遅れてハッとした表情を浮かべ、緩慢にヒマリちゃんに手を伸ばし、止めようとしたというクソみたいな演技をする。
「い、いやここは俺が」
「いいんです。甲斐さんにはたくさん助けていただいたので! これくらいは」
俺の演技に騙されたヒマリちゃんは笑顔で答えてくれた。
僅かに胸が痛んだ。しかしそれも一瞬だった。
我ながら堂に入った演技だ。
「悪い財布忘れたわ、今度返すから」と友人に奢らせた経験が活きている。
クズスキルである。ちなみに友達とは全員縁が切れている。
獣人少女が俺にジト目を送ってきているが、気付かない振りをした。
こいつ、俺の演技を見抜いて!?
「……ま、あたしは払ってくれりゃなんでもいいけどさ。じゃあ、リング出して。そこからキャッシュレスで送金できるから。ステータス画面から支払いのタブに移動して支払先が表示されるっしょ。そう、それがあたしのID。そこから支払額を入力して……」
ヒマリちゃんと獣人少女がリングのディスプレイを表示させながら話している。
ステータスリング内に金も入っているのか。これは表ではないシステムだ。
「オッケ、確認した。んじゃ、ついてきて。案内する」
獣人少女は慣れた様子でどこかへ歩き出した。
彼女の態度から察するに恐らく俺たち以外も案内をしてきた経験があるのだろう。
騙される可能性があるのはわかっている。
だが他に伝手がないのも事実だ。
少なくともいきなり襲い掛かってきて、ヒャッハー女子高生だ! とならないだけマシだと思おう。
とにかく警戒はしておくべきだろう。
そこかしこに違法建築の木造の家屋があり、俺たちは間の路地を進んだ。
薄暗く、不穏な雰囲気が漂い、床に座って何かつぶやいている連中がいる。
多分、お薬しちゃってんでしょうね。
うん、完全にスラム街。
怖いね。
ふとヒマリちゃんを見ると、前を歩く獣人少女の尻尾を凝視していた。
眉根を寄せて、唇を引き絞り、何かの衝動に耐えるようにきゅっと拳を握っている。
獣人少女が歩く度に尻尾が左右に揺れる。
ヒマリちゃんの首も同じように左右に揺れていた。
俺の目もつられて左右に動いた。
なんだか気まずい。とにかく何か話をしよう。少しでも情報が欲しいし。
「なあ、聞きたいんだが」
「情報料くれるんなら話す」
「また金か」
「ここじゃ金と実力がモノを言うのさ。親切心で何かすることなんてないよ。馬鹿と善人はすぐに殺されるからね。最低限のルールはあるけど、法律はない。警察もいないし、政府も存在しない。死にたくないなら情報を得ておくことだね」
「それは親切じゃないのか」
「営業と脅迫。少しは情報が欲しくなったでしょ?」
確かに欲しい。
何も知らないことほど恐ろしいことはない。
ここにはスマホもPCもない。
ダンジョン内では現代機器は使えない。
当然情報を得るためには直接目にするしかない。情報の価値が高いのも当然だろう。
だが情報は高い。
聞くにしても何を聞くか熟慮しておくべきだろう。
そもそもその情報が正しいのかもわからない。
だが聞いてみないとわからない。
やはり何か聞くべきだろう。
何がいい?
下層でやってはいけないこと?
行ってはいけない場所?
目立たないようにする手段?
下層から抜け出す方法?
脱走はできるのかどうか?
地図はどこで売っているのか?
いや、やはりダンジョンと探索関連の情報を優先すべきか?
何を聞いていいのか、聞いてはいけないのかまで加味して、俺は思考を巡らせる。
よし決めた。まずは探索の……。
「あ、じゃあお名前教えてください!」
俺が聞く前にヒマリちゃんが笑顔で話していた。
ちょ、ま! いきなり何してんの!?
名前なんてどうでもいいこと聞くんじゃないよ!
お金とられちゃうぞ!?
俺があわあわしていると、ドーラは足を止めて振り返り目を何度もパチパチしていた。
「あんた馬鹿なの? 情報料取るって言ってるのに最初に名前聞く? ふつー」
「だ、だめですか? 今後もお世話になるかと思ったので、やっぱりお名前は聞きたいなと思ったんですけど。あ! す、すみません。私から話すべきですね! 私は岐ヒマリ。岐路の岐で『くなと』って呼ぶんです。珍しい苗字ですよね」
ない。彼女には悪意も疑義も何もない。
ただ純粋に相手を人として対等に見ているだけだ。
むしろへりくだっている。
なんという善人。なんという世間知らず。
眩しすぎる。
俺がすでに忘れた穢れなき存在がそこにいた。
だがここは迷宮街アルフヘイムの下層だ。
世のクズどもが蔓延る場所。
そんな純真無垢な感情はカモになるだけだ。
この守銭奴メスガキにむしり取られるんだろう・
俺がそう覚悟した時、獣人少女は口を開いた。
「……ドーラ」
……んん?




