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クズ男、ボス部屋へ潜入する

 ダンジョンには構造そのものを表す『環境』と種類を表す『系統』がある。

 環境は迷宮タイプ、自然タイプ、建造物タイプなどがあり、『系統』には通常タイプ、ボスラッシュタイプ、時間制限タイプなどがある。


 ダンジョン内にはモンスターが生息しており、そいつらを倒すと魔素を得ることができる。

 ゲーム的に言えば経験値だ。

 一定量、魔素を吸収出来ればレベルが上がる。

 レベルが上がると主に身体能力が向上する。


 一般人が倒せるモンスターは少ないためスキルが不可欠とされている。

 大人数であれば一般人でもモンスターを倒せるが魔素の配分が非常に少なくなるからレベルアップが遠のく。

 あまりに非効率だし、結局危険なことには変わりはない。

 だから誰もやらない。

 まあ、そもそもスキルを持たない人間は探索者資格を取得できないから、表のダンジョンには入れないんだが。


 ダンジョンの危険性や特異性から、現在では行政機関である『探索管理本部』がダンジョンや探索者を管理しており、探索者資格を持たない人間は基本的にはダンジョンに入れない――と、そこまで話して、俺は一呼吸置いた。


「スキル? ってなんでしょう?」


 ヒマリちゃんがおずおずと手を挙げる。

 申し訳なさが顔に出ている。

 その慎ましさを見るにやはりリリとは性格が真逆のようだ。


「特殊な力。例えば、数倍の膂力を得られるとか、火を放てるとか、神様の加護を受けてあらゆる面で能力が向上するとかだな。スキルの覚醒条件は人それぞれだから、いつ覚醒するのか、そもそもスキルの素質があるのかわからないんだよ。だから探索者になれる人間は限られているってわけだ」

「そうなんですね……甲斐さんお詳しいですね」

「昔、探索者に憧れていたからな。まあ、スキルを習得できなくて諦めたんだけどさ」


 ゆっくりと歩きながら俺たちは小声で会話を続けた。

 ダンジョンにおいて、無駄な会話はご法度だ。

 必要最低限の会話に抑えるべきだが、俺はあえてヒマリちゃんと話し続ける。

 彼女が怯えていたので落ち着かせるためという理由もあるが、単純にヒマリちゃんがダンジョン関連の知識をどれほど持っているのか確認したかったという理由もある。

 どうやら彼女はダンジョンや探索の知識は乏しいようだ。


 それもおかしなことではない。

 二十年前、突如として世界中にダンジョンが出現した。

 それから数年間は混迷を極めていたが、徐々に沈静化し、体系化し、今では経済や社会の一部となっている。


 その時期に生まれていない人間は、ダンジョンや探索に対してそれほど興味を持っていないだろうし、テレビやSNSでも情報は限定的な範囲でしか流れない。

 社会に根付いてしまっているからこそ自分から調べない限り、あまり知らないというのが一般層の実態だろう。


「あの……これからどうするんですか?」

「最奥にあるボス部屋に行く。ダンジョンには必ず核となるボスがいるんだ。そしてその部屋には必ず財宝が置かれている。ゲームとかする?」

「い、いえ、しません。すみません」


 なぜかしゅんとしてしまった。

 もしかして怖がらせてしまっているのだろうか?

 それともおじさん相手だから警戒しているのだろうか?

 ムズい。

 未成年相手にどうすればいいのかわからんぞ。


「謝らなくてもいいけど。あー、つまりさ、ダンジョンのリーダー的な奴の部屋に行けば宝がある。恐らく50万以上の価値はあるはずだから、それを手に入れて逃げればいい。別に戦わなくてもいいってこと」

「なるほど! こそっと貰っちゃうんですね! 甲斐さん、すごいです! それならなんとかなるかもしれません!」


 ヒマリちゃんは感心したように何度も頷いている。

 何ここ? キャバクラ? コンカフェ?

 中年客のつまらない知識自慢をめちゃくちゃ褒めてくれるあの時間?

 俺、お金払ったの?

 いや違うな。

 キャバ嬢やコンカフェ嬢とは違って仕事感がないし、目の奥もちゃんと笑ってるし、金も払ってない。

 どうやら完全に素の反応らしい。


 大丈夫かこの子。

 純真過ぎない?

 それとも最近の子ってみんなこんなに素直なの?

 すれてなさすぎて、すれ切っている俺の傷口に塩を塗りたくるが如き純粋さ。

 眩しすぎる。

 綺麗な笑顔を見ると余計に彼女を放っておけなくなってしまう。


 これは性欲ではない。庇護欲だ。

 未成年に興味はない。

 自分のことだけで精一杯どころか、手に余っているのに他人の世話までしようなんて愚かにもほどがあるな。

 何やってんだ俺は。

 だけどリリの娘である彼女を見捨てるなんてできるわけがない。


「……戦闘にならなきゃいいけどな」


 呟きながら腰に携えたボロボロの短剣を一瞥する。

 これじゃゴブリンさえ倒せやしない。

 何とかボス部屋の宝を盗んで逃げ帰るんだ。

 俺はモンスターと遭遇しないように祈りつつ、ヒマリちゃんと共に通路を進んだ。


   ●□●□●□


 何度かの分岐を経て、俺たちは広い部屋に辿り着いた。

 そこは入り口のホールと構造が似ていた。

 違っていたのは奥の方に巨大なモンスターの姿があったこと、そしてその奥に木製の宝箱が置いてあったこと。


 他の債務者たちの姿は見えない。俺たちが一番乗りらしい。

 岩壁にいくつかくぼみがある程度で隠れる場所は少ない。

 ヒカリゴケの数も多く視界良好。

 見通しが良すぎる。


「寝てます? あのモンスター」


 ヒマリちゃんの言葉通り、ボスらしき大型のモンスターは部屋の奥で寝ていた。

 地面に大の字で寝ており、豪快にいびきを搔いている。

 人型の小巨人オーク。顔はゴブリンに似ており、四肢は丸太数本分くらいに太い。

 いわゆる鬼に近い見目で、全長は三メートルくらいある。


 俺たちが戦って勝てる相手ではない。

 どうにかやり過ごすしかないが。

 オークの五感は人間に近いくらいの感度だったはず。

 つまりゴブリンのように特性を考慮しての対策は無駄だ。

 起こさないように宝を奪う。

 これ以外にない。


 宝箱は人間が入るくらいの大きさ。

 一人で中身を持って行けるかどうかわからない。

 俺一人で行くべきか、それともヒマリちゃんを連れて行くべきか。


 俺は数秒悩んだ後、ヒマリちゃんに手招きをして一緒に移動を始める。

 彼女と離れてしまえば何かあった時に守れない可能性があるため、共に行動する方がいいと考えたのだ。

 物音を鳴らさず、俺たちはゆっくりとオークのところまで移動した。


「ガアアアア! ガアアアア!」


 地鳴りのようなイビキが断続的に生まれる。

 耳を塞ぎながら、オークのすぐ近くを通る。

 起きるな、起きるなよ。

 緊張しながら移動し続け、数分かけて宝箱まで辿り着いた。

 罠の類はない。

 アラームとか毒矢とかそういう類のモノは見当たらない、と思う。

 勉強したのはかなり昔なので覚えていない。

 こんなことなら罠全種の復習しておくんだった。


 俺は緊張しつつ、ゆっくりと木製の宝箱の蓋を開いた。

 罠はやはりないみたいだ。

 よかった。


「おぉ……!」

「わぁ……!」


 俺たちは思わず感嘆の声を漏らした。

 中にあったのは金製のゴブレットだった。いわゆる盃だ。

 これ一つで50万は超えるだろう。それが二つ。

 他はガラクタばかりだった。


 これさえあれば殺されずに済むはず!

 俺たちは喜びを分かち合うように、何度も頷きあった。

 ゴブレット一つをヒマリちゃんに渡して、もう一つを手にしてから再び移動を開始。

 緩慢に動き、入口へと戻る。

 あと十メートル! ここまでくればオークにバレても逃げられるはずだ!


 そう思った矢先。

 目の前に現れた影が、俺とヒマリちゃんのゴブレットを掠め取ってしまう。


「こ、これは俺たちのもんだ!」


 債務者二人だ。

 物陰に隠れていたのか!?

 予想していなかった奇襲に俺とヒマリちゃんは反応できなかった。


「ま、待て!」

「返して!」


 慌てて奴らを追おうとした時にはもう遅かった。

 ごぉん。

 地面が揺れた。

 奴らの姿が消えた。

 逃げられたわけじゃない。

 轟音と共に債務者二人が巨大な何かに押し潰されたのだ。


「は?」


 思わず声が漏れた。

 入口は瓦礫に覆われて通れなくなった。

 何が起こったのか理解できず、俺は必死に脳を再稼働させた。


 棍棒だ。

 巨大な棍棒が彼らを殺したんだ。

 正確には勢いよく投げられた棍棒に押し潰されたのだ。

 誰が投げたのか。もう俺は理解している。

 全身が総毛立つ。

 振り向く。

 オークが起きていた。


 顔を真っ赤にして血管を浮かび上がらせ、目を血走らせている。

 明らかに憤っていて、その怒りは俺たちに向けられている。


「あ、あぁ……」


 ヒマリちゃんはオークを見ながら震えている。

 すぐに訪れるだろう絶望を想像し、思考を放棄してしまった。

 俺もそうだ。巨躯の化け物を前にして恐怖で理性が上書きされていく。

 俺たちはここで終わる。殺されるんだ。

 逃げ場はない。

 敵は巨躯のオーク。

 こっちは元探索者志望のギャンブル依存症のドパオジと女子高生一人。

 武器は錆びた短剣のみ。

 ベットできる物がないなら、当たりを引けるはずがない。

 俺たちに勝算なんてあるはずがない。


 ……いや、違う。

 俺たちじゃない。

 俺だ、俺だけで何とかするんだ!

 リリの娘であるヒマリちゃんだけでも逃がすんだ。

 そうじゃないと死んでしまったリリに申し訳が立たない。

 例え、俺は死ぬとしても彼女だけは守る。

 ああ、クズな俺らしくないさ。

 でも、そう思ってしまったんだから仕方がない。

 震える手で俺は錆びた短剣を抜いた。


「お、俺が時間を稼ぐ! ヒマリちゃんはその瓦礫の隙間から逃げるんだ!」

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