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クズ男、ゴブリンと遭遇する

 そこは洞窟型のダンジョンだった。

 入口付近はホールのような開けた場所で、固めの土の地面と岩の混ざった土壁。

 天井や壁にはヒカリゴケが生殖している。

 そのおかげで周囲は真っ暗ではなく、視界をある程度確保できていた。


 だが光源はヒカリゴケの発光のみ。

 さすがに心もとないと思ったのか債務者の一人がポケットを探っていた。

 しかし何も取り出せず、もぞもぞとしただけに終わった。

 俺もポケットを探った。すでに気付いていたがやはりスマホも財布もない。

 まあ、財布の中身は空だし、大したものは入ってなかった。

 スマホは型落ちだし大した価値はない上に、ダンジョンでは役に立たない。

 ダンジョン内では機械類は使えないからだ。


「お、おい、あれなんだ?」


 誰かが言った。その男が指さす先には小さな人影があった。

 いや違う。あれは人じゃない。ゴブリンだ。

 小学生くらいの子供と同じ身長の人型のモンスター。

 妖怪の餓鬼に近い見た目で、腹は異常に膨れ、手足は細く、陰部だけをボロ布で覆っており、粗雑な棍棒を持っている。

 ゲームでも出てくる雑魚敵として有名だ。ダンジョンでも最弱とされている。


「はっ! ゴブリンって雑魚モンスターだろ! 殺して経験値ゲットォ!」


 強く出たのは金髪の若者だった。

 明らかにイキっている。


「や、やめ」


 俺が止める暇もなく、金髪は長剣を振り下ろす。

 ガギン!

 およそ刃物の攻撃とは思えない鈍い音を鳴らしながらゴブリンを吹き飛ばす。

 切り裂いてはいない。

 刀身の角度を考えない素人の斬撃。


「んだよ、斬れねぇじゃんこれ!」

「ギッァ!」


 ゴブリンは立ち上がりながら怒号を放った。

 明らかに激高している。

 だがダメージは大きいらしく、両足が痙攣していた。

 まずい。

 もう止められない。


「うるっせぇんだよ、死ね死ね死ね!」


 金髪がやたらめったらに長剣を振り下ろす。

 ゴブリンの体はズタズタに引き裂かれ、何度も小さく跳ねていた。


「ギィア、ギィア、ギィアァ!」

「だからうるっせぇっての!」


 数秒後。

 ゴブリンは動かなくなった。死んだのだ。

 痙攣しているゴブリンを見ると不快感を覚えた。


「うっ……」


 横にいた黒髪JKは口を手で覆いながら、顔をしかめる。それが普通の反応だ。

 しばらくするとゴブリンから粒子状の光が生まれ、それが金髪の体に吸収されていく。


「お、これが経験値ね。ふーん、思ったよりなんもねぇな」


 正しくは『魔素』。

 モンスターを倒すと、倒した際の貢献度によってパーティで魔素が分配される。

 それが一定まで行くとレベルアップし、主に身体能力が上がる。

 基本的にスキルを持たないとモンスターを倒すのが難しいため、スキルを持たない人間は探索者になれない。

 そう、それが一般論だ。


 ではなぜゴブリンを簡単に倒せたか。

 それには最悪の理由がある。


「本当についてないな……俺」


 なんで神様ってのは俺に意地悪ばかりするんだ?

 遠くから何かが聞こえた。

 ガラスを引っ搔いたような不快な音。それが徐々に増え、そして近づいてくる。


「なんだぁ?」


 金髪が首傾げて通路の奥を眺めていた。

 他の面々も何事かと音の聞こえる方向を凝視している。

 音がどんどん大きくなり、やがてそれが何の音なのか理解する。

 雄たけびと足音。

 通路の奥から現れたのは十数匹のゴブリンたち。

 怒りの形相のまま、こちらへと迫っている。


 そう、ゴブリンは一体一体は強くないが仲間意識が強く、一体と戦えば仲間を呼ぶ。

 その性質上、簡単に手を出してはいけないモンスターとされている。

 最弱だが最悪なモンスターだ。


「やべぇ! やべぇってガチで!」


 金髪は慌てながらゲートへと急いで戻っていく。

 だがゲートは開かない。閉じたままだ。

 歪んだ空間はそこにはなく、ただ洞窟の岩壁があるだけだ。


「出せって、おい! どうなってんだこれ!? 早くしろ!」


 金髪が壁を叩くもゲートは開かない。

 そして他の債務者たちも金髪と同じように叫び始めた。


「出してくれ! 頼むぅ!」

「ゴブリンが、ゴブリンが来てんだよ! 開けろよ!」


 何も起こらない。

 当たり前だ。九頭竜たちがゲートを開くはずもないし、ゲートは外からじゃないと開かない。

 その危険性から行政機関に管理されているのだから。

 ここは違法ダンジョン。安全基準なんて満たしているはずがない。


「ぎゃああああ!」


 ゴブリンたちがホールに入ってきた。

 債務者の一人が無残に殺され、足蹴にされている。

 他の連中もゴブリンの短剣や棍棒、牙や爪の餌食にされている。

 数体で一人を蹂躙するその様子はまるでハイエナの捕食のようだった。

 みち、ぎち、さぶ。


「ひいぃ! じにだぐないぃっ!」

「やめろやめろやめてくれ! あがぁ!?」


 飛び散る血、溢れる臓物、そして悲鳴。

 凄惨な光景が目の前に広がっている。

 地獄だ。


「こんなところで死にたくない! 母ちゃん、助け」


 金髪の若者はゴブリンに食い殺されていく。

 血肉が飛び散り、ゴブリンたちはギャギャと声を上げていた。

 殺しを楽しんでいるのか。

 恐怖から足がすくみそうになる中、通路が手薄なことに気付く。

 死にたくない。


 俺は跳ねるように走り出し、ゴブリンたちから逃げ出した。

 俺の行動に気付いた数人が俺の後に続く。その中には黒髪JKもいた。

 幸いにして債務者の数は多い。

 ゴブリンたちが他の奴らに気を取られている内に奥へ行けば逃げられるかもしれない。


「グギャグギャ!」


 ゴブリン五体が後ろから迫っている。

 こっちは四人。内一人は黒髪JK。

 全員でかかれば勝てるか?

 いや、無理だ。

 俺も含めて全員が恐怖に呑まれている。

 こんな状態ではまともに戦えない。逃げるしかない。

 ゴブリンとの距離は徐々に詰まる。

 通路は二人通れるくらいの幅しかなく、しかもヒカリゴケのみが光源なため視界が狭い。

 そのため全力で走ることはできず、速度が維持できなかった。

 このままじゃ追いつかれる!


「く、くそ! おい! ゴブリン! 餌だぞ!」

「きゃっ!?」


 債務者の中年の男が、黒髪JKを押し飛ばした。

 黒髪JKはまさか仲間に妨害されるとは思ってもみなかったのだろう。

 受け身も取れず転倒してしまう。

 ありえない。

 クズな俺でも考えもつかない外道の所業だ。

 まさか女の子を犠牲にするなんて。


 他の債務者たちは一瞬だけ振り返るが、黒髪JKを助けるつもりないらしく、まっすぐ走っていく。

 ゴブリンたちが迫る。

 黒髪JKは震えて立ち上がれない。


 放っておけ。

 もう助からない。

 助けようとしたらおまえまで死ぬぞ。所詮は他人。見捨てろ。

 そう思ったのに。


「ああああああッッ! クソォーーーッ!」


 なぜか俺は踵を返して黒髪JKのもとへと走っていた。

 馬鹿だ俺は。大馬鹿だ。

 死にに行くようなものなのに何をやってんだ!

 俺は自分を罵倒しつつも、足を止めず黒髪JKのもとへと辿り着くとすぐに彼女の手を掴んだ。


「立て!」


 黒髪JKがはっとした顔をして勢いよく立ち上がった。

 彼女の手を引き、俺は必死に走る。


「ギャギャギャギャ」


 すぐ後ろにゴブリンたちがいる。


「走れ走れ走れ!」


 俺は必死に叫び、足を動かした。

 息が苦しいが構っていられない。

 曲がった通路を進むと、先に逃げた債務者たちの背中が見える。

 同時に左右に通路が分岐していることに気付く。

 債務者たちは左へ向かった。

 奴らの後を追うか、それとも。


「こ、こっちだ!」


 俺は咄嗟に右の道を選ぶ。

 債務者たちと同じ方向へ行けばすべてのゴブリンが来てしまう。

 別れれば分散する可能性が高いはずだ。


 俺たちが右の道を進むと、ゴブリンたちは一瞬戸惑っていた。

 奴らは頭が良くない。とっさの判断なんてできないようだ。

 数秒後、俺の予想通りにゴブリンたちは分散した。

 こちらの来たのは三体のゴブリン。

 時間稼ぎはできたし、少しは数が減ったが、まだ窮地を脱してはいない。

 このまま進み、行き止まりだったら終わりだ。

 奴らとの距離はある程度生まれている。だが安心はできない。


 思い出せ。昔、散々勉強しただろ。

 探索者になるために毎日、情報を頭に叩き込んだ。

 ギルドでバイトした時にも、モンスターの特性も覚えたはず。


 ……そうだ。

 ゴブリンは洞窟型のダンジョンにいることが多いモンスターだったはず。

 暗い場所に生息しているため、とある特性があった。

 それを利用すれば。


 正面には分かれ道が三つ。

 通路の壁もおうとつが激しくなっていた。

 丁度いい場所だ。

 三叉路の左の道を進み、脇にあるくぼみに隠れた。

 黒髪JKと目が合うと、俺は声を出さず口の前に人差し指を立てる。


「グギャグギャ!」


 ゴブリンたちの声が近づいてくる。

 目の前で気配が止まった。

 何やら言い合いをしている。

 どちらの道に行くのか迷っているらしい。

 走った後ということもあり、鼓動がうるさい。

 呼吸音を抑えるのも限界がある。


「はあはあ」


 可能な限り小さくしても息切れは収まらない。

 ゴブリンたちの声が一瞬聞こえなくなる。


 バレたのか? そんな不安を抱いたまま、俺と黒髪JKは身を寄せ合い、じっと身を潜めた。

 不意に甘いシャンプーの香りがすると、一瞬だけ気を取られてしまう。

 と。


「ギャ!」


 一体のゴブリンの声が鳴り響くと俺は我に返った。

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