物語の終焉
その日、私は真っ黒なブラウスを着ていた。
お葬式でもなんでもなく、普段着として気に入って買ったブラウス。
このブラウスを見た時に、「何かアイデアにできないか」なんて考えたわたしはすでに手遅れなのだろうか。
わたしは、物語をつくる人間だった。
大した実績もない。実行に移したことさえない。
ただ、頭のなかだけでもつくるということに楽しさを見出しているだけの人間だった。
どんな人がこのブラウスを着るのだろう。そして、その人はそのブラウスを着てどんなことをするのだろう………と、着ているのは自分でもあるというのに、わたしにはわたし以外の人間が描く物語にしか目が向いていなかった。
ブラウスを着て、わたしは街を歩いてみることにした。
他の服をどうするか、少しだけ悩んだ。
悩んだ末、わたしは真っ黒なズボンしか持っていなかったと気がついた。
全身真っ黒で外を歩く。
他から見て、わたしはどう映っているのだろう?
わたしは、他の物語のエキストラくらいにはなれているのだろうか?
ぼんやりと、そんなことを考えた。
わたしは通りまで歩き、この辺りでは唯一の古書店に立ち寄った。
少し前まで、この辺りにはもっと多くの書店があった。
大抵は経営不振で閉業。売り上げのよかった大手の書店もショッピングモールへ移転していった。
唯一残ったこの書店は、ここ一帯で見てもかなり歴史が古い書店であるらしい。
地元民に愛されている………のかはわからないが、古書店というだけあって貴重な書物も扱っているらしく、研究資料にと買っていく人を時たま見かける。
古い扉にはドアベルがついていない。わたしが入店したことに気がつく店員はいなかった。
客は、わたし以外にいなかった。
わたしは書店を歩き回る。平積みにされた本の表紙が変色していた。
いつになったら、この本は貴重なものとしての価値を得るのだろう。
ふとそんな考えが頭に浮かぶ。そのままこの店の中で生涯を終えるかもしれない物語がここにあるのだと思うと、少しだけ苦しくなった。
わたしのそばに置かれた本が、自分を救ってくれと言っているような気がしてならなかった。
わたしはその本から目を背け、また誰にも気が付かれないまま店をでようとした。
扉を開けようとしたその時、荒々しく音を立て、わたしの前に黒い人間が現れた。
その人間はわたしにぶつかるなり、怒ったようになにかを叫んでから手に握っていた何かをわたしの腹に押し付けた。
腹が熱い。
手に持っていたものがナイフで、わたしは今強盗に刺されたのだと気がついたのは、わたしが地面に倒れた後だった。
そんなわたしに、黒い人間は見向きもしなかった。
その他の誰も、わたしが倒れたことには気がついていないようだった。
強盗らしき黒い人間は、店の奥に向かって金を出せなどと怒鳴り続けている。
わたしは地面に伏したまま、その物語をじっと眺める。
わたしは強盗から目が離せなかった。
あの人間は今、他の者に恐怖を与えた。
わたしに、痛みを与えた。
そしておそらくは、これからわたしに死を与える。
あの黒い人間は、その存在を、他の者の物語に色濃く残した。
わたしは、物語をつくるのが好きな人間だった。
人間に平等に訪れる『死』という終着点。
そこくらいならば、わたしは物語の一部になれると思っていた。
少しは劇的な描写ができるものだと信じて疑わなかった。
その日、わたしは真っ黒なブラウスを着ていた。
『その体が鮮やかな赤に染まっていく』
そんな何年も使い古された描写すらできないということを、わたしは心から嘆いていた。




