結婚二十七年目、僕は21歳の娘の友人と関係を持った
正直に言います。
ちゃんと作り込んだ作品を書いても、
なぜかいつもPVは伸びない。
だから今回は――
たまには、ちょっとだけ“タブー寄り”の、
肩の力を抜いた話でも書いてみようかなと思いました。
いわば実験です。
結婚して二十七年。
私と妻の間には、いまや大人へと歩み始めた一人娘がいる。
この家が本当に静まり返ることは、ほとんどない。
朝はいつも、小さな足音とスプーンの触れ合う澄んだ音、そして台所から漂うコーヒーの香りとともにやってくる。
質素だが温もりのある食卓。
そこに並ぶのは、父と母と娘。
外から見れば、どこにでもある穏やかな三人家族だ。
「あなた、コーヒーよ」
そう言って、彼女は湯気の立つカップを私の前に置いた。
その微笑みは、何年経っても変わらない。
細く白い指先は相変わらず柔らかいが、いつの間にか薄い血管が浮かぶようになっていた。
「ありがとう」
自分でも驚くほど、声はどこか冷たかった。
ふと彼女を見やる。
目尻には細かな皺が刻まれ、黒々としていた髪には白いものが混じっている。
時は確実に流れていた。気づかぬうちに、遠くまで。
そして、いつからだろう。
私の内側に、ぽっかりと穴が空いたような感覚が芽生えたのは。
彼女が変わったからではない。
むしろ――何も変わらないからかもしれない。
同じ朝。
同じ食卓。
同じ会話。
二十七年という歳月は、同じ日常を繰り返すにはあまりにも長い。
温かなはずの朝の中で、私はひとつの事実に気づいてしまった。
罪悪感を伴う、あまりに正直な感情。
――私は、退屈している。
日常に。
自分自身に。
そして何よりも……人生の半分近くを共に歩んできた、その女性に。
◇
その夜。
家族が寝静まったあと、私は家の隅にある小さな書斎で一人、椅子に腰掛けていた。
スマートフォンの光が、暗闇に浮かぶ私の顔を照らす。
なぜ、あのアプリをダウンロードしたのか。
衝動か、好奇心か。
あるいは――まだ自分が「選ばれる側」なのだと証明したかったのかもしれない。
年齢。
職業。
趣味。
淡々と入力していく。
そして、結婚歴の欄で、指が止まった。
数秒の沈黙のあと――
私は、事実のままを選択した。
登録を終えると、次々と表示されるプロフィールを眺める。
二十代前半の女性たち。
カフェの柔らかな照明の下で微笑む顔。
夏の海辺で風に髪を揺らす姿。
若さに満ちた笑顔は、それだけで眩しかった。
しばらくスクロールしたその時、
私の指が止まる。
――マキ。
どこか愛らしい顔立ち。
屈託のない笑み。
無垢にも見える瞳。
深く考える前に、私はメッセージ送信のボタンを押していた。
『はじめまして。佐々木と申します。よろしければ、お話しませんか?』
予想よりも早く、返信が届く。
『はじめまして、佐々木さん
こちらこそ、ぜひお話ししたいです』
たったそれだけの文面。
それなのに、胸がわずかに高鳴る。
仕事のこと。
天気のこと。
好きな食べ物のこと。
他愛もない会話が、不思議と新鮮だった。
まるで、日常に疲れていない頃の自分に戻ったかのように。
数日後。
どこから湧いたのか分からない勇気で、私は送った。
『もしよければ、一度お会いしませんか?』
送信後の数秒が、やけに長い。
そして――返信。
『私も、佐々木さんにお会いできるのを楽しみにしています』
その一文に、思わず口元が緩む。
だが同時に、胸の奥に小さな違和感が生まれた。
――早すぎる。
――簡単すぎる。
もう一度、彼女のプロフィール写真を見つめる。
考えすぎだ、と自分に言い聞かせる。
娘はもうすぐ大人になる。
家庭は、波風もなく続いている。
情熱はなくとも、破綻もない。
私はただ――
何か違う感情を、
たった一度でいいから、味わってみたかっただけなのだ。
(続く
日曜日は、よく晴れていた。
私はいつもより長く鏡の前に立っていた。
まだ身体にきちんと合うシャツを選び、髪を丁寧に整える。
鏡に映る自分の顔は――思い込みかもしれないが――数年前よりも若々しく見えた。
いや、そう信じたかっただけなのかもしれない。
娘に勧められた香水を、首元にひと吹きする。
『パパ、これにしなよ。似合うと思うよ』
――皮肉なものだ。
部屋を出ると、洗濯物を畳んでいた妻が顔を上げた。
「あなた、ずいぶんきちんとしてるわね。どこかお出かけ?」
その声は、昔と変わらず柔らかい。
私は視線を合わせないまま答えた。
「ちょっと、友人と会ってくる」
背後から、娘が顔を出す。
「え、パパどこ行くの?」
私は何も言わず、鍵を手に取り、これ以上の問いが続く前に家を出た。
扉が閉まる直前、娘の小さな声が聞こえた。
「パパ、どうしたの? ママ」
足が、ほんの一瞬だけ止まる。
それでも私は、歩き続けた。
◇
朝の駅は、それほど混んではいなかった。
ホームに立ち、短いメッセージを送る。
『もう向かっている』
すぐに返信が来る。
『私もです。楽しみです』
電車が静かな軋みとともに到着し、扉が開く。
私は乗り込み、ドア付近に立った。
「佐々木さん?」
澄んだ声が、ざわめきの中からまっすぐに届く。
振り向くと――
彼女がいた。
「マキちゃん?」
写真よりも生き生きとした表情。
軽やかな笑み。
まだ世界に裏切られたことのないような瞳。
彼女は私の隣に腰を下ろした。
「待ち合わせ場所、ここじゃないのにね」
くすりと笑う。
その笑い声に、胸が温かく――同時に、少しだけ苦しくなる。
「まあ……いいだろう?」
「うん、全然いいよ」
数分後、電車は停車し、私たちは並んで駅を出た。
行き交う人々は、私たちに目もくれない。
既婚の男と、若い少女が、少し近すぎる距離で歩いていることなど。
「先に何か食べる?」と私が尋ねる。
「ラーメンがいいな」
ラーメン。
年頃の女の子にしては、あまりに素朴な選択だと、無意識に思ってしまう。
「じゃあ、それで」
彼女は微笑み、迷いなく私の手を握った。
その瞬間、言葉を失う。
温かい。
柔らかい。
初対面とは思えないほど、自然な仕草。
「行こ、佐々木さん」
小さなラーメン屋の暖簾が揺れている。
スープの香りが外まで漂っていた。
その刹那、妻の顔が脳裏をよぎる。
そして娘の声。
『パパ、どうしたの?』
それでも――
彼女の手は、私の手を離さない。
私も、離さなかった。
◇
すべてが終わったあと、部屋は静まり返っていた。
マキはベッドの端に座り、ゆっくりと服を身につけている。
「佐々木さんと初めてで、よかった」
ためらいのない声。
私はシャツのボタンを留めながら答える。
「俺も、君の初めてになれて嬉しいよ」
彼女は小さく微笑んだ。
「正直ね、ちょっと怖かったの。痛いのかなって。でも……好きな人となら、幸せなんだね」
無垢だ。
あまりにも。
「ユメちゃんが言ってたみたいに……」
その名前に、指が止まる。
ユメ?
胸の奥で、何かが引っかかる。
「ユメ? 誰だい?」
「あ、友達だよ」
さらりと答える。
ユメという名前は珍しくない。
偶然だ、と自分に言い聞かせる。
偶然だ。
だが、なぜか娘の顔が頭から離れない。
部屋を出る前、私は低い声で言った。
「マキちゃん……もしどこかで会っても、他の人の前では他人のふりをしよう」
彼女は一瞬だけ私を見つめ――微笑んだ。
「うん、佐々木さん」
その笑みの意味を、私は読み取れなかった。
◇
数日後。
「パパ、紹介するね。ユメの友達の……マキちゃん」
世界が、止まった。
自宅のリビング。
目の前に立つのは、娘と――数日前、私の腕の中にいた少女。
「……マキちゃん?」
彼女が私を見る。
「佐々木さん」
あまりにも自然な声。
「え? マキちゃん、なんでパパの名前知ってるの?」と娘が首をかしげる。
心臓の鼓動が、耳を塞ぐほど大きい。
「い、いや……うちは佐々木だからな。ユメから聞いたんだろ? はは……」
笑い声が、自分でも不自然だとわかる。
私は一瞬だけ彼女を見る。
――黙っていてくれ。
その視線の意味を、彼女は即座に理解した。
あまりにも簡単に。
「ユメの友達?」と妻が台所から現れ、湯呑みを運んでくる。
その部屋には――
妻。
娘。
そして、“初めて”を私に捧げた少女。
空気が重い。
壁が、ゆっくりと迫ってくるようだ。
マキは妻に向かって、無邪気に微笑む。
「今日はお邪魔します、叔母さん」
叔母さん。
その言葉が、薄い刃のように胸を裂く。
娘は何も知らずに笑っている。
知っているのは――
私と、そしておそらくマキだけ。
その瞬間、私は理解した。
本当に恐ろしいのは、裏切りそのものではない。
家の中で、呼吸し、鼓動する“秘密”だ。
そして私は、もはや確信できない。
これは偶然なのか。
それとも――
最初から、すべては仕組まれていたのか。
(続く)
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました。
二十七年という時間。
「壊れるはずのないもの」が、実はとても脆いかもしれない――
そんな瞬間を書きたくて、この短編を綴りました。
秘密は、外にあるときよりも、
家の中にあるときのほうが、ずっと危険なのかもしれません。
この物語は、ここで終わることもできます。
あるいは――
ここからが本当の始まりかもしれません。
もし続きを読みたいと思っていただけたなら、
ブックマークや評価で教えていただけると嬉しいです。
反応があれば、
佐々木の“その後”を書くかもしれません。
なければ……
これは一つのコンセプトとして、静かに幕を閉じます。
最後までありがとうございました。




