愛人
〈虛子詠はざるものなきか箒の木 涙次〉
【ⅰ】
テオの「ヤバい」愛人、野代ミイは、カンテラ事務所に自轉車で日參してゐた。勿論、テオ會ひたさの為、である。
どんなに彼女の見た目怪しくても、内部は【魔】にやられてゐないのだから、ロボット番犬タロウも、顔パスである。
彼女は、そこで惡癖を發揮する。テオの「正妻」でゞこに、喧嘩を賣るのである。「ふーつ、ふぎやーお!!」ミイはそれこそ猫になつた氣分なのだらう。でゞこにしてみれば、いゝ迷惑だが、彼女はミイを放つて置いた。ミイの怒りの理由が分からないのである。猫には♂♀間の嫉妬、と云ふものは、存在し得なかつた。
【ⅱ】
で、悦美の決断。ミイを事務所出入り禁止にする事。悦美は、当然と云へば当然なのだが、でゞこ贔屓なのである。それに對し、テオは「猫は本來の狀態で、乱婚なんだよ、悦美さん」と食つて掛かる。
カンテラもこの喧嘩には參つてしまつた。折り惡しく、澄江さんが事務所訪問してゐて、彼女も悦美に味方する。到底、テオとミイの仲は、世の奥様族に受け容れられるものではなかつた。
だが、「4匹の子供たちに、この諍ひは関係ない事」と、テオ、彼らを隔離・避難させた。これには、カンテラも、テオの云ひ分正しいと、一面認めざるを得なかつた。
【ⅲ】
で、事務所に入れない間、ミイは新たに【魔】に憑依されてしまつてゐた。「没個性【魔】」と云ふ【魔】である。この【魔】、その名の通り没個性を愛し、ミイのやうな「目立つ」(どころではない。叛・没個性の塊である)存在は、だうしても許せない。「没個性【魔】」は、ミイを憑り殺さうとしてゐた。
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〈猫猫と云ふなかれきみ人ならば人の筋道通す事だよ 平手みき〉
【ⅳ】
こゝでテオが、ふらりと事務所を拔け出し、ミイのアパートに行つてゐなければ、ミイは死んでゐたところである。「テオちやん、く、苦しい」彼女は首を押さへて、呻き聲を上げた。これは大變だ。
だが、テオだけではミイの躰は運べない。急遽、牧野を呼び出し、(遷姫だけは、女性陣の中で、テオの理解者だつた)ミイを事務所に運び込んだ。ミイは既に失神してゐた。
じろさん「きみたちが下らん痴話に端を發した喧嘩をしてゐる内に、一方は【魔】に憑り付かれる。恥づかしいとは思はんか?」と厳しい。【魔】の介在を氣付いたのは、いつもは吠えないタロウが、ミイを運び込む時、盛んに吠え立てたからである。
カンテラ「じろさんの云ふ通りだよ。さあ、彼女を助けなくちや」-カンテラとじろさん、ミイの夢に、再び潜つて行つた。
【ⅴ】
そこで「没個性【魔】」は手ぐすね引いて、待つてゐた。ミイを苦しめれば、いづれカンテラ一味が動くだらう事は、彼にはよく分かつてゐた。こゝで奴らを斃せば、俺も一躍魔界のスタアだ... などゝ、つひ本音が出る。本当は彼は目立ちたいのだ。その氣持ちが余りに強い為に、自ら封印してゐたのであつた。
今回は、じろさんをカンテラが制し、「おい、名も知らぬ【魔】よ、冥途の土産だ、お前に名を付けてやる」-「余計なお世話だ!」-「お前、『嫉妬【魔】』と名乘るんだな、冥府で」-これに怒つた【魔】が襲ひ掛かつて來たが、難なくカンテラは、斬つた。「しええええええいつ!!」-「没個性【魔】」改め「嫉妬【魔】」、斃れた。
【ⅵ】
ミイは意識を取り戻した。「テオちやんが助けてくれたの? 嬉し~いにや~お」と、もうテオにべたべたしてゐる。じろさん、苦笑ひ。
当分、姑コンビと、ミイの諍ひは續くだらう。テオは大きな溜め息一つ、吐いた。因みに仕事料は、自らの人体改造資金の中から、ミイが支払つた。当然だよね。
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〈緑蔭に染まる肌色薄き人 涙次〉
だから云はんこつちやない。俺の云つたとおりになつた。←五月蠅いつて永田さん。by テオ。
そんな譯で、今回は(大きな不安を抱へつゝ)終はり、ぢやまた。