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無縁人間  作者: 片桐洋右
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第一章 ひとりめ 7

「その他に質問はあるか?」視線を戻して再び中野は問うたが、特に挙手はない。

「なければ次に行く。鑑識」

 鑑識課長が立ち上がる。同時に、雛壇の後ろに広げられた液晶スクリーンが輝き始めた。

「現場で採取した毛髪や指紋は、現在解析中です。しかしながら設置された防犯カメラにホシと思われる人物が撮影されておりましたのでそちらをご報告いたします」

 鑑識課長の発言に会場がどよめいた。やがてスクリーンには数時間前、前川達が見た、“あの”薄暗いナースセンターの廊下の映像が現れた。

 スクリーンの下方から、片足を引きずる独特の歩き方の黒い影が現れる。刑事たちのささやく声があちこちで聞こえる。

 影がナースセンターのところで横を向いたシーンで映像が止まった。

「この映像が、ホシの犯行直前の様子を写したものであることは間違いないと思われます。向かって右側、明かりのついている方向、ホシが顔を向けている方向ですね、こちらがマルガイが勤務しているナースセンターです」

 鑑識課長が、雛壇の後ろでパソコンを操作している若い鑑識課員に合図を送った。画像が拡大され、影の全身像がより大きく映し出された。

「この画像からホシの体格を推測することができます。身長は百六十センチ前後、体重は百キロ近いと思われます」

 再び会場がどよめいた。前川の横で須崎が「肥満体だな」と呟く。

 再開された映像は、影が刃物を鞘から抜いたところで再び止まった。会場のどこかで「日本刀だ」という声が聞こえる。

「今、どなたかも仰いましたが、このホシの動き、邪念なく見るならば日本刀を鞘から抜いた動作であると、皆さん感じると思います」

 会場内に同意の空気が流れた。雛壇に居並ぶ幹部連も頷いている。

 その後も随所随所で映像を止めて、鑑識課長は解説や所感を加えていき、犯行を終えたホシが映像下方に消える直前に若い課員に合図を送った。

「この画面で初めてホシの顔の一部を見ることができます。お気づきと思いますがホシの動作そのものはどちらかと言えば緩慢と言えるほどですが、僅かに写る口元は、正反対に非常にせわしなく動いています」

「ホシは何を言っているんだ」捜査一課長が問うた。

「わかりません。現在解析中ですが、まるで早口言葉のように口を動かしています。呪文でも唱えているのか――」

 呪文という言葉に会場内が凍りつくのを前川は感じた。それはホシの映像を見た捜査員全員が感じた印象であったからだろう。

「この映像に関して何か質問は?」

 中野は静まり返った会場を見回しながら問うた。やはり挙手はない。

「ご苦労様でした。では次に進む」鑑識課長が着席した。

「捜査員一人一人の報告を聞いている時間はない。したがって各班長が意見を取りまとめて報告して欲しい、まずは被害者身辺調査班」

「はい」と応えて前方に坐る刑事が立ち上がった。天然パーマが伸びたような中途半端なヘアースタイルの小太りの男である。

 大里と中野から呼ばれた刑事の報告によれば、被害者は山川沙織、二十五歳、澤田総合病院での勤務は五年となる中堅どころの看護師とのことであった。

 出身は新潟県、病院に隣接する独身者寮に入居しており、両親は健在、高校生の弟が一人いる。

 交友関係は生活の不規則な看護師の宿命であろう、決して広くはなく、交際している異性はない、ただ、被害者は病院内でも有名な美人であり、交際を迫る男性は後を絶たなかった、とのことであった。

 前川は雛壇の黒板に張られた山川沙織の写真を見た。なるほど、大里の言うとおり文句のつけようのない美人だ。二十五歳とのことだが、もっと若く見える。

 尖った顎の小ぶりな顔に黒目がちの大きな瞳、顔の横に二本指を突き立てた今時のピースサインをして微笑んでいる。

 その後も次々と班長が立ち上がって担当範囲の報告がなされていったが、直接容疑者に繋がるような有力な報告は上がってこなかった。

 捜査会議は終了に近づき、最後の締めくくりに中野指導官が再度声を上げた。

「現時点では、未だホシの犯行目的、動機も明らかになっていないが、各班初期捜査段階でのスベリは決して許されない。明日から再び本部捜査員全員が一丸となって事件の解決に臨んでもらいたい。又、この事件はマスコミの取材も日々、厳しくなっている。そちらの対応にもじゅうぶんに注意してもらいたい」

 中野は隣に座る刑事部長と捜査一課長に目配せをした後、

「本日の捜査会議は以上、起立・お互いに礼」と捜査会議を終了させた。


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