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無縁人間  作者: 片桐洋右
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第三章 殺人鬼の幻 8

「もう、いいのではないですか」署長の川上が上野毛と澤田に交互に目を遣りながら、腰を浮かせようとしている。

「署長、申し訳ありません、実は本当にお聞きしたい点はこれからでして」

 言葉で詫びながらも、上野毛は鋭く川上を見据えた。川上の態度には、澤田のような実力者と揉めたくない、という態度があからさまであった。

「何でしょうか、私がお応えできることならば」

 澤田は顔を寄せた。最初の頃よりも捜査に協力的な姿勢を見せている。

「ありがとうございます。それでは遠慮なく質問させていただきますが、全室に張り巡らされたカメラと、病院の中を巡る抜け穴のような通路は何のために使用されているのでしょう」

「それは――」澤田の表情から一転して顔色が消えた。背もたれに身体を預け、ソファに埋まる。

 澤田の横で、川上が「何のことだ」とばかりに目を白黒させている。

「署長、申し訳ありません。実はこの構造の件は、本来ならば今朝にでも署長にご報告がいく予定であったのですが、昨夜に事件が発生したせいで、このような形でお耳に入れることになってしまいまして――」

 上野毛は川上への報告がなされていなかったことを詫びた。キャリアは重大な報告事項が自らの頭を飛び越えてなされることを何よりも嫌う。上野毛は長年の刑事生活で身にしみて分かっていた。

「いかがでしょう、教えていただけませんか」上野毛は澤田に向き直り、再度問うた。

「それは、今回の捜査に関係のあることなのでしょうか?」澤田は表情から一切の感情を取り去った顔で問い返す。

「昨日の件は別として、過去二件の事件における犯人の逃走経路が問題となっております。当初、我々は外部に逃走したと考えていたのですが、抜け穴が存在するということであれば根本的に考え直さなければなりません」

 澤田は上野毛に向けた視線を引き絞って「ほう――」と呟くと、ゆっくりと視線を外し、川上に顔を向けた。

「署長、私の病院に“抜け穴がある”なぞと言われて笑っていられるほど、残念ながら私は人格者ではありません。確かに妻の件ではご迷惑をおかけしておりますので、私もできるだけ協力を、と考えておりましたが――。この件は弁護士と相談させていただき、対応を検討させていただきます。宜しいですな」

「それは、もう! 度重なるご無礼をご容赦ください」川上は深々と頭を下げた。

 澤田は視線を上野毛に戻した。

「私はこれで失礼いたしますぞ」

 上野毛は黙って、憮然と立ち上がる澤田に頷いてみせた。視線は外さない。

 背中を向けて署長室を出て行く澤田の後に川上が従い、立ち上がろうとする上野毛らを追い払うように手を振った。署長室の扉を後ろ手に閉めながら上野毛に怒気を含んだ視線を投げる。

「どうしますか」扉が閉まると同時に、須崎が記録簿から顔を上げた。

「抜け穴があることは間違いがない。それを否定してかかるってことは、知られちゃまずい何かがある、ってことだ」緊張を解いた上野毛はソファに背を預ける。

「しかし澤田は実力者ですからねえ、弁護士も高い報酬の奴を連れて来るでしょうな」

「ああ――」と相槌を打ちかけたところで、上野毛の携帯電話が鳴った。通話ボタンを押して耳に当てる。

 電話は中野指導官からであった。

「上野毛さん、証物(証拠物件)だ。澤田の自宅からホシが着用していたと思われる黒のパーカーが出た、こりゃあ芳子に決まりだなあ」

 中野は興奮気味に声を上げている。溜まっていたストレスが一気に爆発しているようだ。

「そうですか、パーカーが。今、澤田芳子はどうしているのですか」

「相変わらず、冷静な奴だなあ。“名人田端”が、これからお相手だ」

「私も見せていただいて宜しいですか?」

「おお、見とけ見とけ。第一の方でもうすぐ始まる、それじゃあ」一方的に電話が切れた。

 上野毛は中野が電話してきた目的がよくわからなかった。恐らく物証が出たことが嬉しくて、誰かに話したくてしょうがなかったのであろう、と理解した。

「証物が出た。澤田の自宅からだ」上野毛はソファから立ち上がった。

「私は取り調べの様子を見てくる。芳子の二重人格の件を事前に伝えておきたい。須崎は? どうする?」

「私も見せてもらいますわ」須崎も頷きながら立ち上がる。


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