第二章 ふたりめ 12
「さあ芳子、寝室に戻ろう」
総一郎が肩を抱いて、芳子を立ち上がらせようと促した。
「あなた、警察の方ってどういう用事だったの?」
芳子は立ち上がることを拒否して、床に直接座ったまま総一郎に問うた。
「何、どうということはない。昨夜の事件があった時間、我々がどこにいたかを聞きに来たのさ」
芳子は未だ、迷っていた。“あの”恐ろしい孝の告白を総一郎に伝えるべきだろうか、そういえば孝はどこに?
「あなた、孝を見ませんでした?」
「芳子、お前は疲れているんだ。最近、いろいろと続いているからね。とにかく一度、眠ったほうがいい」
総一郎は芳子の問いに応えず、再び肩を抱いた。
そうだ、孝は真実を告白したのだ、自らの恐ろしい犯罪を告白したのだ、もはや自分独りで何とかなる問題ではない、総一郎にに話さなくては!
「あなた、孝が! 孝が――自分が病院の殺人鬼だと!」
芳子は総一郎の腕を振りほどいて、総一郎に視線を向けた。湧きあがる身体の震えに、食いしばった奥歯が音を立てる。
総一郎は何も応えなかった。表情を変えることなく、ただ芳子の瞳をじっと見ている。視線には夫としての温かさとは正反対の、科学者が何事かを観察しているような、一種の冷徹な色が浮かんでいることを芳子は直感的に感じていた。
「あなた、孝が! 孝は、どこに行ったの? 孝を止めないと!」
総一郎は芳子に顔を近づけ、両肩に両手をそっと置いた。視線には柔らかさが戻っている。
「芳子、わかった。孝のことは僕に任せておきなさい。それよりも君には休息が必要だ。さあ、寝室に行こう」
総一郎は再び、芳子を寝室へ促した。今度は芳子も逆らうことなく立ち上がった。
総一郎に肩を支えられ、頼りない足取りで芳子は寝室に向かう、まだ、目眩がひどい。
「あなた、孝を、孝を――」
芳子は現実と夢の狭間にいるような感覚の中、ただ呟いていた。