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無縁人間  作者: 片桐洋右
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第二章 ふたりめ 11

 玄関の扉を開けて現われた人物は、意外にも澤田総一郎本人であった。

「お電話いたしました神奈川県警の田端です。本日はお忙しい中、申し訳ありません」

 田端幸作は警察手帳を広げて身分証明を示しながら軽く頭を下げた。

「どうぞ、お入りください」

 澤田は笑顔を浮かべて身を退かせると、田端と前川を家の中に導き入れた。

「失礼いたします」

 前川はさりげなく中を見渡した。玄関の広い三和土たたきは掃除が行き届いており、清潔だ。男性用の革靴と女性用のパンプスが一足づつ脇に並んでいる。

 正面には大きな花瓶が置かれ、意匠を凝らした花が活けられている。

「これは、又、素晴らしい生け花ですな」

 田端が柄にもなく花を愛でる。

「はは――妻が草月流の生け花に凝ってましてね」

 澤田は、部屋に案内する背中から横顔だけで笑った。

 中庭に面した長い廊下を歩く。家の中はしんとした静けさが漂い、前川らが廊下を踏みしめる音だけが静寂の中に沁み入っていく。

 床は埃一つなく磨きこまれている。これだけの広い家をここまで清潔に保つのは大変な労力であろう。お手伝いも何人か雇っているのだろうか、などと前川は考えた。

「さあ、どうぞこちらへ」

 前川は、案内された応接間のソファに田端と並んで浅く腰を下ろした。

「妻が、少し体調を崩しておりまして、なにぶん私だけでは、お茶のある場所もわかりませんので何もお構いできませんが」

 澤田は向かい側のソファに腰を下ろして脚を組む。

「いえ、お構いなく」田端は身体の前に両掌を差し出した。

「奥さまの具合が?」すかさず前川が問う。

「なに、大したことはないのですが、元々貧血ぎみでしてね。今日も朝から気分が悪いと言うので二階で横にさせています」澤田はひらひらと手を振りながら薄く笑顔を見せる。

「澤田院長、今日参りました目的は他でもありません。昨日お宅の病院で発生した事件に関連してなのですが」

 田端は上着の内ポケットから携帯端末を取り出した。

「これはあくまでも形式的なことですので、お気を悪くなさらずにお答え頂きたいのですが、院長は昨夜の一時から二時の間はどちらにいらっしゃいましたか?」

「その時間でしたら、もう床に入っていたと思います」

 澤田は記憶を辿るように、僅かに上向いた。

「それを誰か証明してくれる人はいますか?」今度は前川が問う。

「証明ですか、困りましたね、妻とは寝室を分けておりますし」

 澤田は身体の前で組んだ片方の手で顎を支えながら、眉根を寄せた。

「院長、結構です。これはあくまでも形式的な質問ですので、あまりお気になさらずに」

 田端は一瞬だけ前川に視線を向けた。「アリバイなし」と目顔で言っている。

「参考までに、奥さまのほうは、その時間何を?」

「――休んでいました。その日は私の帰りがいつもより遅かったものですから、私が風呂に入っている間に、もう寝室に入っていたと思います」 

 田端の問いに、澤田は一呼吸おいて応えた。視線は真っ直ぐ向けられている。

 前川が言葉を継ごうとした瞬間、二階から「ひい」という悲鳴のような声の後、何かが床に倒れる音が聞こえた。

「今のは――?」

 前川の問いに応えることなく澤田が立ち上がった。「ちょっと失礼」と早足で居間を出る、田端と前川も後に続く。

 居間を出た正面の階段を上る。上り切った正面の部屋の扉が開いている。中に女性が仰向けで倒れているのが見えた。澤田が駆け寄り、脇に屈みこんだ。

「芳子! どうした? 大丈夫か?」

 澤田は腕を取って脈を取り、閉じた瞼を指で開いて瞳孔を確認している。田端と前川は澤田の後ろに立って二人を見下ろした。

「澤田芳子、院長の奥さんだ」田端が声を潜める。前川は黙って頷く。

「あなた――」芳子が弱々しく呟いて目を開いた、立ち上がろうと上半身を起こす。

「そのままにしていなさい」澤田が肩を抱く。

 芳子が澤田の肩越しにゆっくりと視線を動かした。前川達の姿を認めると「あら、お客様ですの?」と再び立ち上がろうとする。

 前川と田端は、芳子に軽く頭を下げた。

「芳子、警察の方だ。昨日の病院の件でいらっしゃっている」澤田は顔を横に振って芳子が立ち上がることを制しながら応えた。

「警察――!」澤田の言葉に芳子は再び体制を崩した。見る間に顔色が失われ、唇が震えはじめる。

「刑事さん、申し訳ありません。この通りの状況ですので今日の夕方にでも改めておいでいただけませんでしょうか」

 芳子を抱きかかえながら澤田が視線を上げる。

「わかりました。改めてお邪魔させていただきます。奥さま、ゆっくりお休みになられてください」

 田端は前川に「行くぞ」と目顔で示す。前川は田端に従い部屋を出た。階段を降りながら再び部屋に目を遣る。

 総一郎に支えられた芳子と視線が合った。前川は芳子の目に、意外なほど強い光が浮かんでいることを見逃してはいなかった。



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