第二章 ふたりめ 8
翌朝、前川は県警捜査一課の田端幸作を助手席に乗せて、青葉署から澤田院長の自宅に向かう車を運転していた。
三十代半ばと思しき田端はよく喋る男であった。破裂しそうな風船のように膨らんだ顔と身体からは想像できないほど早口で話し続ける。
前川は気難しい相手とコンビを組むよりも幾分かマシだと感じたが、モノには限度がある。田端の話は耳障りなBGMと考えることとした。
「ところでなあ前川君、君、どう思った? アレ」
視線を感じた前川は、一瞬目を向けた、田端と視線が合わさる。
「――アレ、と言いますと?」
田端の視線を横顔で感じながら、突然の問いに質問で切り返した。
「何だ君、俺の話を聞いてなかったのか? ホシの映像だよ、どう思ったよ、あのバケモン」
(ええ、全く聞いていませんでした)という言葉を呑みこんで、前川は「すいません」と愛相笑いを浮かべた。
「あれはなあ、殺人というものに何の罪悪感も感じない類の人間だよ」
「はあ――」
前川は(何であれだけの映像でそこまで――)という言葉を再び呑み込んだ。
新たに防犯カメラが捉えた犯人の映像も、パーカーを目深に被り、部屋の前で刀を鞘から抜いて――と、前回のビデオの角度を変えて撮影されたものか、と思えるほど内容に変化はなかった。
田端は前回の事件には捜査本部に参加していない。今回の会議で初めて「病院の殺人鬼」の姿を目の当たりにしたのだ。
目にしたもの全てが犯人に関する感想を口にしたくなる――「病院の殺人鬼」はそれほど特異で異様な雰囲気を纏っていた。
「ありゃあ、サイコパスだな、うん、サイコパス」
「サイコ、パスですか――」両腕を組んで頷いている田端を横目に、前川は呟いた。
サイコパスとは、連続殺人鬼の多くが属するといわれれている人格障害で、サイコと略されることもある。
その特徴として良心が“異常に”欠如している、行動に対する責任を“全く”取ることができない、罪悪感が“全く”ない、などが挙げられているが、なにより恐ろしいことは、サイコパスの多くは通常の社会生活を営んでおり、外見や会話の中から見分けることが全くできない点にある、と言われている。
なるほど、確かに映像の中の犯人の落ち着きぶりは、犯罪を犯したという意識が全く感じられない。黒い影が画面の下部にゆっくりと移動していくさまが前川の瞼を過ぎった。
「しかし、何者なのでしょうか、刀剣の扱いも玄人はだしのようですし、なにより尋常でない怪力なんて――」
前川は背中に走る悪寒を打ち消そうと、言葉を継いだ。
二番目の被害者、宮田真樹は一刀のもとに胴体が切断されていたが、振り下ろされた凶器の、あまりの衝撃に上半身の広範囲な部分が複雑骨折を起こしていた。司法解剖を取り行った医師が、敢えて「ものすごい力」と報告書の中で付け加えたほどである。
「化けモンだよ。サイコパスの化けモン、死んでもお出会いしたくないもんだな」
田端は両手を頭の後ろに組んで背を反らせた。
車は散りかけた桜の樹の間の道を進んでいた。病院の前を通りすぎると、やがて塀に囲まれ樹木の緑がこんもりと茂った澤田総一郎の居宅が見えてきた。
「かーっ、豪邸だねぇ。さすがだな」田端が呟いた。
フロントガラスから降り注ぐ春の陽光の中、前川はゆっくりと澤田邸の正門の前で車を停めた。