第二章 ふたりめ 7
夜が明けると澤田総合病院の周りには、前回にも増してマスコミが詰めかけた。
テレビは、ひっきりなしに現場となった澤田総合病院の病室の窓や、ヘリから全景を俯瞰した映像を映し出し,いつの間にか犯人は「病院の殺人鬼」と呼ばれるようになった。
結局のところ、警視庁と神奈川県警との合同捜査本部の設置は見送られた。しかしながら県警本部は威信を掛けて本件に取り組むとの意思表示として、従来の倍近い捜査員を投入し、捜査に当たることを決定した。
捜査本部の入り口に「澤田総合病院連続殺人事件捜査本部」と黒々と書かれた看板をマスコミのフラッシュの中、制服姿の副署長が取り付ける。
捜査会議は午後八時からと決定された。前川が板井と伴に本部の設置された会議室に到着したのは開始時間の十五分ほど前であるが、既に会議室には捜査員達が隙間なく腰を下ろし、書類に目を落とすもの、隣の捜査員と談笑するものなど様々に会議の開始を待っていた。
本部内を見回すと、後ろの席で須崎が手を上げているのが見えた。緊張した面持ちで近づく。
「どうも、ご苦労様です」
須崎の隣に板井、前川と腰を下ろした。
「すごい人数ですねえ」前川は周りを見渡した。
「ここまで大きい捜査本部はそうそうないぜ。俺だって初めてだ」板井が応える。
雛壇には、坂巻警視正刑事部長以下、本部の幹部連が前回以上に顔を揃え、口を真一文字に結んで腰を下ろしている。
雛壇の両脇には黒板が一つづつ置かれ、向かって右側の黒板には被害者氏名、犯罪発生日時、死因などが箇条書きされ、左側の黒板には、死体や血痕の位置などを示した犯行現場の見取り図が貼り出されている。
「上野毛課長の姿がないですね」いつも雛壇に顔を並べる上野毛の姿がない、前川が問うた。
「あそこだよ」板井が席の真ん中辺りを指差した。見ると見覚えのある薄い頭髪の後頭部があった。
「これだけ本部のお歴々が揃ってる中じゃ、いくら上野毛課長だってペーペー扱いだよ」
「そんなものですか」前川の呟きは、会場内のざわめきの中に吸い込まれた。
「気を付けっ!」雛壇に座っていた中野有次指導官が立ち上がり、気合の入った号令を発した。本部内が水を打ったように静まる。
「お互いに礼! 着席!」
続けて本件の指揮官となった中野はいつにも増して表情が厳しい、剃刀のように細い眼の奥に尋常ならざる光が覗いている。
坂巻警視正刑事部長、捜査一課長の訓示の後、中野は声を上げた。
「こちらから司法解剖の結果を伝える。マルガイは宮田真樹、二十一歳、身長百六十八センチ、体重五十キロ、血液型B型。死因は胴体部割創からの出血多量による失血性ショック死。死亡推定時刻は本日の午前一時から二時。創洞内部はかなり複雑に傷ついており、両手で何回も内部を掻き回され、大腸が引きずり出されている」
会場にざわめきが起こる。前川の脳裏に、蛸のように大腸をまき散らした宮田真樹の姿が過ぎった。胃液がこみ上がり、口の中に酸っぱい、嫌な感覚が広がる。
「凶器はある程度厚みのある大型で鋭利な刃物、斧であるとか日本刀といった類によるものだ。ベッドで仰向けに寝ていたマルガイを大上段から一刀のものに切断したと考えられる」
「バケモンだな、こりゃあ――」前川の横で板井が呟く。
「須崎さん、人間の胴体ってどうなんですか、やはり切断することは難しいものなんでしょうか」
前川は問うたが、須崎は応えない。唸りながら腕を組んでいる。
「ここまでで質問あるか」
特に挙手はない。中野は会議の手順に従って、被害者の身辺調査を始めとした各班の捜査結果の発表を促した。
各班の班長が次々に立ちあがり捜査結果の発表を行う。捜査対象は素行不良者・前歴者、マル暴、さらには少年や薬物関係者まで拡大されたが、犯人に結び付く有力な情報があがることはなかった。
一通り報告がなされた後、中野が雛壇の一番端でノート型パソコンを開いている若い捜査員に目顔で合図を送る。
「今回も、ホシと思われる者の映像が防犯カメラで捉えられている。それを皆に見てもらう――」
中野が声を上げると同時に、背後の液晶スクリーンが煌めきはじめ、やがて薄暗い廊下の映像が浮かび上がった。