第二章 ふたりめ 4
澤田芳子が病院を訪れたのは久しぶりであった。自宅に籠って、孝の部屋で見つけた“あの”恐ろしい本のことを考えると、居ても経ってもいられなくなる。
数日後、再び孝の部屋に入ったときは、既に“あの”本は無かった――。と、いうことは孝自身が“あの”本をどこか別の場所に移動させたのか、あるいは鞄の中に持ち歩いているのか? やはり“あの”恐ろしい本は孝の愛読書であったのだ!
芳子は迷路のように入り組んだ病院の廊下を歩きながら、又、そんなことを考えていた。
自分の主人が院長を務める病院内で起きた「猟奇的殺人事件」、そして事件の翌日、息子の部屋の中に隠すように置かれていた「猟奇的殺人」に関する本、そしてその本の中に収められた残酷な写真の数々――
果たしてこれは偶然なのだろうか――? まさか息子に限って――!
もはや、芳子はこの恐ろしい考えを自らの中に留めておくことはできなかった。例え、どんなことを言われようと、主人の総一郎に相談せずにはいられなかった。
「あら、奥様お久しぶりです。もうすっかりお身体の方は宜しいんですか?」
小太りの看護師が笑顔を見せて近づいて来た。芳子の知らぬ顔であったが、相手は自分のことをどうやら知っているらしい。胸元の名札を見ると《後藤》とある。
でも、この人は何を言っているのだろう。私は此処のところ、病に伏せったことなどないのだけれど――
芳子は訝しがりながらも、微塵も表情に表すことなく微笑み、院長夫人としての品格を保ってみせた。
《私が狙っているのはねぇ~、院長先生の息子!!》
病室の中から若い女の声が聞こえた。院長という言葉に反応し、芳子は声の上がった病室の扉に目を向けた。
《あー! やっぱりぃー!》
別の女が叫ぶ。後藤も目を向けると、ノックもせずに、ものすごい勢いで部屋の扉を開けた。
「宮田さん! 病室内では騒がない!」
芳子は病室の扉の脇に張られた、名前のプレートを見た。
“みやた まき”
芳子は声に出して名前を読んでみた。開いた扉の間から中の様子が見える。髪を金髪に染めた派手な顔の女がベットに上半身を起こしている。
《後藤婦長さんお願いします。澤田院長の息子さん、私に紹介してもらえませんかぁー》
再び、甲高い耳触りの悪い声が響いた――
(なに、あの女、孝のことを知っているの――? まさか、孝があんな頭の悪そうな女と知り合いだなんて、在りえないわ。そうよ、日記にも何も書かれていなかった――私はあんな女のことは知らない――)
芳子は頷き、女から顔を背けるように視線を外した。そして何事もなかったかのように前を向くと、再び歩き始めた。