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第二話 理由と依頼

 逃避病(とうひびょう)

 なんだか頭が寂しい人に批判されそうな名前だ。

 もうちょっと何とかならなかったのだろうか。名付け親のセンスを疑うな。


「異世界って、漫画の読みすぎじゃないか?それにその病、聞けばその異世界から戻ってきたやつがなるっぽいが、少なくとも俺にはそんな経験はない。やっぱり何かの間違いじゃないか?」


 そんな経験していたら周りに鼻高々に自慢しただろうよ。

 異世界行って無双したぜって。

 そしたら、多分かわいそうな人を見る目か侮蔑の表情を向けられるんだろうな。


「間違いでは……ないと思う。たぶん」

「なんでそんな自信なさげなんだよ」

「仕方ないじゃない。このこと聞かされたのなんてつい最近なんだから」


 つい最近?


「私だって最初信じられなかったわよ。いきなり異世界どうのこうのって。けど、今のこの状況を他で説明できないもの」

「待ってくれ。じゃああんたは異世界から帰還した記憶があるからこの病気があるって言ったんじゃなく、誰かからの入れ知恵ってことか?」

「ええ、そうよ」


 そんな得体のしれない話をこいつは鵜吞みしたってのか、正気を疑う。

 ……しかし、昨日の現象を説明、こじつけだとしても面白い発想だ。

 現に目の前でおかしな現象を見せられたのだ、信じてしまうのも少しわかる気がする。


「……そいつは信じられるのかよ。俺は信じ切ることができない」

「確かに……そうね。私みたいに明らかに目に見える変化ではないものね。私もあなたが同じような症状になっていたら信じがたいもの。

 正直私は今も半信半疑。ただ、その彼に説明するから私の病室に呼んどいてって頼まれたからここにつれてきただけ」


 連れてきた?誰に頼まれて?

 疑問に頭を悩ませようとしたとき後ろからドアを開ける音が聞こえた。


「いやいや、おまたせおまたせ。ちょっち昼寝しすぎてしまった。すまないね。」


 しがれた声と共に疲れ切った中年男性が入ってきた。不審者か?


「関係者以外立ち入り禁止ですよ」

「おっとこりゃいけない。部屋間違えたか。そんじゃあ」

「変な茶番にならないでくださいよ。先生」


 やる気なさそうに踵を返そうとする中年に、やや呆れ気味に櫻木はため息を吐いていた。

 日常茶飯事なのだろうか、何も慌てることもなく先生と呼ばれた中年男性は、かかっと軽く笑った。


「いやいや、これは定石なのだよ櫻木くん。おふざけにはおふざけで返さなければ」

「それはいいんですけど、早くしないと夜になりますよ。私そこまで付き合ってられないんですけど」

「あぁ、それはいけないね」

「そもそも先生の遅刻で切羽詰まってるんですからね?それが生徒に見せる手本ですか?先生?」

「いやはや手痛い。返す言葉がないね」


 のらりくらりとした態度で、彼女の言葉を流していく。寝癖の頭をわしわしと掻きながら、近くの椅子にどかっと座った。

 よく見れば白衣に上下ジャージ、ダサいプリントが入った靴下にサンダルと奇抜な格好をしている。

 天才気取りの自称マッドサイエンティストみたいだ。


「初めまして、では一応ないのか。

 とりあえず、姓は師走田(しはすだ)名を(みのる)といいます。

 今は非常勤職員として君の高校で働いてる。以後お見知りおきを」


 師走田?どこかで聞いたことがあるな。


「もしかして、いつも古典の岡田に怒られてた副担任?」

「覚え方と思い出し方がひどいが、うん、その副担任」


 いつもよれよれのスーツに身を包んだ人だ。

 古典の先生のくせして保健室に居座ってたりする。校内でも有名な生草先生。

 前に一度、熱で保健室に行ったときに見かけたことがある。

 やる気なさそうに何もないところを見つめていた。変な奴、というより不気味で何を考えてるかわからない先生という印象だった。


「俺不安なんだが」

「大丈夫、大丈夫。泥船に寄り掛かったつもりでいいから」


 ヘラヘラと師走田先生は自分の無精ひげを触って答えた。

 それだと沈むのが確定なんだが。


「冗談はさておき。早速だが本題に入ろう。櫻木くんに急かされてしまったからね」


 それを言われた彼女は「そんなこと」と声が出かかっていたが、途中でため息に変わっていった。

 言っても仕方がないとどこか悟っている感じに見えた。


「まずは、逃避病について説明しようか。

 彼女からは、おおざっぱにはきただろう」

「まあ、はい」

「といってもその病はその説明の通りでしかない。

 異世界で抱えたトラウマから逃げようとする病。本来、この現世においてもトラウマを回避しようとして様々な症状が起きる。もう一人別の人格を自分に生成したり、五感のどれかが鈍くなったり、パニックになったり。症状は様々だ。

 逃避病だって例に漏れず同じような原理で発病する。けれど、相違点を上げるとすると、自然の摂理すら捻じ曲げることが多い。

 彼女のように生命の摂理に反する症状だ」


 先ほど見た彼女の心臓部下ら流れ出た血。あの量は致死量なのだと素人目線でも分かる。それが死ぬ直前前後の出来事を否定するかのように彼女の下へと帰っていった。もしかすると傷もなくなっているのだろう。

 だとしても、だ。


「けれど、その異世界から帰還したら記憶はなくなるんだろ?なら覚えてないのにそのトラウマを回避しようとするのはおかしいんじゃないか」

「なるほど…ワトソンくんいい質問だ」


 誰がワトソンだ。


「明確に言えば覚えてないよりも、思い出せないが正しい」

「思い出せない?」

「ああ。潜在的に覚えてるはずなんだ。

 だって異世界に行ったのは自分自身なんだから。

 おそらくだけど忘れる理由は異世界で身につけた異能の力をこちらに持ち込めないから、起きる現象だと僕は推測してる。

 けど、忘れていても脳の何処かには記憶されてる。

 それが強大であればあるほど、この現代に置いても異世界の力を無意識に使ってしまう。

 それもこちらの理を無視してでも、自分の身を守ろうとして」


 そう言って先生は目を軽くそらして、少し口の端を釣り上げた。

 心なしか、悲しそうな表情に見えた気がした。何かに失笑したような。

 ベッドに腰掛けている櫻木さんも気まずそうにしている。


 確かにこの話、怪しいところを無視したとして中々に芯を当てているような気がする。

 この今自分が体験している奇妙な出来事を説明するとしたら、こんな突拍子もないことを説明されたほうが納得してしまう。

 けれど、疑念がないわけではない。


「その症状については、まぁ何となくわかった。けど」

「けど、何を根拠にこの推測に至ったのかってことだろう」


 俺の言葉を遮り、ニヤリと師走田先生は笑ってみせた。

 そんなわかってますよ感を出されるとイラッとするな。いっぺんに説明できねぇのかって煽ってみたくなる。

 まぁ、多分言っても無駄なんだろうけれど。


「……そこまで説明しておいて全て妄想による推測だったら、まじで怒るからな。そんな妄言に付き合うほど俺はお人好しじゃない」

「そこは安心してほしい、しっかりと自分が体験して見たものを根拠に話してる」

「体験?」

「そうさ、異世界に行って来て、体験して、後悔して、そして失って逃げてきたこと。そういうものを体験して言っている」

「…は?」

「だから僕は覚えてるんだよ。異世界に行っていた時のこと」


 こいつ自分がさっき話してたことも忘れたのか?


「……先生。それじゃあ理由にならない。だって、さっき忘れるって説明したじゃないか。なのに、記憶があるとかどうとかって」


 どうかしていた。なんでこんなことを真剣に語るような奴らの言葉を聞いたんだ。

 冷静に考えれば頭のおかしな集団だろ。さっきの致死量の血も何か種があるんだろう。怪しい宗教集団がやりそうな手口だ。

 こんな奴らの話を聞こうとした俺が馬鹿だった。


「バカバカしい。もう帰る。自分の前の発言をすぐに忘れるような奴の話を聞くにはなれない」


 そう言って俺はそばに置いてあった登校用のカバンを肩にかけて立ち上がろうとした。

 すると目の前の師走田先生は落ち着いて口を開いた。


「忘れられないよ。全部。忘れられない」

「…?」

「……言ってなかったね。僕も逃避病なんだよ。

 それも常時発病してる。

 忘れられない。たとえ、時間がどれだけ経っても、世界が描き変えられても、誰かの存在自体が消えたとしても。

 忘れられないんだ」


 淡々と話していた先生はやっぱり寂しそうな顔をした。さっきも同じような顔になったのも、そういうことだからだったからなのだろうか。


「……だから、その俺が櫻木さんの死の存在をなくしたってはっきり言えたのか」

「まぁ、そうだね。彼女は自殺であれば死ぬことはないから、少し試したんだ。けど、君達には嫌な体験をさせただろう、すまなかった」

「……俺も少し軽率でした。すみません」

「いいよ」


 先生は全然気にしてないと付け足していた。

 あの態度と表情を嘘というは簡単だけれど、でもここまで説明を俺にしてくるってことはそれだけの覚悟で話してくれたのだろう。

 否定される、もしくは軽蔑されるかもしれないことを。まぁ最初の態度を見てたら気にしなさそうだけど。


「さて、本題だ。ここは手短にいこう。

 さっきも話した通り逃避病は様々だ。

 僕や櫻木くんのように自己完結しているタイプ。君みたいに周りを巻き込むタイプもいる。

 そして、逃避病を患っているのは僕たちだけじゃない」


 ああ、なるほど。さっき櫻木さんが言ってたやつか。

 そして、師走田先生はカタンと席を立つ。座ったときとは違い力強く。


「逃避病で被害が出る前に僕はそれを阻止したい。それをやるには人数が必要なんだ。

 だから、力を貸してくれないか」


 夕暮れの淡いオレンジ色で染まる病室で、やせ細った右手を差し出された。

 それはまるで俺を牽引しようとするみたいに。

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