プロローグ
代り映えしない窓の外は退屈だった。
学生のうちであれば誰しもがふと思うことだと思う。
何も変わらず繰り返しの人生。朝起きて、学校に足を運び、学び、そして帰路につく。
別に不満があるわけではない、むしろ知らないことを知り触れ合う機会は高校生のうちならいくらでもあると思っている。行動しにわけでもないし。
ただ、どこか新鮮さに欠けるものがあった。
新しいことを始めるにしても、面白いと思いつつ心のどこかで冷めていた.……と思う。多分漫画とかの影響だろうけど。
だからなのか、好きでもない教科の授業を受けているときはふと窓の外などを見て妄想にふけてしまう。
思い描く非日常に自分の姿を投影して。主人公になった気分で。
窓にうっすらと映る男の姿はこんなにもさえないのに。
「……はぁ」
思わずため息が出る。センチメンタルな感情でもないのに、幸せを逃がしてしまった。
幸せが抜ければその分不幸も訪れる。
「ため息をつくとは完全になめられたもんだな」
怒気をはらむその声に慌てて視線を向ける。
見れば周りの目は完全に俺に注目が集まっていた。
しまった。顔が熱い。
教師は顔に刻まれたしわをゆがませ、不機嫌そうに口を開いた。
「出席番号19番。西黒信乃今日は何日だ?」
「あー……19日、です。」
「そうだ。でだ、さっきからここの答えは何だときいているのに無視とは偉くなったな」
「…すみません」
「で、ここの答えは?」
黒板には見たことない数式の羅列が書いてあった。
うげー、わからねぇ。
数学に英語を持ち込むなよ。
「……わかりません」
「話を聞いてないからだ。ちゃんと聞け」
そういって先生はほかの生徒を指名して答えさせていた。
その間どこからかくすくすと聞こえたようなして、胃がつままれる感覚がした。
本当に最悪だ。というか説明聞いてもわかんねぇよ。
さいん、こさいん、だとか数字じゃないやつが数式に盛り込んでどうする。
もはや式というより術式だろ。
などと胸の中で愚痴をこぼし自分を正当化。
これで俺のメンタルは保たれた。
……うん、大丈夫、全然周りの目なんて気にならない。
嘘なんてついてないんだからね!
心のツンデレお嬢様を召還したところで学校中にチャイムが鳴り響く。
この解放の合図で今日の学びは終わりを告げる。
「……まぁ、このくらいか。板書を忘れずに、ここの範囲は期末に出すからな。」
今日もまた変わらない日常が幕を閉じようとしていた。
「それと西黒、後で職員室に来なさい」
そういって先生は教室を後にした。
前言撤回、憂鬱な一日に変更で。
ーーーーーーーーーーーーーー
俺はこの人生に不満があるわけではないと思う。
友人にはそこそこ恵まれたし、家族が離れ離れとか崩壊とかそんな重い話は別段ない。むしろ両方ともうまくできているつもりだ。
……ただ、だからと言って満足はしていないと思う。贅沢かもしれないが。
それは何かに打ち込むものがないから、なのかもしれない。
耳を刺す運動部の掛け声が、何処かうらやましく感じる。中には惰性でやっている者もいるかもだけれど、青春をかけてるやつもいるだろう。
そいつらはこの三年間を犠牲に技術を高める。
そのあとは何が残るんだと言われたら返答に困る。
けれど、こんな惰眠をむさぼっているやつよりかは、はるかに価値のある三年間だろう。
俺も何か打ち込めるものを見つけたいものだ。
そんなくだらない独り言を日が傾き始めた空に向かって、胸の内で吐露した。
校門を抜けいつもとは違う道に足を踏み出す。
寄り道をしようってことではない、先ほどの教室に呼び出された件で病院によって行かなければならない。
少し家までの距離が伸びるが、仕方がない。
先生に神妙な顔で封筒を渡された断れるはずがない。
事情を聴いてみれば何でも意識不明だった女生徒が目を覚ましたらしい。
確か、同じクラスの櫻木佐紀…だったか。
二年に上がった時からいなかったから存在を知らなかった。
誰からの説明もなかったし疑問も残るが、あの先生の顔を見ればなんとなく予想できる。
「……はぁ」
正直気が重い。
自然とため息が出た。
日直だからという理由で来られたら、嫌がらないだろうか。
少なくとも俺はいい気分にはなれない。
学校から病院まではそう遠くはない。
片道十五分。考え事をしていて体感そんなに立っていないと思ったが、空はうっすらと月が見えるようになっていた。
目立つ大きな建物を眺め、横断歩道を渡った。
{………ん?}
大きなシルエットを眺めていたら違和感に気づいた。
アンテナではない、突出した棒状の影。
近くによって見上げるとその影がいるのはおそらく屋上だろうか。
にしても病院は屋上に行けるのか。いいなぁ。
高校生になれば屋上解放と夢見たのを懐かしく感じるな。
実際は行けるには行けるが自己責任。いったやつは今後この学校の土を踏めると思うなよ、と強面ゴリラ体育教師に脅された。
そこまでしていきたかねぇよ。
そんな思い出を懐かしんでいると、その人影が怪しく揺れた。
………
え?
揺れた、ってか。
落ちてきてね?
そこで理解した、屋上を侵入してはいけない理由を。
不信感が確信に変わった後、近くで大きな音がした。
なにか、なにかが叩きつけられた。そんな音。
見上げてる視界にはもうその人影はもう写っていない。
つまり
「——————!!!!!」
多分誰かが悲鳴を上げたのだろう。
その声を言葉として認識できない。
焦点の合わない世界に、人と、それと、血が。
しかも俺の数メートル先。
視界が低くなる、おそらく尻もちをついた。
その痛みで少し我に返る。
悲鳴を上げてるのは、誰でもない。
俺だ
ダラダラと流れる鮮血が白いスニーカーを赤く染めようとしていた。